「漫然と連携を確認しても面白くない。そうは思いませんか?」
アベルたちが地下の訓練場を出て行ってから、しばらく。それぞれの得物を持って相対するエルミアとクラリッサに、ルシェルが意味ありげに問いかけた。
「訓練に、面白いも面白くないもないだろう」
弓ではなく、近接戦用のロングソードを手にしていたエルミアが、クラリッサからルシェルへ視線を移動させる。
言葉は咎めているようだが、その瞳は優しげ。本質的には、仲の良い姉妹なのだ。
「しかし、ルシェルさんの主張にも一理ありますわ。モチベーションは大切ですもの」
「それはそうだが、賭け事などは認められないぞ」
アベルと一緒だった頃は、「たまには息抜きも必要だろう」とギャンブルを認めていたエルミアとは思えない台詞が飛び出した。
「それぞれの特徴も理解したところでしょうから、バトルロイヤル形式で戦ってみるのはどうです?」
「悪くはないですけれど、それだけですの?」
「もちろん、違います」
エルミアとクラリッサを順番に見やり、一拍置いてからルシェルは再び口を開く。
「勝者は、義兄さんに血を吸ってもらえる権利を手にする――という条件ではどうでしょう?」
この中で唯一――対象を全人類に広げても同じなのだが――アベルから血を吸ってもらった経験を持つルシェル。
彼女だからこそ、説得力を持つ言葉。
「もちろん、一回だけですけどね」
「ふむ。そうだな。『スヴァルトホルムの館』を攻略するのだ。その前に、アベルが血を補給するのは理に適っているな」
「ですわね」
その誘いに、エルミアとクラリッサは瞳を輝かす。
「それに、多少は遊びも必要だろう」
「楽しんで訓練するのも重要ですわよね」
本音を城壁のような建て前で取り囲み、あっさりと同意した。
こうして、アベルに血を吸ってもらえる権利――この時点で、アベルからすると、いろいろおかしいのだが――争奪戦が始まる。
三人は、深夜の他に誰もいない訓練場で、位置についた。正三角形の頂点に立ち、それぞれの武器を手にして対峙する。
エルミアは、近距離も遠距離もこなせる万能型。数学の問題のように環境的な要因を排除できたなら、実力はこの中で一番上だろう。
今は愛用の弓を手にしているが、近接武器への切り替えが不安要素としてあげられるだろうか。
クラリッサの強みは、スピアのリーチと、敏捷性。属性石から与えられる能力との組み合わせも脅威になるだろう。
問題は、実戦経験の少なさだろうか。
ルシェルの長所と短所は、そのまま魔術師のそれとつながる。
多才な呪文によって攻撃から、防御、支援までこなすマルチプレイヤー。一方、刃を交えての戦闘には対応できず、前衛に戦線を維持してもらう必要がある。
パーティを組むのであれば、前衛のクラリッサ、中衛で状況によって武器を変えるエルミア、後方で戦況にあわせて呪文を使用するルシェルと、バランスが取れている三人。
その彼女たちが、相争うとどうなるのか。
それが、実戦で明らかになる。
奇しくも、アベルとクレイグの決闘が始まったのと、ほぼ同時で――
――決着も、同じく短時間で着いた。
「風よ、疾く我が矢を運べ――《双爪》」
エルミアが放った二本の矢。
それが風をまとって、ルシェルとクラリッサへと迫らんとする。
だが、その前に、文字通り壁が立ちふさがった。
「燃えさかれ、立ち上れ。其は攻防一体の砦なり――《炎熱障壁》」
ルシェルが手にした呪文書から4ページ分飛び出し、エルミアの前に炎の壁が出現した。
本来まだ使用できないランクの呪文だが、火属性の術者であるルシェルは、その制限を飛び越えることができる。
いくら風を纏っても、炎の壁の前に、矢など無力。
それでも、エルミアの矢は《炎熱障壁》突破し、ルシェルの足下まで到達した。
「さすが、姉さん……」
訓練用の矢だったとはいえ、まともに当たっていたらどうなっていたか。
そんな心配をする余裕が、ルシェルにはあった。
クラリッサのことを、信頼ではなく、信用していたから。
この好機を逃すはずがない、と。
「《ダーククロース》」
そのクラリッサが、闇を纏ってエルミアへと突撃する。矢は、とっくにスピアでたたき落としていた。
示し合わせた行動ではないが、一番の強敵が誰か、全員が理解していた証拠でもある。
エルミアも、弓を手放しロングソードを抜いて迂回するクラリッサを待ち受ける。
――だが、クラリッサは迂回などしない。
「エルミアさん、覚悟なさいッ!」
真っ正面から飛び込んできた。
纏った闇の衣で炎の威力を相殺しながら、《炎熱障壁》を突き抜けて、エルミアへと肉薄する。
エルミアの反応が、わずかに遅れた。
虚を突かれたのではない。
覚悟を見誤っていた。
「降参でよろしいですわね?」
「……模擬戦だからな」
喉元に穂先――刃は潰れているが――を突きつけられたエルミアが、負け惜しみとも事実の追認ともつかない言葉を発し、クラリッサの手首にぴたりと合わせていたロングソードを手放した。
相討ち。だが、生死は明らか。
最強が、欠けた。
ここで、《炎熱障壁》が不利に働く。効果線が遮られ、ルシェルからクラリッサへ直接攻撃が届かない。
ゆえに、ルシェルは防御を整える。
「《鏡像》」
ルシェルの周囲に、彼女そっくりの幻が3体出現した。それは即座にシャッフルされ、どれが本体か見分けがつかなくなる。
普通のモンスター相手であれば、それは妥当な判断だっただろう。デコイで時間を稼いでいる間に、仲間が駆けつけてくれれば勝ち。
しかし、今は悪手でしかない。
ルシェルが呪文を使用している間にクラリッサは、またしても《炎熱障壁》を正面から突破。
「正気ですか!?」
「本気なだけですわ」
一気に距離を詰め、ルシェルへ槍を突き出す。さすがに、軽い火傷を負っていたが、お構いなしだ。
アベルにも見せたスピアの突きから蹴りにつながる三連撃で《鏡像》をかき消した。
二人が、近距離で相対する。
ルシェルの笑顔は引きつり、クラリッサは優勢にもかかわらず厳しい表情。
「ルシェルさん、まだ続けますの?」
「仕切り直して、改めてとか――」
「――魔術師相手にですの?」
「ですよね……」
距離は、そのまま魔術師のアドバンテージ。
長柄武器を使用し、魔法への抵抗力もあるクラリッサといえども、それをみすみす捨てるはずがない。
「分かりました。義兄さんに血を吸ってもらえる権利はクラリッサさんのものです」
無駄な抵抗はせず、ルシェルは呪文書を閉じ両手を挙げた。同時に、《炎熱障壁》もかき消える。
悔しそうではあるが、徹底抗戦するつもりもなかった。
現状、思いきりという意味でエルミアが一歩抜け出していることは間違いない。負けるつもりはないが、だからこそ、姉のアドバンテージを否定することはできなかった。
となると、重要なのはクラリッサとの関係。
それを見極めるためなら、多少の妥協は止むを得ない。ルシェルは、そう判断したのだ。
「くっ。またしても……」
そんな妹の意図は知らず、悔しそうに、エルミアが膝をついた。さすがに、二対一では不利。それでも、アベルへの想いで覆せる。
そう思っていたにもかかわらず、順当な敗北。エルミアの心が絶望に染まりかける――が。
突然、天啓を得たかのように表情が変わった。妹であるルシェルですら戸惑うほど急激に。
「ああ。そうか。そうだったのか」
「……姉さん、一体なにがそうだったのか、お伺いしても?」
「なに。大したことではない」
ゆっくりと立ち上がりながら、エルミアが答える。
その口の端には、笑顔すら浮かんでいた。
「私の血は、血の花嫁として捧げるべき。そういうことなのだと気付いただけだ」
エルミアの、森を思わせる瞳に曇りはない。晴れやかで、真摯で、確信に満ちていた。
曇りがなければ、いいというものではない。問題は、見ている方向だ。
「これは……」
「強敵ですね」
「ですわね……」
ルシェルとクラリッサが顔を見合わせ、肩を落とす。
しかし、それも一瞬のこと。
二人の瞳に、再び力強い光が宿った。
足を引っ張り合うのではない。
協力して、より高みを目指すのだ。
ルシェルとクラリッサは、その想いを共有し、心の中でぎゅっと握手を交わした。
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