ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第六話 ロートル冒険者、実感する

公開日時: 2020年9月3日(木) 18:00
文字数:3,704

『いや、待て。そもそもだ』


 下卑た内容を口にしていても美しさは変わらないマリーベルから視線を外し、アベルは素早くベッドから起き上がった。

 慢性的だった腰痛も、関節の痛みも今はもうない。

 やや厳つい顔と相まって、動きだけであれば達人のような雰囲気を感じる。動きだけであれば。


『本当に俺は吸血鬼ヴァンパイアなのか?』

『ふむ。哲学じゃな』

『違えよ、このバカ親が』


 そんな高尚なもんじゃないと、アベルは首を振った。

 マリーベルは相変わらず、ふわふわと頭上に浮いている。


『ひらひらしたスカートで、ふらふらするんじゃねえよ。ポイズンフォッグか』


 毒霧が生命を得たモンスターを引き合いに出しつつ、アベルはマリーベルを掴んで高度を下げさせた。


『なんじゃ。汝は余の父親か。キモイわ』

『親はそっちなんだろ。あと、キモくねえし』

『生意気な小倅が。父親面など千年早いわっ。それから、やっぱりキモいわ』

『残念ながら、もう若くねえよ。キモくもねえけど……って、そんな話じゃねえ』


 ふわふわふらふらするマリーベルをベッドに座らせ、アベルは代わりに明後日へ行ってしまった本題を取り戻す。


『今のところ、まったく吸血鬼ヴァンパイアらしさが感じられないんだがな。単に、太陽の光に弱い人間でしかないぞ』

『体は快調じゃろ?』

『うっ。まあ、それはそうだが……』


 起き抜けの体の痛みもなく、若い頃よりも体が動く。それは実感していた。

 アベルは思わず仰け反ったが、すぐに前のめりになってマリーベルを問いただす。


『でもよ、体の調子がいいってだけなら、吸血鬼ヴァンパイア以外にもいろいろ原因とか理由は考えられるだろ?』


 この世界には魔法もある。魔道具マジックアイテムもある。属性石と、そこから得られる能力のように神々の加護もある。

 吸血鬼ヴァンパイアだけが、好調の要因とは言い切れない。


『言いたいことは分かるぞ。だが、余の存在はなんとする?』

『俺の頭がおかしくなっただけ』

『ふむ。余は狂人の妄想か』

『それか、性質の悪い幽霊ゴーストに取りつかれてるかだな』

『そちらのほうが、よほど問題に思えるがの……』


 そう思念で伝えつつも、信じられない。あるいは信じたくない気持ちは分かるのだろう。マリーベルは、理解を示す。

 それに、悪霊されてるのもたまらない。似たようなものなのだから、なおさら。


『そうじゃの。先ほどの陽光以外にも、呪いを実感すれば良かろう』


 どうすればアベルを納得させられるか。

 ベッドに座って思案していた小さなマリーベルが、ぽんっと手を打って物騒なことを言った。


『デメリットを実感させるとか、それどうなんだよ』

『簡単じゃからな。さて、アベル。鏡を持て』

『しかも、他人任せ……』


 中年男性が人形のような少女にあごで使われる姿は、情けない以外に言葉がない。

 あえて深く考えないようにして、アベルは部屋の片隅に放置されていたバックパックから――どうやら、鎧と違ってちゃんと持ち帰っていたらしい――手鏡を取り出した。


 冒険中に身だしなみを整えるための装備……ではない。


 この手鏡を使用することで、頭を出さずに角の向こうを確認することができるのだ。

 また、メデューサのような直視すると危険なモンスターとの戦闘でも活躍する……というのは、英雄譚サーガの影響を受けすぎだろう。

 残念ながら、そんな器用なことはできないし、魔法で視覚以外の感覚を用意するのが効率的だ。


『ほれ、寄越すのじゃ』

『壊すなよ? 結構、高えんだぞ』

『そら、映っとらんじゃろう?』

『…………』


 アベルの注意など聞かず、手鏡を受け取ったマリーベルは、鏡面を向けた。


 光の源素王から受けた、『虚像の掟』。鏡や水面などに、姿が投影されなくなるという呪い。吸血鬼ヴァンパイアの特徴としては、かなり有名な部類に入る。


「まさか、自分がそうなるとは思わなかったぜ……」


 憂欝というよりは、風邪でも引いたかのように気怠げに、アベルはマリーベルから手鏡を取り返した。

 改めて自分に向け、背後の壁や天井しか映っていないことを確認。続けざまに、マリーベルにも向けたが、さっき自らしわくちゃにしたベッドしか映っていなかった。


 魔法で似たようなことができないとは言わない。

 アベルが意識を失っている間に、手鏡が特殊な魔道具マジックアイテムへすり替えられた可能性もある。


 だが、そこまでしてアベルを騙そうとする理由は存在しない。


 アベルは、ぐっと両拳を握った。色が変わるほど、強く強く。


『ちなみに、吸血鬼ヴァンパイアから人間に戻れたり……』

『できたら、余自身がやっておるわ』

『そうかい』

『納得したかの』」

「まあ、多少はな……」


 強がりにも似た言葉を口にするのがやっと。

 鏡をベッドに放り投げ、アベルは手を口へと伸ばす。


「ってことは、俺も血を吸って生きなくちゃならんのか……」


 指で剣歯に触れるが、特に大きくも鋭くもなってはいない。疼くようなこともない。

 いや、そうなっていたら、こんな風に鏡で確認などする必要はなかったのだ。


 そう。もし血が吸いたくて疼いていたら、自分が吸血鬼ヴァンパイアだということに疑問など抱かなかったに違いない。


『その点に関しては、アベル。汝を選んで正解じゃったな』

『不正解だろ? 吸血鬼ヴァンパイアなのに、血を吸いたくないって言ってるんだぜ? 明らかに、出来損ないじゃねーか』

『それで正解なんじゃよ。転変した途端に血を吸いたがるような異常者は、早晩獣に飲まれて自滅するだけじゃからな』


 マリーベルから思わぬ思念が飛び出し、アベルは思わず笑ってしまった。

 吸血鬼ヴァンパイアになったにもかかわらず、進んで血を吸おうとしたら異常者認定。なんという理不尽だろうか。


『こいつは、生きてきた中で、最高の冗談だな』

『うはははは。まさか、余に人を楽しませる才能まであったとは。余は自らの才覚が恐ろしい』

『おい。たった今、最高記録が、一瞬で塗り替えられたぞ』

『まあ、それはさておき』


 強引に言葉を切り、小さなマリーベルは安心させるように、怜悧な美貌に笑顔を浮かべて言う。


『『狩人の宿命』は、いかようにもなるから安心せい』

『そうなのか? いや、それでいいのか?』


 吸血鬼ヴァンパイアといえば、やはり、邪悪な高位アンデッドという印象が強い。

 美女をさらい、あるいは寝室に忍び込み。生き血を啜り、同族を増やし、世界に闇を広げていくのだ。


『なんともステロタイプな吸血鬼ヴァンパイアじゃのう』

『でも、人……か、エルフかドワーフかは知らないが、襲って血を吸うんだろう?』


 闇の源素王から受けた、『狩人の宿命』。他者の血を吸うことでしか生きられなくなる呪い。

 吸血鬼ヴァンパイア吸血鬼ヴァンパイアたらしめる宿痾。


『まったく。余らを我慢の利かぬ、愚かなモンスターとでも思っているのか?』

『違うのかよ』

『違うのじゃよ。まあ、イスタス神にお仕置きされてからはの』

『……そいつはハードそうだ』


 この世界を浄化したイスタス神は、秩序と善を重んじる厳格な神として知られていた。


『まったくじゃぞ。神剣すら使わず、拳で説教してくるんじゃぞ。頭おかしいじゃろ』

『お、おう』


 神に実際に会ったかのような愚痴を聞かされても、アベルにはどうしようもない。ジョークだったらつっこめず申し訳ないが、とりあえず流すことにする。


『神祖の誕生より数千年。余らも進化しているということよ』

『まあ、人を見境なく襲わずに済むってんなら、むしろ歓迎すべきだけどよ……』


 大きな懸念が消え、アベルは安心の息を吐く。

 しかし、それは次なる疑念を生み出すだけだった。


『なんだか妙に至れり尽くせりに感じるんだがな』

『ははははは。感謝感激しても良いぞ。余が許す』

『マリーベル、お前の目的はなんだ?』

『アベルよ、初めて余の名を呼んでくれたのう』

『話をそらすなよ』


 不意に、沈黙が安宿の一室を支配した。

 アベルと小さなマリーベルは、真っ正面から視線をあわせる。


 そのまま緊張感が高まり……不意に、弛緩した。


 マリーベルがまたふわふわと宙に浮き、アベルの肩へと戻る。


『それを明かすのは、まだ早すぎるの』

『まあ、それもそうか。俺を信用するには早すぎるよな』

『それは、お互い様よな』


 アベルが吸血鬼ヴァンパイアに転変して、わずか一晩。こうして言葉を交わすようになってから、一時間程度。

 それを思えば、マリーベルの言葉は妥当なものだった。


『そこで、吸血鬼ヴァンパイアイメージアップキャンペーンが必要になるわけじゃな』

『どこでだよ。というか、本気なのか冗談なのか分かんねえだろうが』

『余が吸血鬼ヴァンパイアの良さを教えてやらねばならんということよ。ああ、遠慮する必要はないぞ。これもまた、血の親が努めゆえ、感謝する必要はないぞ』

『良さって……。そうか、だから、さっき金って言ってたのか』


 正確には言葉にはしていない。

 ジェスチャーで表現しただけだが、間違いではなかったらしい。


『じゃから、それを実感する意味でも、これじゃよ、これ』


 またしても、マリーベルは親指と人差し指で円を作って上下に揺らす。


 もちろん、金はあったほうがいいに決まっている。


 しかし、どこまで本気にすればいいのか。

 本気にしていいのかも、分からない。


『でも、まあ、あれだよなー。金は確かにいくらあってもいいもんな。うん。金があって死ぬヤツはいたかもしれないが、逆よりは全然少ないはずだよな。吸血鬼ヴァンパイアになったのは、仕方がないことだしなー』


 分からないが、期待する分には構わない。


 そのはずだった。

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