「アベル、よく聞くのじゃ」
「マリー……ベル……。やっぱ……普段の喋り方……の……ほうが、いいな」
「聞けとは言うたが、そういう感想は求めておらぬ!」
大きなマリーベルが、小さなマリーベルの様なことを言う。
同一人物なのだから当然だが、アベルは思わず笑ってしまった。よく顔が見えないが、怒り顔が目に浮かぶ。
「お陰で、元気が出たぜ」
地面に身を横たえながら、アベルはそれでも笑うことができた。
その空元気に、スーシャが敏感に反応する。
『腕を切り飛ばされて元気が出たのご主人様 やったー』
『やってねえよ。どんな変態だ』
『余のアベルを、引きずり込もうとするでないわ!』
『余の?』
『余の?』
マリーベルが、うっと言葉に詰まる。
そういうことだが、そういう意味ではない。この先のことを考え、意図しない所有格がついてしまった。
下手に言い訳をすると、泥沼にはまりそうな気がする。
そのため、マリーベルは固まってしまった。
「マリーベルお嬢様……」
「仲良きことは美しき哉というらしいぞ」
参加はしていないが聞こえているウルスラは笑いをこらえ、念話が聞こえないはずの彼女も、微笑ましそうに見つめている。
「とにかく、余の話を聞くのじゃ」
「あ、ああ……」
結局、親としての振りかざすことにしたらしい。
斬り飛ばされ、恐らく爆風で粉々になった手を再生しつつ、アベルはうなずいた。
血制に赫の大太刀にと、命血が限界なのは事実だが、それ以上に、彼女の拳によるダメージは大きかった。
休めるのならば、それに越したことはない。
「吸血鬼は、吸血鬼から命血を吸収できぬ。これは、前にも話したな?」
「その例外が……血の花嫁……なんだろ?」
そのとき、ようやくアベルは気付いた。
自分が、マリーベルに膝枕をされていることに。あっさりあしらわれたショックと、傷の痛みと、スーシャへのツッコミで意識の外だったのだ。
マリーベルの顔が、よく見えないのは当たり前。大きなマリーベルの双球がそびえていたからだ。エルミアやルシェルは薄い部位が、邪魔をしていたのだ。
そして、一度気付いてしまうと、後頭部から伝わる柔らかさと暖かさが気になって仕方がない。
「じゃが、もうひとつ例外がある」
「その……前に、離れて欲しい……んだが」
「ならぬ」
「あ、はい」
アベルは、反射的にうなずいてしまった。いや、反射というよりは本能だろうか。どちらにしろ、逆らえない。
「吸血鬼が、吸血鬼の血を完全に吸い尽くす。有り体に言えば、吸い殺すことでも命血は得られるのじゃ」
「マジ……かよ……」
「のみならず、その吸血鬼から力を吸収することもできる」
エルミアから、マリーベルから、そうすることができる。
やるやらないは関係ない。
することができる。
「同族喰らい」
その言葉は鋭い刃となって、アベルの心に突き刺さった。
「吸血鬼における、最高最悪の禁忌よ」
ここまで説明されれば、血の花嫁が、いかに荒唐無稽なものかアベルにも分かる。
どれだけ絆や信頼を積み上げても、魔が差すということはある。結んだ絆や積み上げた信頼が砂上の楼閣ではないと、どうして断言できるだろうか?
それだけのリスクを負いながら、メリットは吸血鬼同士で命血を融通し合うことだけ。
人間やモンスターから奪ったほうが、遥かにいい。
「それもまた、源素王がまいた不和の種。呪いの一種だと主張し、血の花嫁に固執する同族もおったが……まあ、それはどうでも良いな」
「……あれ? なんで、血の花嫁が出てきたんだ?」
「察しが悪いのう。破滅的に」
「そこはせめて、壊滅的にならねえか?」
「どちらでも良いわ」
まったく……と、マリーベルはため息をついた。
「本当に、察しが悪いの! 信頼を示すと言うたであろうが!」
「そういうのを、俺に期待するんじゃねえ」
「それもそうじゃな……」
「そうだぞ」
「そういうところじゃぞ!」
ぺしっとアベルの頬を叩いてから、マリーベルが前傾姿勢を取ってのぞき込んでくる。
二人の視線が交差した。
「アベル。汝を余の血の花嫁とする」
「……逆じゃねえの?」
『ご主人様血の花嫁は相互関係だからどっちも花嫁』
『なるほど』
『なるほどではなわーー! スーシャも、少し黙っておれ!』
『焦って照れてるマリーかわいい超かわいい』
『黙っておれと言うたぞ!』
念話ではすっかり取り乱しているマリーベルだったが、表面上は、アベルを優しく膝枕をしている。まるで、慈母のように。
そのギャップに、アベルは自然と穏やかな気持ちになる。
「もしかして、血の花嫁になるには、相手に血を吸われる必要があるとか、そういうことなのか?」
「そうじゃ」
下手にごまかさず、マリーベルはゆっくりとうなずいた。
しかし、わずかに緊張していることが、触れ合っている場所からアベルにも伝わってくる。
「一方が、命血が払底する寸前まで血を吸い尽くす。その後、吸われた側が、相手の血を吸う。こうすることによって、婚姻関係が結ばれるのじゃ」
どちらにもリスクがあり、アクシデントが起こる可能性は単純に二倍。
エルミアが血の花嫁になると言い出したとき、マリーベルが慌てた理由が分かる気がした。
「理屈は分かったけどよ……。吸い殺せば力が出に入るとか、先に言わなきゃ良かったんじゃね?」
「それでは、フェアではあるまい」
「まあ、そりゃそうだがなぁ……」
言っていることは分かるが納得できないと、アベルは唇をとがらせた。
「それに、説明をしておかねば、勢い余って吸い尽くされかねんからの」
「納得した」
その可能性は充分にある。
ただでさえも信用できない自分なのに、吸血中は歯止めが利かなくなる。その自覚が、アベルにはあった。
「要するに、マリーベルから血をもらって神様をぶっ飛ばせばいいんだな?」
「汝は、多少は言葉を飾らぬか!」
ぺしんと、アベルの額を叩き余計なことを言う口を閉じさせた。
とはいえ、マリーベルから信頼を示し、アベルがそれに応えることで彼女を納得させられる……とまでは思っていなかった。
補強する要因にはなるだろうが、最後には、力を見せないと納得しないはずだ。
「そもそも、余に害されると思わぬのか?」
「いいや」
返答は短く、誤解のしようもない。
「マリーベルに拾ってもらった命だからな。そうなっても、元の鞘に収まるだけだろ」
「アベル……」
「そんなことしたら、マリーベルに神様のボディーブローが飛ぶだろうし」
「アベル……」
「いや、やっぱ今のはなしで」
「アベル……」
スーシャのことは言えないと、アベルは起き上がった。
膝枕から脱し、地べたに座ってあぐらを組みながら、アベルは言葉を探す。
「それに、マリーベルはそんなことしないって信じてるからな」
見つけた言葉は、シンプル
理屈ではない。だが、絶対だ。
それを聞いて、マリーベルの我慢は限界を迎えた。
「ゆくぞ」
地面に座るアベルに四つん這いで近づきながら、マリーベルはアベルの手を取る。
「え? そこから行くのか?」
「歯止めが利かなくなったら困るじゃろうが」
アベルの左手を捧げ持ち、舌を何度もこすりつけ。
マーキングでもするかのように、たっぷり唾液をまぶしてから。
マリーベルは、手首にかぶりついた。
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