ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第十二話 ロートル冒険者、巨人の坑道へ向かう

公開日時: 2020年9月19日(土) 00:00
文字数:3,932

 月明かりの下、黒い狼が街道を疾駆する。


 あらゆる枷から解き放たれ、自由に。そして、喜びに身を震わせて。


 しかし、その光景を目にするものは、誰もいなかった。


 夜、人気のない土地をだから――だけではない。《影惑オブスキュア》の血制ディシプリンによって闇に紛れ進んでいるのだ。


「夜。実に、美しい夜よの」


 しかし、それを使用したアベルは、困ったように頬杖をついていた。


「まあ、そこに異論はねえけどよ」


 元のサイズに戻ったクルィクの背で、吸血鬼ヴァンパイアらしい感慨に耽るマリーベル。

 人形のような大きさではあるが、黒いドレスの美少女が言うと、説得力がありすぎる。


 けれど、血を与えた子には、その感動はまったく伝わっていなかった。


「俺の頭の上で言わなくてもいいんじゃねえ?」


 それも仕方がない。

 マリーベルは、アベルの頭に立って夜を満喫していたのだから。


「なにを言うておるのだ?」


 少し前屈みになって、マリーベルが足下のアベルへ言う。


「この状態で余が浮いたら、置いてけぼりになるではないか」

「そうだけど、焦点はそこじゃねえよなぁ!」


 羽虫をのようにマリーベルを手で払おうとするが、器用に避けられてしまう。

 なぜか、マリーベルのテンションが妙に高い。スーシャを、デュドネに迎え入れられたからだろうか。


 そのスーシャが入った棺を背もたれにしながら、アベルは首をひねり……。まあ、悪いことではないかと、心に留めておくことにした。

 お陰で、クルィクもサイズを――元の大きさか、小型かの二択だが――変えられるようになったのだ。


 根底には、マリーベルなら大丈夫だろうという、信頼感がある。それも、圧倒的な。


「この分なら、予定よりかなり早く目的の巨人の坑道に到着しそうですね」

「そうだな。もう、半分は過ぎているようだ」


 周囲の景色とクラリッサが準備した地図を見比べ、エルミアも同意した。エルフの視覚は、夜闇も見通す。


 アンデッドナイトの出現報告は、夜間に集中している。

 そういう意味でも、アベルたち向けの依頼クエストだった。


「本当に、都合がいいな。さすが、クラリッサだな」


 そのクラリッサは館に残っていた。


 冒険者ギルドの正式な依頼クエストに、職員が参加するわけにはいかない。

 ごくごく当然の理由だが、実態は、少しだけ異なっていた。





「館に残る人間も必要ではありません?」

「まあ、そのほうが安心ではあるけどよ……」


 応接室で依頼クエストの受諾を決めた直後。

 クラリッサが、自ら残ると言い出したときには驚かされたアベルだったが、一理あると認めざるを得ない面もあった。


「ウルスラに任せても良いが、余の本体の世話もあるからのう」

「わたくしは、戦力的に不可欠というわけでもありません。それなら、別方面で役に立ったほうが効率的でしょう?」

「具体的には、なにをするつもりなんだ?」


 アベルの承諾を前提とした問いに、クラリッサは待ち受けていたかのように答える。


「当然ながら、館の維持管理ですわね」

「手入れをする人間は、確かに必要だ」


 家事を担当するエルミアが、真っ先にうなずいた。


 数百年保ってきた『スヴァルトホルムの館』だが、それはゴーストの存在があったからでもある。

 コアを失った上に、無人となれば館も荒れてしまう。


「あとは、事前準備ですわね。依頼クエストに関する情報を、分かりやすく取りまとめておきますわ。その他、必要な装備の準備も任されますわよ」


 準備と実戦と。

 両方こなすのが冒険者というものだが、専門的に担当する人間がいて悪いことはない。


「確かに、やってもらえると、助かるな……」

「では、よろしいですわね?」

「ああ。クラリッサ、頼む」


 冒険のバックアップを担当したい。

 そう言い出したクラリッサの希望を、アベルは受け入れた。


「わたくし抜きでは、冒険者などできないようにしてみせますわ」


 冗談めかして、微笑むクラリッサ。

 冗談らしく見せかけるということは、つまり、本気ということだ。


「あれ? そうなると……?」


 その本気さから、なにかが伝わったのか。アベルが、クラリッサの微笑みを視界に収めながらつぶやく。


「出発前には、クラリッサから血をもらうことになるの……か……?」

「それは……っ」

「くっ。そうきたか……」


 アベルに血を吸われたからと言って、体調を崩すわけではない。

 むしろ調子が良くなることを、ルシェルとクラリッサは実体験として知っている。


 それはそれとして、血がなくなることも事実。


 館に残るクラリッサから吸血すべきだという理屈には、エルミアもルシェルも感情以外の面で反論できない。


「わたくしとしては、大歓迎ですわ」


 多くは語らず、クラリッサはあだっぽい仕草で、アベルに流し目を送る。


「……うむ。やはり、変に素直なよりは、これくらいのさや当てがあったほうがらしくて安心するのう」


 マリーベルの感想は、ともかくとして。


 アベルは、きちんとクラリッサから血を吸って出発したのだった。





「アベル。到着する前に、おさらいをしておこう」

「……あ、ああ。頼む」


 夢から覚めたような顔で、アベルは反射的にうなずいた。

 夢を見ていたわけではないが、血をもらったときのクラリッサの艶姿は、脳から追い出す必要があった。


「まず、件のアンデッドナイトだが……」

「当初は昼間にも出たそうなのですが、今は夜間に見張りの人間が遠くから監視をしているだけだということです」

「ああ。前に説明を聞いたときも不思議に思ったけど、随分と大人しいもんだな」


 アンデッドナイト。

 その長大な刃で命を奪った者を部下として従える、強力なアンデッドモンスター。

 物理的な攻撃手段に限られるためノーライフキングには一段劣るが、危険なことに変わりない。一度出現すれば、村がひとつ地図上から消え去るような事態も起こりうる。


「そういや、マリーベル。吸血鬼ヴァンパイアがアンデッドナイトに斬り殺されたらどうなるんだ?」

「死ぬだけじゃな」

「そうなのか。ありがとうよ」


 エルミアとルシェルが怖い顔をしているのに気付き、アベルは話を打ち切った。


「ま、アンデッドナイトは喋ったりしないらしいし、理由は分かんないだろうな」

「そうですね。アンデッドモンスターの行動原理は、正直なところ生者には理解不能な面もありますから。今の時点では、なんとも言えませんが……」

「殺しちまえば、一緒ってことか」

「そういう考えも、否定はできないな」


 冒険者など、大半はこのレベルだ。

 しかし、クラリッサは異なる。


「過去の事例も調べてくれているのだが、アンデッドナイトに限らず、巨人の坑道にアンデッドモンスターが出現した事例はいくつかある」


 ただ、より多いのは、鉱石を錆びに変えるラスティビーストやアントハルク。それに、昆虫人とも呼ばれるインセクティアンとの遭遇だ。


 この辺りは、坑道内の定番モンスターといえる。


「次元の歪みがあるっていっても、それでモンスターが出てくるってわけでもないんだよな?」

「ああ。そんなことが起こったら、採掘などやっている場合ではないからな」

「それでも、過去に、アンデッドが自然発生したことはあったでしょうが……」

「アンデッドナイトに限っては、それはないな」


 そう考えると、アンデッドナイトの存在は、いかにも浮いている。

 背後に、より高位のアンデッドや邪神の徒などの存在を感じざるを得なかった。


「さらに不自然なのは、犠牲者が出ていないことだな」

「誰も死んでないとは聞いてたけど、今も増えてないのか」

「ああ。不思議なことだ」


 逆よりは、余程いいこと。

 そのはずなのに、なんとも不気味だった。


「単に彷徨っているだけ……ってことは、なさそうだなぁ」

「明らかに、裏がありますね」


 ルシェルが陰謀論に票を投じるが、アベルも同感だった。

 それもあって、神殿ではなく冒険者ギルドに依頼クエストが回ってきたのだろう。場合によっては、アンデッドナイトの討伐など放置して、情報を持ち替えることが最優先事項となる可能性もある。


 その面で、アベルたち以上の適任はいない。


「ヴェルガ教徒がいたりしたら、厄介だよなぁ」


 イスタス神群が来臨するよりも先に、この世界へ渡ってきた悪の女神ヴェルガ。


 赤毛の女帝とも呼ばれる彼女と、主神たちとの関係はようとして知れない。


 だが、ヴェルミリオ神が残した神話には、『善悪の区別なく自由に振る舞い、他者の迷惑を顧みず、執念深い性質』や『好奇心の塊である幸運と商業の神ラーシアですら忌避する』と記されていた。


 特に、後者は最大限の侮辱の表現であり、相当深い因縁があったことが推測される。


「邪神の徒となると、大抵はヴェルガ教徒ですからね……」


 行う悪事は様々だが、信奉する神は決まっている。それが、邪神の徒と言っても過言ではないほどだ。


「クラリッサも、その点を懸念して呪い解除のポーションなど、いろいろ持たせてくれたんだろう」

「聖水も、たくさんありますね」


 聖水も含め、コフィンローゼスに収納されている。

 アンデッドの天敵とも言える聖水と同居することになったスーシャの感想は、怖くて聞けていない。


「それから、坑道を見張っている職員は、今日は引き上げてもらっています。クラリッサさんが、手を回してくれました」

「助かるなぁ」


 過半数が人目を気にするパーティとしては、その心遣いが嬉しかった。


「ま、上手くいくにこしたことはないけど、無理そうなら逃げ帰ろう」

「飾らんのう」

「昇格はしたいけど、死んだら終わりだしな」


 アベルの、冗談とも自嘲ともつかない。実際には、なにも考えていない本音が発せられた瞬間、体が傾いた。


「お、山に入ったのか?」

「そのようだな」


 山登りでもクルィクのペースは緩まない。


「クルィク、休憩しなくても大丈夫か?」

「ゥワンッ!」


 クルィクは、むしろ、もっと速く走りたいとペースを上げる。


 少しして、目的地。

 坑道というよりは、その名の通り、巨人が出てきそうな洞穴に到着した。

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