ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第四話 ロートル冒険者は、吸血鬼になっていた(前)

公開日時: 2020年9月3日(木) 06:00
文字数:2,645

「……その先の記憶がねえ」


 昨日は、朝からギルドに行って|依頼《クエスト》を受けた。

 請け負った仕事は、下水の掃除……といっても、そのままの意味ではない。


 正確には、下水道に住み着いているダイアラットの駆除だ。


 狩っても狩っても一向に減ることなく、かといって、仕事を怠れば大繁殖して街にあふれ出す。

 重要だが地味な仕事で、ほとんどの冒険者は受けたがらない。


 それをずっとこなしてきたアベルだ。


 自暴自棄気味ではあっても、ダイアラット相手に後れを取るとは思えない。


「酒でも飲んだのか?」


 それは実に当然の結論だった。


「あー、もったいねえ。記憶失うほど呑んだのに、憶えてないとか。マジあり得ねえ」


 けれど、意を決して息を吐いてみても酒臭さは微塵もなければ、二日酔い特有のだるさもない。生命の属性石を通して、《キュア》を使う必要もなさそう。


 そもそも、だ。


「帰ってきた記憶がない……ぞ?」


 にもかかわらず、宿のいつもの部屋にいる。

 いつどこで脱いだのか、ソフトレザーも部屋にはない。


 ないないない。ないものづくしだ。


 首をひねりつつ、アベルはベッドから降りて立ち上がる。


「う~む。首のこりも感じない、膝も痛くねえ。背中が引きつるような感覚もなけりゃ、肩もちゃんと上がる」


 いつからだろうか。目覚めと同時に、体の調子を確認するようになったのは。


 屈伸、前屈、最後に肩を回す。

 筋肉が凝り固まった感覚も、関節の痛みも、なにもない。


 こんなに快調なのは、10年。いや、20年振りだ。


「おいおいおいおいおい。もしかして、死ぬんじゃないだろうな、俺」


 事態の不気味さに、喜びよりも気味の悪さが先に立つ。幸福とか幸運に慣れていないのだ。


「……タバコ吸うか」


 思考を放棄したわけではない。

 ただ、紫煙が必要なだけ。


「ようやく目覚めたか、我が子よ」

「……は?」


 そこへ、追い打ちをかけるように耳慣れぬ呼び声が聞こえた。

 アベルは思わずその場で飛び上がった。左右に首を振るが、誰もいない。いるはずがない。


 にもかかわらず、声は止まない。


「ふふふ。リアクションうすいのぅ。善哉善哉。よほど驚いておるものと見える」

「一体、誰が? どこから?」

「後ろじゃ。後ろを見てみい」


 楽しげな娘の声に導かれるまま、アベルは視線を移動させる。


「な、なんだこりゃ……?」


 アベルの目の前に、三頭身ぐらいの可憐な少女が降りてきた。


 肌は病的なまでに白く、瞳は妖しいまでに赤い。

 夜より黒い髪はツインテールに結ばれ、闇のように深い漆黒のドレスと調和していた。


 なによりも。


 本来であれば愛らしいと呼べるサイズにもかかわらず、その少女は美しかった。


 我が物にしたいという衝動は湧かず。ただただ、跪き、頭を垂れ、崇拝を向けたくなる美。状況の異常さに戸惑ってさえいなければ、アベルもそうしていたに違いない。


 人形のような美少女が宙に浮いているのに、それが不思議とも思わなかった。


 それくらい、異質で、特別で、美しい。


「我が子ゆえ、特別に直答を差し許す。余に聞きたいことがあらば、遠慮なく言葉にするが良い」

「そうか、こいつは夢か」


 酷く常識的な結論に達し、アベルはごろりとベッドに横になった。頭から毛布をかぶり、人形のような美少女に背を向ける。


「あんな母親、持った憶えもねえしな」

「寝るな、このクズーーー」


 しかし、アベルの母と自称した人形のような美少女が許さない。


 小さな手で、毛布を引きはがそうとし、アベルが必死に抵抗する。


「ええいっ、放せ。呪いの人形か、お前は!」

「余は人形ではないが、呪い。確かに、呪いではあろう」

「……は?」


 まさか肯定されるとは思わず、アベルは思わず毛布から手を放した。喋る人形が勢い余って飛んでいくが、それどころではない。

 ベッドにあぐらをかき、目線の高さで宙に浮く人形のような美少女を見つめる。


「呪われたのかよ、俺」

「そう。呪いと祝福は紙一重。理性を失った者は狂乱による力を得、視力を失いし者は他の感覚に秀でるもの」

「ワタシ、キョウツウゴシカ、ハナセ、マセン」

「共通語で話しておるわ、バカたれえッ」


 人形のような美少女がびしっとアベルを指さして絶叫した。


 その瞬間。


 ドンッと、隣の壁が叩かれた。


 思わず二人して飛び上がり、恐る恐る壁に視線を送る。


 再び叩かれるようなことはなかった。


 なかったが、不愉快な感情の波動が向こうから伝わってくるような気がしてならない。


「あー。ほら、夜の仕事のヤツが眠ってたりするし?」

「ぐ、うぬぬ」


 意外と、道徳的な|性格《アライメント》なのか。人形のような美少女は、頬を膨らませ不満を露わにするが、言葉にはしない。


 これで、少しは大人しくなるだろう。

 アベルが年甲斐もなく、心の中でほくそ笑む。


 しかし、それは早計だった。


『吸血鬼《ヴァンパイア》じゃ』


 その声は、直接アベルの頭に響いた。


「な、なんだこれ? ついに、幻聴が……」

『うるさいと言うたであろうが。ゆえに、直接思念を飛ばしておる』

「はあ? あ?」


 意味が分からない。

 分からないが、できるんなら最初からそうしろよ。


 そんな視線を向けられても、人形のような美少女は動じない。赤い瞳を爛々と輝かせ、アベルの狼狽が心の底から楽しいと言わんばかりに言葉を紡ぐ。


『今はパスがつながっておるゆえ、汝も思考を言語として余に伝えることが可能であるぞ』

『こ、こうか? これで聞こえてるのか?』

『うむ。上出来、上出来。さすが、我が子よ』

『なんで、お前が偉そうに……って、|吸血鬼《ヴァンパイア》? 呪い? 我が子……ということは、まさか……』

『いかにも。余こそ、汝が血の親よ』

『血の親……』


 ベッドに座ったまま、呆然とつぶやく。


「つまり、あんたは|吸血鬼《ヴァンパイア》で、俺も|吸血鬼《ヴァンパイア》になったってこと……なのか?」

『いかにも。余はマリーベル・デュドネ。|前世界より生ける者《アンテデルヴィアン》である』


 しかし、信じるには、受け入れるには足りない。


『んふふ。疑っておるな。良い。猜疑心となればいただけぬが、慎重であることは美徳であるぞ』

「いや、そんな――」


 大したものじゃない。

 いきなりお前は|吸血鬼《ヴァンパイア》だ、余が血の親だなんて言われて納得できるわけない。


 そう続けようとしたアベルの思考が固まった。


 彼女がなにかしたのだろう。アベルの目の前で、独りでにカーテンが上がっていく。


 時の流れは、誰にも分け隔てなく公平だ。

 今日も太陽の光は地上に等しく降り注ぎ、アベルの部屋に陽光が差し込んできた。


 さわやかな朝の光をまともに浴び。


 アベルは気絶した。

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