ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第八話 ロートル冒険者、再会する(中)

公開日時: 2020年9月24日(木) 00:00
文字数:2,806

「ちっ。騒ぎになる前に、やるかッ」


 シャークラーケンは、下水道に栓をするかのような大きさだったが、ミニ・シャークラーケンはそこまでではない。

 よく見れば、すべての足からサメが生えているわけでもなかった。


 それでも、シャークラーケンに連なるモノであることは間違いない。自由にしたら、どんな被害が出ることか。


『初めての海産物楽しみ』

『ぬるっとするだけだと思うぞ』

『楽しみアップ』

「アウェイク」


 スーシャに返事をすることなく、茨の鎖でコフィンローゼスとつながるアベル。


「《疾風セレリティ》」


 続けて血制ディシプリンを使用。

 ミニ・シャークラーケンには気付かれたが、相手の反応速度の上を行って殴り抜ければいいと、狭い下水道を加速する。


 ミニ・シャークラーケンは足を波打たせサメの頭部を放ってくるが……遅い。

 目論見通りだ。アベルは、神速で懐かしいサメの頭部をかいくぐる。そして、小さく、同時に鋭くコフィンローゼスを振り下ろし――


「って、やっぱダメだ!」


 ――ミニ・シャークラーケンに命中する寸前、無理矢理軌道を変え、下水道の床を打ち付けた。


『わふんっ』

『喜ぶのかよ!』

『意外性が合って素敵さすがご主人様 なにも返せないのが心苦しい』

『なんで、ちょっと律儀なんだよ!』


 いや、念話で戯れている場合ではない。


 コフィンローゼスを打ち付けたアベルは、その勢いのまま一回転。天井ギリギリまで跳躍し、ミニ・シャークラーケンを飛び越えた。


「危うく、殺すところだった……」

『ご主人様どういうこと?』

『あいつも、マリーベルと同じで主神に封印されてたみたいでよ』


 やや腰を落とした姿勢でコフィンローゼスを構え、目の前の封印魔獣を警戒しつつ、念話で答える。


『分かった マリーのところに案内してもらえるかも』

『そういうことだ』


 無論、言葉は通じない。仮に通じたとしても、交渉になるかは疑問だ。本当に、あのシャークラーケンと親子関係にあるかは、別にしても。


 けれど、アベルには《支配ドミネイト》の血制ディシプリンがある。


 クルィクのように情を交わすことはできないだろうが、ミニ・シャークラーケンがどこから出てきたか調べる――


「って、これじゃ集中できねぇ」


 ――以前に、サメの頭部が飛んできて、アベルを食らおうとした。

 バックステップで軽く回避するが、これでは《支配ドミネイト》の血制ディシプリンを使用することができない。


『足とか全部もげばいける』

『無力化させるな』

『そうそれ』

『言い方を考えろー!』


 無駄だが、言っておかねばならない。

 注意を受けるということは、期待の裏返しという意見もあるし、アベルも、それには賛同する。


 しかし、スーシャは、その例外だ。


 言われなくなったら肯定したと見なし、どんどん酷くなっていく。どうせ腹が減るからと言って、飯を食わずに済ますことはできない。それと一緒だ。


 食事と違って、身につくかどうかは分からないのだが。


『スーシャが食事と同じぐらい大切と認識されている』

『その前向きさ――』

『見習っても構わないご主人様』

『――ちょっと、いらっとするな』

『わふん』


 スーシャは、どこまでも嬉しそうだった。


『嬉しいので新技を公開しちゃう』

『そんなのあったのかよ』

『疲れるからなるべくやりたくなかった』

「そんなこったろうと思ったよ!」


 特に驚くには値しない。

 ただ、それと感情は別物なので、とりあえず、またしても近づいてきたサメの頭をコフィンローゼスで強打した。


 手応えは充分。

 サメが血と脳漿をまき散らし、下水道の床を跳ねる。


『今ので頑張れる』

『……で、新技って、具体的にどんなんだよ?』


 こちらを警戒するミニ・シャークラーケンを油断せず観察しながら、アベルはあまり期待せずに問うた。


『スーシャがコフィンローゼスを操作する 短時間だけだけど』

『防御は任せられるってことか?』

『そういうこと こっちから当たりに行く勢いでご主人様を守ります』

「あー。うーん。そう来るか、そう来るのかぁ」


 納得とあきれと諦観と。

 様々な感情がない交ぜになったが、背に腹は代えられない。


『あれだよな。戦神と名高いエグザイル神の盾も、自律稼働して勝手に身を守ってくれるんだったよな。それと同じだよな』


 それから、イスタス神の神剣も、自動的に敵を攻撃する権能を有していたはず。


 実に、英雄的ヒロイックな能力だ。


 アベルは、そう納得した。無理矢理。

 それに、実際のところ、他に手立てもない。


『じゃあ、少しの間だけ、頼んだぜ』

『任されました』


 抑揚のない早口なのに、どこか嬉しげ。

 深く考えないことにして、アベルは茨の鎖を解いた。


 しかし、コフィンローゼスは倒れず、ミニ・シャークラーケンとアベルの間に立ちふさがる。


 意図の分からぬ行為に、ミニ・シャークラーケンは警戒してすぐには手出しをしてこない。


 好機だ。


 黒く感情の浮かばぬ、ミニ・シャークラーケンの無機質な瞳。

 シャークラーケンとよく似たそれを、アベルはコフィンローゼスの陰から凝視する。


 アベルの瞳が赤く光った。

 次第に、自己と他者の境が希薄になっていく。


 得体の知れない感覚に抵抗するかのように、ミニ・シャークラーケンが狭い下水道で足を波打たせ、サメの頭が飛んでくる。


『ご主人様の邪魔はさせない』


 そのすべてを、コフィンローゼスが勝手に動いて遮った。


『あふん ああでもご主人様に操ってもらったほうが気持ちいい』


 暗転。


 気付けば、アベルの目に、コフィンローゼスとアベルが映っていた。

 今までよりも早く、《支配ドミネイト》に成功した。


 しかし、ハーネスレースやクルィクの時のような共感は発生しない。


 ミニ・シャークラーケンから伝わるのは、生きとし生けるものへの憎悪だけ。


 だから、アベルは命を下した。


 帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ。

 戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ。


 元の場所で、大人しく、していろ。


 暗転。


 目の前に、コフィンローゼス。その向こうに、ゆらゆらと足を揺らすミニ・シャークラーケンが見える。


 アベルの視界が、元に戻った。


『ご主人様大成功』

『……マリーベルなら、《支配ドミネイト》の本当に使い方って言いそうだな』


 血でつながった親のことを思い出しながら、アベルはミニ・シャークラーケンの動きを見つめる。

 強烈な刷り込みを受けたミニ・シャークラーケンは、先端にサメの頭部がある足を動かし、ずるずるっと器用に歩き出した。


『いや、歩くと言っていいものなのかどうかしらねえけど』


 足を使って移動しているのだから、歩いてはいるのだろう。

 珍しいその姿を眺めつつ、アベルは道を譲る。


 ミニ・シャークラーケンは、アベルもコフィンローゼスも見えていないかのように、下水道を移動していった。


『道案内の一丁上がりだな』

『マリーへのいいお土産になる』

『そうかぁ? まあ、今回も助かったぜ、スーシャ』

『ご主人様のそういうところいいと思う』

『あ、そりゃどうも』


 釈然としないものを感じつつも、アベルはコフィンローゼスを引きずってミニ・シャークラーケンを追いかける。


 その進む先には、マリーベルがいるはずなのだ。

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