ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第三話 ロートル冒険者、襲われる(前)

公開日時: 2020年9月22日(火) 18:00
文字数:2,834

「エルミアさん、目が覚めたのですわね。それは良かったですわ」

「良かったんだけど、俺の体験がほぼ役に立たないのは問題だぜ……」


 ファルヴァニアの街に、魔法の街灯が点る夜。

 アベルとクラリッサは、冒険者ギルドからの帰路についていた。正確には、クラリッサの帰りに合わせて、アベルが迎えに来たのだ。


 より正確に言えば、食料品や雑貨などを購入する必要があるため、アベルはその荷物持ちなのだが。


 とはいえ、他人にはそこまでは分からない。


 アベルとクラリッサの関係については、一部で密かに噂になりつつあった。元々、傲岸不遜という形容が似合う受付嬢にあるまじきクラリッサと対等に話していたアベルとの関係を邪推する向きはあった。


 それが、最近はより距離が近づいたように見えるのだ。


 噂をしているのが一部でしかないのは、エルミアやルシェルも絡んでいるから。同時にタブー視もされているからだった。


 そのため、噂は深く静かに進行しており、アベルはおろかクラリッサも把握はしていなかった。


 二人で帰りに生活必需品を購入するところを目撃されたら、噂の深度はさらに深くなることだろう。


「話を聞く限り、寝起きに欲しがるのは、むしろ自然に思えますわよ?」

「冷静に考えれば、そうなんだろうけどな」


 人通りはあまり多くないが往来のため、クラリッサは「血」という言葉をあえて抜いた。

 慎重なクラリッサに、アベルは髪をかきながら答える。


「俺の時は、まったく違ったんで……」

「その経験が、逆に妨げになっているわけですわね」


 なるほどと、クラリッサがうなずいた。

 同時に、うなずいたのは、アベルが責任を感じすぎている点に関してもだ。


(やはり、マリーベルさんがいらっしゃらないのが大きそうですわね)


 アベルと二人きり――コフィンローゼスも館に残している――の帰り道にもかかわらず、クラリッサは冷静に状況を分析していた。


 だが、マリーベルの不在を嘆いても、指摘しても意味はない。


「それで、お二人とも大丈夫なんですの?」


 だから、クラリッサは話の矛先をそちらに向けることはしなかった。仕込みはできているが、もっとさりげなく話しを向ける必要がある。


「大丈夫というか、大丈夫だから俺が出てきたというか。そんな感じだな」


 血を吸ってから、今度は数時間でエルミアもルシェルも目が覚めた。


 エルミアは、快調そのもの。ルシェルも、最近の対策メニュー――何への対策かは言うまでもない――のお陰で、一眠りしたら顔色も元に戻っていた。


 それでも、スーシャとクルィクを残している辺り、心配が見て取れる。

 アベル本人に問い質せば、荷物持ちをするのに棺は邪魔だと言うだろうが、コフィンローゼスに乗せることも仕舞うこともできるのだから、動機は明らかだ。


 これも、マリーベルがいないという事実の重みだろう。


 そして、買い物という理由はあるが、こんな状況にもかかわらず、迎えに来てくれた。

 クラリッサは、素直に嬉しかった。

 こんなときだから、以前のように腕にしがみつきはしない。だが、不謹慎とは思いつつも、自然と足が弾んでしまう。


 若干明るいトーンで、クラリッサが上目遣いでアベルへ言う。


「そういえば、アベル。調整できましたわよ」

「調整……って」


 なにかに気付いたように、アベルが顔色を変える。


「いや、そうか……。逃げ続けられるものでもないしな」


 大きく息を吐き、覚悟を決めて、アベルは尋ねた。


「いつ、領主様に会いに行けばいいんだ?」

「違いますわよ」

「違うのかよ!」


 びっくりしたような、安心したようなアベルに、クラリッサはくすくすと笑った。

 どうやら、領主――父と話をするのは、よっぽどのことらしい。


 クラリッサにとっては、娘に甘い中年男性に過ぎないというのに。


 そのギャップが面白かった。


 ギルドで受付嬢をやっているとはいえ、お嬢様育ちのクラリッサには、アベルが緊張する理由に思い至らなかった。


「じゃあ、調整ってなんのことだ?」

「下水道のダイアラット駆除ですわよ」


 今度こそ本当に驚き一色で、アベルが立ち止まった。


「潜るんですわよね?」

「あ、ああ……」

「だから、明日は誰も駆除の依頼クエストは受けられないよう調整しましたわ」

「そういう意味の調整か」


 アベルが、ようやく理解できたと再び歩き始める。


「確かに、他の冒険者がいたら面倒なことになってたよな」

「秘密が多いパーディですわよね」


 その内側に、自分もいる。

 それが嬉しいと、クラリッサはアベルの横に並んだ。


「そうだよな。ただ潜ればいいってわけじゃないんだよな。助かったぜ」

「当然のことですわ」


 と言いつつも、得意げな顔のクラリッサ。突然立ち止まって、アベルを上目遣いで見つめる。

 アベルは、そんなクラリッサへ手を伸ばし――


「なんッッ!?」


 ――その手が、クロスボウのボルトで貫かれた。


 血制ディシプリンを使用しなかったということは、アベルにとっても完全な不意打ちだったはず。

 クラリッサも、まさか街中で襲われるとは思ってもいなかった。


「つぅ……」


 誰が、どうして、どこから。ある意味真っ当なクラリッサの思考は、苦しみ悶えるアベルの姿を目の当たりにし、完全に真っ白になった。


 少ないとはいえ、通行人からあがった悲鳴も、クラリッサの耳まで届かない。


「アベル! 大丈夫ですの!?」

「クラリッサ、俺の後ろへ」


 聞こえるのは、アベルの声だけ。

 クラリッサは気丈にうなずくと、アベルの陰に隠れた。ここで足手まといになっては、意味がない。


「というか、スーシャ抜きでもコフィンローゼスを持ち歩くべきだった。ショートソードと、ベルトポーチのまきびしぐらいしか武器がねえ……」


 建物を背にし、その間にクラリッサを挟むような形でかばいながら、アベルは悔恨に満ちた声を絞り出す。


 それは、クラリッサも同じだ。


 スピアとは言わないが、なにか武器があれば、ただかばわれるだけではなかったはず。


 いや、後悔は後回しだ。


「アベル、ボルトは……」

「抜いて、再生が始まったら言い訳が面倒だ」


 少ないし、逃げ出してはいるが人目がないとは言えない。


 そのため、ボルトが刺さっていない左手で、ショートソードを構えるアベル。クラリッサから顔は見えないが、苦痛に歪んでいるはず。


 クラリッサの胸に、犯人への憤りが炎のように燃え上がる。

 それは螺旋となって、さらにぐつぐつと煮えたぎっていく……が、その行き場を失ってしまった。


「来ねえな……」

「ですわね……」


 待てど暮らせど、二射目、三射目はやってこない。

 この分だと、衛兵たちが駆けつけるのが先だ。


「ちっ」


 アベルはボルトを引き抜くと、投げ捨て……ようとして、懐にしまいこんだ。調べれば、貴重な手がかりになるはず。


「悪い。買い物はキャンセルだ」

「あ、アベル?」


 買い物の件で驚いたわけではない。

 驚いたのは、突然、アベルに抱き上げられたから。


「館には戻らないで、前の宿へ行くぜ」

「わ、分かりましたわ」


 アベルとクラリッサに関し、水面下でまた新しい噂が流れることになるのだが。


 今の二人は――別々の理由で――それどころでは、なかった。

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