ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二十二話 ロートル冒険者、探索する(前)

公開日時: 2020年9月14日(月) 00:00
文字数:3,038

「これがスーシャって人……吸血鬼ヴァンパイアか」

「うむ。懐かしいのう……」


 ハルバードの残骸を放置してマリーベルの隣に移動したアベルが、壁にかけられた肖像画を見上げた。


 優しげに微笑み、子犬を抱いている少女。

 淡い水色の髪は目元まで伸び、同じく色素の薄い瞳を覆い隠している。十代半ばほどだろうが、実際の年齢は分からない。


 顔が半ば隠れているような状態だが、気品は隠しきれない。

 花がほころぶような笑顔を浮かべる儚げな彼女は、まさに、お姫様そのものだった。


 マリーベルの親友で、クルィクの本当の飼い主で、このスヴァルトホルムの館の女主人スーシャ・スヴァルトホルム。


「確かに、さっきのゴーストとは似ても似つかねえな」

「だから、別人だと言うたであろう」


 それは喜ばしいことだが、そうなるとまた別の疑問が湧いてくる。


「別人だとすると、あのゴーストの来歴が気になるところだが……」

「あの様子では、ご本人が解説してくれるとは思えませんね」

「もし野良ゴーストだとすると、どこかの部屋に過去のヒントが……なんていう望みも薄いですわね」


 肖像画の前に全員が集まり、自然と、先ほどのゴーストが話題の中心となる。

 撃退はしたが、倒すには至っていない。館の探索中に、再び遭遇するだろうことは明らかなのだから、当然だった。


「スヴァルトホルムの血族の誰かという可能性は考えられるが、恐らくは、館を守護するガーディアンなのではないかの」

「ガーディアン? あれが?」


 確かに、侵入者を排除する行動を取ってはいる。

 けれど所詮それは結果論で、悪霊が暴れ回っているようにしか思えなかった。


 そんな存在を、ガーディアンとして配置する。


「ゆえに、悪徳のスヴァルトホルムというわけか……」


 エルミアのつぶやきに、アベルは肩をすくめた。肖像画のスーシャからは連想できないやり口。

 マリーベルの言う通り、まともな感性の持ち主だったら、随分と肩身の狭い思いをしていたことだろう。


 血族が滅んで良かったなどとは、口が裂けても言えないが。


「まあ、ゴーストの来歴など知らずとも問題はあるまい?」


 マリーベルがスーシャの肖像画から視線を外し、振り返りながら言う。


「昇天させるのではなく、消滅させるしか手がないんじゃからの」

「言い方って、重要だと思うぞ、俺は」


 少なくとも、堂々と胸を張って言うことではない。


「ですけど、マリーベルさんの言うことも確かですよ、義兄さん」

「これだから現実ってのは、嫌なんだ」


 妹に対して唐突に人間のクズめいたことを言い出したアベルを、エルミアは優しく見つめる。そこに非難の気配は微塵もなく、包容力に満ちていた。


「嫌なら嫌で構わない。ならば、私がアベルの目になろう」

「甘いですね、姉さん。それでも、現実というのは見えてしまうもの。ならば私は、木の葉を編んで義兄さんを優しく包み込んであげましょう」

「エルフのレトリックと見せかけて、単に監禁しているだけではありませんの。というか、違う話になりかけてはいません?」


 ゴーストの話から、なぜ、自分のことになったのか。アベルは訝しんだ。


「とりあえず、ゴーストが出たらルシェルに《魔器マジックウェポン》の呪文を使ってもらうか……」

赫の大太刀ハート・オブ・ブレードを使うかじゃな。もうひとつ、ゴーストを消滅させる方法がないでもないが、普通は無理じゃし」

「それがなんだか知らないけど、心臓剣も普通は無理だぜ?」

赫の大太刀ハート・オブ・ブレード、じゃ。二度と間違えるでないぞ!」


 デュドネの血族のみが振るうことができるという、赫の大太刀ハート・オブ・ブレード

 シャークラーケンを倒したことで実証された、その破壊力は絶大。


 実際、心臓を取り出しても、握りつぶしても、剣として振るっても、その剣が破壊されても、アベルは死なない。痛みもない。


 ただ、ひたすらに巨大な違和感があるだけ。


 アベルの感情さえ無視してしまえば。そして、他者から血――命血アルケーを補充することを厭わなければ、破格の破壊力が手に入るのだ。


「……吸血鬼ヴァンパイアの館だし、なんかいい武器が落ちてることを期待しよう」


 その欲望まみれの一言で、空気が探索モードへと切り替わる。


 アベルは、改めて周囲を見回した。


 玄関ホールは、横30メートル、奥行きも20メートル以上ある広々とした空間だった。天井も高く、あの立ち回りができたのも当然と言えた。

 玄関とはなにかと、アベルは哲学的な疑問に囚われそうになる。


「ダンスホールがない場合は、玄関ホールで代用するからの」

「なんなの? 吸血鬼ヴァンパイアはダンスパーティできなかったら死ぬ生き物なのかよ?」


 肖像画は、スーシャとクルィクの一枚だけ。

 他に、壁にはいくつもの――アベルの目で見ても高そうな――ランプがかかり、今は明るく周囲を照らし出している。

 そのランプは壁を美しく飾っているタイルも輝かせており、質実剛健な外観とのギャップをも演出していた。


「でも、こういう装飾はなぁ。はがして売れないから、あんまり嬉しくないんだよなぁ」

「アベル、売っては駄目ですわ。自分で住むことになりますのよ」

「はっ。つい、癖で……」

「義兄さん、気持ちは、よくわかります。わかります……」


 この玄関ホールからは、いくつかの通路につながっていた。

 まず、玄関ホール脇の通路は手前側にあり、左右に二本。それとは別に、ホールの奥には楕円形を描くように二階へ続く階段がある。その階段の間には、両開きの扉も見えた。


「冒険者の宿痾は、ともかく」


 エルミアは話に乗らず、アベルに方針を確認する。


「先ほどのゴーストが逃げ出したのは、右側だったはずだが……」

「ああ、そっちから行こう。あえて逆を張る理由もないだろ」


 玄関ホールを入念に調べるという選択肢もあるが、時間がかかりすぎる。

 あえて別のルートを選ぶこともできるが、安全性にも確実性にも疑問符がつく。


 今は、奇をてらう場面ではない。


 腰から吊るしたショートソードを軽くたたき、アベルは先頭に立って右側の通路へと移動した。


「そうそう。先ほどは、全員、なかなか良い動きであった。心の考課表に、しかと刻んでおいたぞ」


 この『スヴァルトホルムの館』を訪れた、もうひとつの目的。

 誰が、マリーベルの子となって、アベルの血の花嫁ブラッドブライドの座を射止めるか。


「私の見立てでは、今のところ互角だとは思うのですが……気になってしまいますね」

「自然体だ、ルシェル。あるべき未来を見定めていれば、一喜一憂する必要はない」

「エルミアさん、微妙に足取りが弾んでいますわよ?」

「そういうクラリッサさんも、手応えを感じているような顔をしてますけど?」


 アベル以外のやる気が、辞退したはずのクラリッサも含めて、露骨に上がったように思えた。なるならないは別にして、負けたくないと思ってしまうのだろうか。


「ふむふむ。意気軒昂で、結構なことよ」


 無関心を装うアベルの肩に乗り、マリーベルが念話で語りかけてくる。


『アベル、とりあえず汝にだけは伝えておくがな』

『なんだよ、突然』

『今の、余が選んでいずれかを吸血鬼ヴァンパイアにするという話じゃがな、ご破算になるやもしれぬ』

『は?』


 一瞬で、話が思いっきり変わった。


 実際に悲鳴を上げそうになったところで、ちょうど曲がり角に出た。


 アベルは、必死に平静を装った。エルミアにも、ルシェルにも、気取られるわけにはいかない。いや、ひょっとすると、クラリッサにも。


 幸いにも、それは簡単なことだった。


 もしアベルの様子がおかしかったとしても、この先の光景に起因するものだと判断されただろうから。


 曲がり角の先は、闇に包まれていた。

 この『スヴァルトホルムの館』に足を踏み入れたときと同じように。

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