ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二十七話 ロートル冒険者、分断される

公開日時: 2020年9月15日(火) 06:00
文字数:2,677

 棺の在処は祭壇に、棺自体は供物に見えた。


「あの中に、スーシャがいる……ってことでいいのか?」

「恐らくは……の……」


 マリーベルが、自信なさげにというよりは、希望混じりにうなずいた。親友同士でも、棺までは知らないらしい。


「じゃあ、ちょっと確かめてくるか」


 向こうからの反応がない以上、こっちから行くしかない。


「……アベル、気をつけてな」

「義兄さん、なにかあったらすぐ駆けつけますから」

「任せましたわ、アベル」

「ああ。吸血鬼ヴァンパイアは、棺にも罠をしかけたりするらしいからな」


 ゴーストのときみたいな油断はしない。

 滅多に見せない真剣な表情を見せたアベルが、七つ道具セブンタブを片手に、棺へと近づいていく。


 エルミアたちは、それを黙って見送るしかない。

 下手に近づいてもリスクがあるだけなのは分かっているため、棺とはしっかり距離を取っていた。


 ただ、全員が、なにかあれば即座に動ける態勢を整えている。


「さあて、鬼が出るか蛇が出るか」


 いや、出るなら鬼のほうかと、アベルは笑った。

 それで多少余裕が出たのか、首と肩を軽く回し、棺に取りついた。


 単純な長方形ではなく、六角形を引き延ばした形状の黒い棺。

 アベルには素材までは分からなかったが、見るからに重厚で、見る者を圧倒する。肖像画で見たスーシャの印象とは正反対だ。


 側面には薔薇と茨が意匠化された装飾が彫り込まれ、蓋にはスヴァルトホルムの紋章だろうか。鷲の紋章が描かれていた。


 アベルの第一印象は、高そう。


 知性は感じられないが、端的で分かりやすくはあった。


「なにがあるか分からぬゆえ、慎重にな」

「ああ……。それよりマリーベルは離れてなくていいのか?」

「気にするでないわ」


 宙に浮かぶマリーベルから、そう言われては仕方がない。

 アベルは、いきなり棺を開ける……ことはせず、周囲から確認。


 まず、棺が置かれている台座自体に罠はないようだ。棺をどかしたら、その重量のギャップでトラップが発動……という仕掛けを警戒したが、杞憂だった。


 次に、意を決して、棺に触れる。


「…………」


 しばらく待っても、異変は起こらない。表面に毒が塗られているということもなさそうだ。

 試しに、ショートソードで表面を削ってみたが、傷もつかない。


 ならばと、血制ディシプリンは使用しないものの、全力で突き立てたところ――


「あぶねっ」


 ――逆に、ショートソードの刃が欠けてしまった。

 ショートソードと棺を交互に見やり、アベルはしみじみと言う。


「ほんとに木製なのか、これ?」

吸血鬼ヴァンパイアの棺を甘く見るでないわ」


 得意そうなマリーベルはスルーし、ショートソードをしまったアベルが首をひねる。


「これは、本当に眠ってるだけか?」

「スーシャ自身はともかく、スヴァルトホルムは信用ならんぞ」

「……だな」


 それは、地下への階段を見ればよく分かる。

 アベルはさらに慎重に、表面の装飾を調べていく。


「スライドする扉? 口みたいなのがあるな?」


 先端の部分に、簡単な仕掛けがあった。

 装飾によって巧妙に隠されているが、ロックピックで触れると、上下に開口するシャッターのような物が分かる。


「なにが飛び出てくるか分かんないか、塞いでおこう」

「……任す」


 マリーベルの了承を得て、アベルはバックパックから粘土を取り出してシャッター全体を塞いでしまった。

 本来は、鍵穴などから毒矢が飛び出すのを防ぐためのものだが、気休めにはなるだろう。


「ふう……。じゃあ、本命にいくか」


 マリーベルだけでなく、下からエルミアたちの視線も感じながら、アベルは両手を伸ばし首を回す。

 体ではなく、精神のこわばりをほぐすためだ。


 棺の蓋は、当然と言うべきか、そのままでは開かない。


 しかし、表面の装飾を調べていたときに見当を付けている。


 アベルは、側面にあった装飾の薔薇のひとつをつまみ、そっとスライドさせた。それを何度か繰り返す……が、なにも起こらない。


「順番の問題か?」


 一旦すべて元に戻し、根気よく、パターンを変えて薔薇をスライドさせ……。


 かちり。


 何度目かの試行で、蓋に描かれていた鷲の紋章に頭が増え、双頭の鷲となった。


「開くぞ」


 それをきっかけに、マリーベルが言う通り、棺の蓋が自動的に開いていった。

 アベルは少しだけ距離を取り、中身を注視する。


 ビロード張りの、高級と言うよりは、高貴と表現したくなる棺の内側。


 ――しかし。


「空っぽ?」


 アベルがつぶやいた瞬間、誰も入っていない棺の中で白い光が生まれた。

 光の束は低い音を立てながら、線を描く様に横に振れる。


 その光線は、アベルをなぞり。


「うぉっ」


 文字通り光の速さで、腰から真っ二つに両断された。


「アベル!?」

「大丈夫だ!」


 どこをどう見ても大丈夫ではないのだが、こちらへ駆け寄ろうとする気配を感じ、アベルは大声を上げて押しとどめた。

 咄嗟に、手にしていた物を空中でキャッチするかのような勢いで、生き別れた体を押さえながら。


「《キュア》、《キュア》、《キュア》」


 でたらめに属性石から癒やしの力を発動させて、なんとか傷口を塞ぐ。棺からの攻撃は単発だったようで、続きはない。

 アベルは棺の蓋を閉め、そのまま向こう側に回り込んだ。


「あー。死ぬかと思った」

「対吸血鬼ヴァンパイア用トラップでなくて、命拾いしたの」


 本当に一瞬だったので、痛みもほとんど感じなかった。

 ただ、動こうとすると内臓がかき回されているような感覚があって、しばらく動けそうにない。


 無事と見て取り、マリーベルがアベルの肩に飛び乗った。

 これは、エルミアたちへのアピールも含んでいたのだろう。ことさら軽い調子でマリーベルが続ける。


「上と下から、それぞれから体が生えてアベルが増えたら、面倒がなくなるのにのう」

吸血鬼ヴァンパイアが、ものすごくあれな生物になるぞ、それ」


 種族全体を人質にとって、アベルはマリーベルの願望を封じた。


 しかし、棺は空。ダミーだった。

 これで、振り出しに戻ってしまった。


「この空間に、他になんか手がかりがあればいいんだけどよ……」

「アベル、どうする? 血が必要なら――」


 エルミアからの問いかけは、途中で中断させられた。


 ガンガンガン。


 アベルたちが降りてきた天井の鉄格子。

 それになにかが衝突する音がした。


 全員の注目が集まったタイミングで、ひしゃげた鉄格子が落下する。


 続けて、なにかが棺が安置されているこの空間に流れ落ち、堆積していった。まるで、巨大な砂時計のように。


 だが、流れ落ちているそれは、砂などではなかった。


「これは……骨か?」

「いえ、姉さん。それだけではありませんよ」

「他のオブジェも一緒に、落ちてきてますわ」


 骨と死体。

 地下への階段それ自体と、芸術品として飾られていた奇ッ怪なオブジェが一緒に流れ落ちていた。

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