ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第二話 ロートル冒険者と受付嬢、帰宅する

公開日時: 2020年9月16日(水) 12:00
文字数:3,042

「アベル、お待ちなさい」

「ん?」


 革紐で縛った黒い棺――コフィンローゼスを引きずって冒険者ギルドから出たところで、クラリッサに呼び止められた。


「一緒に帰りますわよ」

「お、おう」


 勢いで、腕を絡められた。

 ふにょんとした、エルミアやルシェルにはない――つまり、味わったことのない――感触に、アベルが固まる。


 そのリアクションで、クラリッサも自分のやらかしたことに気付いたが、なかったことにはできない。


「行きますわよ!」


 流れに任せてアベルを引っ張り、ファルヴァニアの街を進む二人。棺がなければ、仲睦まじいカップルに見えたかもしれない。


「ええと、そうだ。クラリッサは、もう仕事いいのか?」

「もう、今日は終わりですわ」


 それならいいんだが……と、小さく答えたアベルが空を見上げる。

 冒険者ギルドの訓練場で、模擬戦を終えた帰り道。


 カッツに勝った後、酒場に誘われたのだが、断っている。


 昼夜逆転しているので、今の時間だと昼から飲むようなものだから……というわけではない。昼から酒、最高ではないか。

 また、コフィンローゼスについて根掘り葉掘り聞かれるのを嫌ったというわけでもない。


「じゃあ、館で一緒に飯か」

「ええ。エルミアさんが待っていますわ」


 理由は簡単で単純。

 館で、エルミアが食事を作って待っているからだ。


 すっかり、所帯持ちの気分だ。なにかがおかしい。

 しかし、正面切ってそれ指摘できずにいた。


「…………」

「…………」


 それっきり、会話が途切れる。

 相変わらず、ダークエルフ特有のふくらみは、アベルに押しつけられたまま。


 刺激に慣れてはきたが、魅力は決してなくならない。


 しかし、このままでいいのだろうかとクラリッサを見ると、ばっちり目が合った。いつもはツリ目がちな瞳が大きく丸く見開かれている。


 しかし、それはすぐにそらされてしまう。


 クラリッサも、離れるタイミングを失っていたようだ。褐色の肌のダークエルフでも分かるぐらい、頬が赤くなっている。


 こんな状況でも、コフィンローゼスのスーシャは沈黙を保っていた。ペットとしての分をわきまえていると言わんばかりだ。

 もしかすると引きずられる震動を満喫しているだけかもしれないが、アベルは深く考えるのをやめた。


 理解できるとは思えない。


 夜ということもあり、人通りも少ない。ゆえに、すれ違う通行人のぎょっとしたリアクションに遭遇せずに済むのだから。


 それよりもなにか、話題。話題はないか。

 普段あまり使用しない頭をフル回転させて、ひとつ思いついた。


「あっ、そういえば」


 せっかくの機会だからと、少し前から気になっていたことを口にする。


「俺と付き合って――」

「つつっつ、付き合うんですの? やはり、まずそこからですの?」

「いや、違うからな。というか、そこに食いつかれても困るんだが……」


 どういう言い回しをしたら、誤解を招かずに済むだろうか。夜の街を彩る玻璃鉄クリスタルアイアンの街灯を眺めながら、アベルは考える。

 アドバイスをしてくれるマリーベルは、側にいない。いたとしても、どう表現しても相手に聞く気がなければ無駄じゃと、さじを投げたかも知れないが……。


 とにかく、今はアベルが一人でどうにかしなくてはならない。


「単に、あれだ。最近、生活が昼夜逆転してるだろ? 大丈夫なのかと思ってな」

「あら? アベルは知りませんの?」


 クラリッサがアベルから手を離し――二人とも、ほっとしていた――見上げながら言った。


「そりゃ、世の中知らないことだらけだけどよ」


 吸血鬼ヴァンパイアの自分に合わせるのは、大変ではないか。

 その問いに対する回答は意外なものだった。


「エルフは寝なくても大丈夫なんですのよ?」

「は? いや、そんなことはないだろ」


 エルミアとの結婚生活を思い浮かべ、アベルが即座に反論した。いや、結婚生活を持ち出すまでもなく、冒険者時代からそうだ。

 言われてみると睡眠時間は短かったような気もするが、しっかり睡眠を取っていた……はず。


「もちろん睡眠も取れますし、人間の街で生活する分にはそうしているエルフがほとんどですわ」


 特に、冒険者は集団行動が基本。

 エルフが睡眠不要でも、パーティに人間やドワーフがいたら、それに合わせなくてはならない。


「ですが、エルフだけなら別の話ですわ」

「クラリッサも、ダークエルフって言っても、お嬢様育ちだろ?」

「ええ。ですから、実践しているのは最近ですわ」

「実践? 結局、なにをやってるんだ?」


 たたっと早足になってアベルの前に回り込み、少しだけ身を屈めながら人差し指を立ててクラリッサは口を開いた。


「瞑想ですわ、瞑想」

「瞑想?」

「そうですわね。静かに意識を集中させリラックスすることで、エルフは眠るのと同じ効果が得られますのよ」


 人間にも、ドワーフにも、草原の種族マグナーにもない、エルフだけの特性。


「だいたい、四時間も瞑想をすれば、倍の時間寝たのと同等といったところですわ」

「効率は良くても、正直、そっちのほうが大変そうだな……」


 意識を集中させてリラックスとか、矛盾しているのではないか?

 そもそも、アベルだったら、瞑想してる間に眠ってしまいそうだ。


「なので、昼夜逆転して生活リズムがずれるという心配は必要ありませんわ」

「それ……」


 アベルは、夜行性のゴブリンみたいだなと言いかけて、さすがに自重する。

 代わりに口にしたのは、別のこと。


「エルミアとルシェルも同じってことか」

「二人ともエルフで良かったですわね」

「ああ」

「そうでなかったら、今以上に吸血鬼ヴァンパイアになりたい圧がかかっていたはずですわ」

「そっちかよ!」


 スーシャの登場によって、うやむやになった血の花嫁ブラッド・ブライド争奪レース。

 最初に提示された『スヴァルトホルムの館』での冒険も終わり、結果発表となるべきところだったが……。


 最も積極的なエルミアですら、どうなったのかと言い出せずにいた。


 なにしろ、マリーベルが大変なことになっているのだ。


 とても、血の花嫁ブラッド・ブライドどころではない。


 必要なことだとはいえ、疲弊するマリーベルの顔を思い浮かべ、ついコフィンローゼスを引く手に力が入り――石畳の隙間に引っかかって跳ねた。


『あふんっ』

『あ、悪い。つい……』

『さすがご主人様 気が緩んでたタイミングを狙って刺激を与えてくれる 最高 一生ついていきます 絶対離さない』

『ついていくのか離さないのか、どっちなんだよ』


 どっちにしろ、ろくなものではない。しかも、吸血鬼ヴァンパイアの一生は長すぎる。


 これなら、まだゴーストのほうがましだったのではないか。


 そんな疑惑を抱きつつ、アベルとクラリッサは『スヴァルトホルムの館』……ではなく、エルミアの家に到着した。


 ちらりと、その横の路地に視線をやるが、アベルはそちらではなくエルミアの家へと入ろうとする。


「どこを見てますの、アベル」


 ドアノブに手を掛けたところで、なぜか、クラリッサに怒られた。どうして頬をふくらませているのか、さっぱり分からない。


「はっ、もしかして血を……」

「いや、違う」


 最初は、『スヴァルトホルムの館』への入り口が路地裏の奥にあったから、そっちを見ただけ。

 クラリッサの血を吸ったのも路地裏だったが、関係ない。意識していない。


「大丈夫だから。血なら足りてるから」

「」

「ふ~ん。それなら構わないですわよ?」


 必死に説明をしたのに、それはそれで不満らしい。

 女心は、吸血鬼ヴァンパイアになっても謎だ。


『ご主人様 その点スーシャは分かりやすいって思った?』

『分かりやすければいいってもんじゃないことは、分かった』


 スーシャを適当にあしらいながら、アベルは暗く誰もいない家へと帰宅した。


 今や、エルミアの物ではなくなった家に。

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