ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第二十話 ロートル冒険者、許可を得る

公開日時: 2020年9月13日(日) 12:00
文字数:2,455

「そうか。クルィクも、小さな頃はこの館の住人だったんだな」

「ゥワンッ! ゥワンッ!」

「なるほど、なるほど。お前のご主人様も、館にいるはずなんだと」

「ゥワンッ! ゥワンッ!」

「いい情報だ。でも、内部の構造までは分からないよな?」

「キュウウン……」

「いいんだ。吸血鬼ヴァンパイアの家の構造なんか分かるわけないよな」


 館周辺の偵察をエルミアたちに任せていたアベルが、クルィクは悪くないと慰めるように言った。

 ついでにあごの下を撫でてやると、クルィクが気持ち良さそうに目を細める、


「ここまで運んでくれただけで充分だよ。助かったぜ。ありがとな、クルィク。お陰で館の中には入れるぜ」

「ハッハッハゥッ」


 甘えるようにすりつけてきた――人間で言えば――横顔を、アベルが力一杯撫でてやった。

 それが気持ちよかったのか、感謝の気持ちが嬉しかったのか。あるいは、その両方か。きちんと伏せをしながら、クルィクは興奮気味に声をあげる。


 無邪気なその仕草は、マリーベルが言っていた通り、子犬そのものだった。


「それが、なんでこんなにでっかくなったんだろうなぁ」

「アベル、いつまでそうしておる」


 エルミアたちと先に館を確認しに行っていたマリーベルが、ドレスの裾をひるがえして飛んできた。

 手触りも良く、どういうわけかいい匂いもするため、ずっとクルィクを撫で続けていたようだ。名残惜しいが、こればかりは仕方がない。


「聞き取りが終わったのなら、こっちへ来ぬか」

「ああ、分かった。クルィク、お前のご主人様を探してくるから、そこで大人しくしててくれよ」


 最後にぽんぽんと叩いて、アベルは館へと向かう。本当に名残惜しいが、クルィクも聞き分けてくれるはず。


「くぅぅぅん」


 そう思っていたアベルの背中に響く、哀しげな声。


「……嫌だ、クルィクを置いていけるか」

「ええいっ。クルィクは留守番じゃ」


 マリーベルがアベルの背中を蹴って、『スヴァルトホルムの館』の前へと押し出した。


「まったく、手がかかる」

「足だったじゃねーか」


 地面に置いていたハルバードを拾ったせいでたたらを踏みながら、改めて正面から館を目にするアベル。


 二階建ての白亜の館。

 継ぎ目が一切存在ない石造りの邸宅は左右対称で、どっしりとした印象を受ける。正面の入り口は低い階段を上った先にあり、3人まとめて通れそうなほど大きい。

 吸血鬼ヴァンパイアの居館らしく、窓はすべて頑丈な鎧戸で覆われていた。


 見るからに立派で、実は行政施設だと言われても信じてしまうだろう。


「しかし、スヴァルトホルムのわりに大した規模ではないの」

「いやいや、立派なお屋敷だろ。これ以上、なにを求めるんだよ」

「そうか? この程度の大きさでは、ダンスホールもないはずじゃが?」

「基準が高すぎる」


 当主が住む館としては小規模と言いたいようだが、庶民にはまったく理解できなかった。生まれの違いはどうしようもないと、アベルは話を変える。


「窓が全部閉まってるけど、むしろ、窓があることに驚いたほうがいいのか?」

「まあ、余らが浴びても問題ない光なんじゃから、そこまでせんで良かろうよ」

「だよな。窓がなかったら、そもそも、なんで太陽を作ったんだよって話になるよな」

「それはいいのだが、アベル、マリーベル殿」


 周囲を見回ってきたエルミアが、二人の前に姿を現した。

 いつも通り、清楚で凛としたエルミア。その立ち姿に、アベルは昔を思い出す。冒険者として、夢も希望も抱いていた時代を。


「……どうかしたか?」

「いや、なんでもない。それよりも、なんか仕掛けはなかったか?」


 アベルの様子が気になったようだが、エルミアは、それ以上追及はしなかった。代わりに、ルシェルやクラリッサとともに周囲を見回った結果を告げる。


「特に怪しい場所はなかった。隠し通路の出口がないか、慎重に調べてみたのだがな」

「見つからないものは仕方ねえさ。ありがとう」

「はいはい、義兄さん! 私とクラリッサさんも頑張りましたよ!」

「成果が出ていないのに、あまり強調するのは格好悪い気がしますわ」


 だが、褒めてくれる分には構わない。


 そんな声が聞こえた気がして、アベルは微笑ましい気分になった。

 結果が出たら褒めるのは、当たり前。だが、行動なくして結果はない。結果を出したかったら、まず行動した時点で褒めるのが肝心。


「ルシェルとクラリッサも、ありがとうな」


 そこまで理論立てて考えているわけではないが、訓練生トレイニーの教育と同じ感覚で、遅れて駆け寄った二人にも声をかけた。


「こっちも、ここにスーシャだっけ? 吸血鬼ヴァンパイアの生き残りが館にいるらしいってことは、クルィクから確認できたぜ」

「無駄足に、ならずに済みそうだな」


 アベルの右隣にいたエルミアが、相槌を打ちながらさりげなく手を差し出した。

 それを見ようともせず、アベルは手にしていたハルバードをエルミアに預ける。


 あうんの呼吸。


 それとは別に、息を飲む気配が伝わってきた。具体的には、ルシェルとクラリッサから。


「くっ。やはり、姉さんは強敵ですね……」

「大丈夫ですわ。時間はたっぷりありますもの」


 完全に意識していなかったため逆に気恥ずかしくなって、アベルは一切反応せずに、『スヴァルトホルムの館』の正面入り口へと向かった。


 階段の前で立ち止まり、罠がないかチェック。

 意地が悪いと、階段を踏んだだけで仕掛けが作動することもあるのだが、今回は特にないようだ。住居なら当然だが、やや肩すかし。


 扉も同じ。お馴染みの、鍵穴から毒針が飛び出すような罠もない。ルシェルがチェック済みなので、魔法的な仕掛けも存在しないようだ。


「大丈夫だぞ」


 七つ道具セブン・タブを使って鍵を開けると、アベルは振り向いて、皆を呼び寄せた。

 真っ先にマリーベルが飛んできて肩に収まり、続けてエルミアからハルバードを受け取った。クラリッサとルシェルの顔色を確認してから、アベルは最後に最も新しい仲間に声をかける。


「クルィク! 入らせてもらうぜ!」

「ウワォンッッ!」


 嬉しそうなクルィクの咆哮が、『孤独の檻』を打ち破る。

 住民の許可を得て、アベルたちは、ついに『スヴァルトホルムの館』に足を踏み入れた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート