ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二十一話 ロートル冒険者vsシャークラーケン-地上の決戦-(後)

公開日時: 2020年9月7日(月) 12:00
文字数:5,374

「アベル! やっと見つけましたの。というか、この騒ぎは、一体なんですの?」

「クラリッサか」


 どうやら、宿から抜け出したアベルを探していたらしい。

 日の落ちたファルヴァニアの街を、ギルドの受付嬢。ダークエルフのクラリッサが、白い髪と胸を揺らして駆け寄ってくる。


「いや、それどころじゃねえ。危険だから、こっかから離れろ」

「え? わ、分かりました……わ」


 いつにないアベルの剣幕に、クラリッサは素直にうなずく。


 だが、言葉の途中で、段々と目を見開いていった。


 驚きと、恐怖に。


「アベル、上におったぞ!」

「これだから、飛べるヤツは!」


 振り返り、クラリッサと同じ方向を見ると、足先――サメの頭を上にして、シャークラーケンが上空に浮かんでいた。これでは、アベルも手を出せない。


「建物の屋根から跳躍すれば、届くのではないか?」

「バカッ! それで外したら、心臓がないまま終わりじゃねーか」

「――ここに来るべきではなかったな! 撃てぇっ!」


 マリーベルとアベルの言葉にかぶせられた号令に続いて、領主の城館から無数の弓音が聞こえてきた。

 正門付近から、あるいは尖塔から。数え切れない。空を覆うような矢が、シャークラーケンへと殺到する。


 統率の取れた、見事な攻撃だ。


「なんだ。結構、優秀じゃねえか」

「え? え?」


 突然始まった、兵士たちと魔獣の戦闘。

 そして、アベルの肩にいる小さなマリーベル。


 クラリッサは、どちらに反応すべきか、判断がつかなかった。


 そして、その余裕もなかった。


「……まずいの」


 シャークラーケンが、一斉に放たれた矢をその肉体で弾く。

 それだけなら、アベルも予想できた。


 マリーベルが舌打ちをしたのは、その先が予想できたから。


 だが、予想できたのは結果だけだった。


 誰が、想像するだろう。


 上空で旋回したシャークラーケンが十本の足を目一杯広げ、そのまま回転。渦巻きからサメの頭を垣間見せながら、竜巻となって城館へと落下。


 巨大な独楽となったシャークラーケンが城館の正門を粉砕し、兵士たちが逃げ惑う。


「アベル、あれは一体なんですの!?」

「地下に封印されていたモンスター……らしい。が、飛んだり竜巻になったりする理屈は分からん」

「そんな……」


 その惨状にショックを受け、クラリッサがその場に崩れ落ちる。褐色の肌のため分かりにくいが、血の気を失い、唇も震えていた。


 そんなクラリッサに目を付けたわけではないだろうが、シャークラーケンが攻撃の矛先を変える。いや、戻す。


「アベル、今度は上から来るぞ! 避けるか、耐えるかせい!」

「《金剛フォーティテュード》」


 ここで逃げ出したら、シャークラーケンが次に誰を狙うか分からない。ゆえに、アベルは即座に耐えることを選んだ。


 全身が赤い靄のようなものに包まれ、クラリッサの、一部以外は細い体を抱きしめる。マリーベルは、その間に突っ込んでやった。


 そのタイミングで、シャークラーケンが突撃してきた。竜巻の様に広がってではなく、今度は足を揃えて一本の矢のようになって。


「ぐはっ」

「きゃああああっっ」


 背中を強かに打ちすえられたアベルが、苦悶の表情を浮かべる。ジャイアントが振るう棍棒を、まともに食らったかのよう。

 やっぱり、逃げれば良かった……と思っても、口に出す余裕もない。

 衝撃に息が詰まり、全身を痛みが駆け抜けてゆく。地面に体がめり込んでいかないのが不思議なくらい。


 ――《金剛フォーティテュード》を用いていても、なおこれだ。


 シャークラーケンは、十本の足を一纏めにして鈍器としてアベルを強打すると、弧を描いて再び空中へと舞い戻った。


 続けて、シャークラーケンが再び急降下。


 避ける間もなく、一纏めになったサメの頭がアベルの背中を打ち据えた。


「ぐうぅっ」


 衝撃で体が逆くの字に曲がる。皮膚が筋肉が骨が内臓が深刻なダメージを負い、勝手に治っていく。吸血鬼ヴァンパイアの再生能力を実感するのは初めてだったが、感心する暇などない。

 思わず舌を噛みそうになり、クラリッサの頭とぶつかりそうになる。


 ランド・ドレイクの攻撃を通さなかった、《金剛フォーティテュード》の守り。それを貫く、急降下攻撃。

 まともに食らっていたら、その時点で肉体が四散していたかもしれない。


「アベル、わたくしを置いて――」

「そいつはできねえな」

「アベル……」

「こういときは、庇われるほうが痛いもんだからな」


 楽な立場は、絶対に譲ってやらねぇ。


 アベルは、にやりと笑った。それと同時に、またしてもシャークラーケンの急降下打撃をまともに食らい、笑顔が歪む。


「かはっ」


 内臓が傷ついたのか――傷つかないほうがおかしい――アベルの口から、赤黒い血が吐き出される。


 続けて、くらりと、足下が揺らいだ。


 ダメージのせいだけではない。


 血制ディシプリンの使いすぎで、命血アルケーが足りなくなっていた。


「アベル……」

「黙ってろ」


 ダークエルフの白い髪から覗く、うなじから鎖骨のライン。

 それに引き寄せられそうになるのを必死でこらえていると、不意に浮遊感を憶えた。


「お? おう?」


 突進しても効果が薄いと判断したシャークラーケンが、サメの頭部を本来の用途――噛みつくことに使用した。

 アベルの手足と胴体に噛みつき、しかし、噛み切れないと悟ると、そのまま浮上したのだ。


「アベル!? アベル!」


 クラリッサの声が、下から聞こえる。


吸血鬼ヴァンパイアって、墜落死するんだろうか?」


 うっかり見落としていた疑問に気付くと同時に、シャークラーケンの上昇が止まった。領主の館が下に見える。クラリッサも、人間の視力だったら豆粒程度だろう。


 ここが限界点らしい。


 栄枯盛衰。熟したら、落下するしかない。


 それは、文明も、果実も、そして、シャークラーケンも同じだった。


「うっ。ああああああっっっっっ!」


 シャークラーケンに噛みつかれたまま、身も世もない悲鳴を上げて落下していくアベル。浮遊感に血の気が引き、下腹部がヒュンッとなる。

 だが、今のところ、翼持たぬ身であるアベルにはなにもできない。

 できるのは、命血アルケーを使い果たすまで《金剛フォーティテュード》を維持することだけ。


 ――このままならば。


「燃えさかれ、焼き尽くせ。其は破壊の象徴なり――《火焔光線フレイミング・レイ》」

「風よ、疾く我が矢を運べ――《双爪レッド・タロンズ》」


 アベルが地面に叩き付けられる寸前、地上から放たれた理術呪文と矢がシャークラーケンの足に突き刺さった。


「キュオオオオオオウウウウッッッ」


 火と風の属性石によって強化された一撃が、シャークラーケンへ痛撃を与える。

 兵士たちでの攻撃では微動だにもしなかったシャークラーケンが空中でバランスを崩し、地面へと落下していく。


 これこそが、冒険者の力。


「義兄さんを傷つけるだなんて、許せませんね……」

「アベルになにをする!」


 いや、もしかすると、乙女の情念が封印魔獣の装甲を粉砕したのかもしれない。


 とにかく、不意打ちは効果を発揮し、アベルは解放された。


 空中へ。


「あいっててててて……」


 墜落して受けたダメージは、《金剛フォーティテュード》のお陰で、そこまでではなかった。だが、その前から累積していた損傷がアベルを苛む。


「くうぅ……、きゅ……《キュア》」


 痛みに耐えきれず、属性石の指輪を通して与えられた加護を使用する。吸血鬼ヴァンパイアとなった今でも、神の慈愛は変わらない。


 暖かな光に包まれ、痛みが和らいでいく。


 傷は治った。

 だが、足りない。


 足りない。

 足りない。

 足りない。


 血が。

 命が足りない。


「アベル、無事か!?」

「義兄さん! 動けますか?」

「アベル、大丈夫ですの!?」


 地面に落下したアベルへと駆け寄ろうとする三人。

 その足が、不意に、止まった。


「そこの女子おなごら!」

「な、なんだ? 突然、アベルの陰から――」

「女の子の人形? ですか……?」

「一体、何者ですの?」

「そんなことはどうでも良い!」


 珍しく余裕がない様子で、マリーベルが叫ぶ。


「血の親として、マリーベル・デュドネが命ずる。吸血鬼ヴァンパイアアベルに血を捧げよ!」


 エルミアとルシェルは顔を見合わせ、同時にうなずいた。クラリッサも、瞳に決意をたたえて駆け出す。

 戸惑うことなく、一斉にスタートした三人の美女たち。

 美しさは甲乙付けがたいものの、基礎体力の違いはいかんともし難い。結果、エルミアが真っ先にアベルの元へとたどり着いた。


「アベル……」

「エル……」


 苦楽をともにし、一時は運命もともにしようと誓った二人。

 今は道を違えた二人だったが、目を合わせれば昔に戻ることができる。


「遠慮することなど、ないのだぞ。私たちの仲なのだからな」


 牙が疼いた。


 エルミアが、新雪のように白いうなじをさらけ出し、出遅れたクラリッサが悔しそうに顔を歪める。

 アベルは、なにも言わない。それどころではなかった。

 恐る恐る。けれど、確実に。疼く牙を近づけ――触れかけたその時、ルシェルが呪文を発動させた。


「えい――《理力の拳フォース・フィスト》」


 軽いかけ声とともに、ルシェルが開いた呪文書から2ページ飛び出し、宙空で純粋魔力の拳へと姿を変える。


「……はへ?」


 それがエルミアを押しやり、代わりにそのスペースへルシェルが入り込んだ。


「ルシェル!?」

「はい。姉さんはどいてください」


 アベルの牙は止まらず、エルミアではなくルシェルのうなじに突き立てられた。吸血鬼ヴァンパイアの本能だ。


「あぅ……ふぅんっっ……」


 鼻にかかった、色っぽい声音。

 それを気にする余裕もなく、アベルは溢れ流れ落ちるルシェルの血を必死に嚥下する。


 悪魔の囁きのように甘く。

 天使の炎のように熱く。

 ドワーフの蒸留酒のように暴力的なそれを。


 アベルの体内に血が、命が満ちた。


 ルシェルから牙を抜き、アベルは無意識に口を拭った。


「ルシェル、なにをするのだ!?」


 一方、憤懣やるかたないのはエルミアだ。

 森を思わせる緑の瞳に怒りをたたえ、実の妹へと詰め寄っていく。


「どうやら、義兄さんは吸血鬼ヴァンパイアになったようですから……」

「それくらい分かる。きっと、アベルは寿命のことを気にして――と、いや、そうではない」

「まだ分からないんですか、姉さん。吸血鬼ヴァンパイアには処女の生き血と相場が決まっています」

「くっ」


 妹の正論に、エルミアは悔しそうに唇を噛んだ。血が出るほど、強く。


「だが、私はアベルが初めてだったし、アベルしか知らないぞ!」

「それでも、非処女は非処女です」

「アベルにとっては、実質、処女だろう!?」

「アベル、あなたは……」

「人であらんとするため、我、怪物となる!!!」


 必要以上の大音声で唱えられた聖句。

 それとともに、アベルは心臓をえぐり出した。


 心臓をえぐり出すという行為に、拒否感はある。慣れたわけでもない。


 だが、この恥ずかしいやり取りをごまかせるのであれば、なんだってやれる。


 このままいたたまれない気持ちでいるぐらいなら、心臓をえぐり出したほうが、遥かにマシだ。


 胸が血がしたたり落ち、心臓が外気に触れる。

 アベルは右手を天に掲げ、そのまま握り潰した。


「義兄……さん……?」

「アベル!?」

「気でも狂いましたの!?」


 呆然とするルシェル。驚きに絶叫するエルミア。正直すぎる感想を述べるクラリッサ。

 親しい人たちの心配を余所に、アベルの手に、再び赤い刃が現れた。


 無言で振り返り、数メートル先に落下したままのシャークラーケンへと突撃。


「とりあえず、死ねっ!」


 飾り気もなにもない。

 ストレートすぎる言葉。


 殺された恨みとか、野放しにできないとか、そういう大義名分はどうでもいい。


 ただ、この公開処刑のようなシチュエーションから逃れるため……要するに、八つ当たりで赫の大太刀ハート・オブ・ブレードを振るった。


 爆散。


 アベルの心臓でできた赫の大太刀ハート・オブ・ブレードが砕け散り、一緒に、足先にサメの頭部を備えたクラーケンも、その肉体が粉々に四散する。

 アベルにも破片となった血肉が降りかかり、属性石の指輪を通して、今までにない量の命血アルケーが流れ込んできた。

 その莫大な量に、アベルは思わず口を押さえる。えずきそうになり、なんとかこらえた。


「……とにかく、今度こそ、終わりった」


 主神に封印された魔獣シャークラーケンの死。

 左胸に手を合わせ、心臓の鼓動を確認してから、アベルは大きく息を吐く。


 無性に、煙草を吸いたかった……が、さすがに、そんな余裕はない。


「アベル! 心臓は、心臓はどうなったんだ!?」

「おっと、俺は大丈夫だからな。心配する必要はないぞ」


 駆け寄ってくるエルミアたちを片手で制し、健在をアピール。なし崩しに、いろいろとバレてしまったが、このまま勢いでごまかしてしまおう。それしかない。


「面倒なことになる前に、俺は行くぜ」


 軽く。何事も無かったかのように。

 颯爽と、踵を返すアベル。


 さすらいの英雄ヒーローのように。


 それなのに。


 アベルの肩が、手が、襟が。一斉に、がっちりと掴まれた。


「あー……。ええ……と……?」


 怖々と振り向く。

 アベルの視界いっぱいに飛び込んでくる、笑顔・笑顔・笑顔。


「心配するな、アベル。私も一緒だ」

「ええ。この場はさっさと離れるべきですが、事情はしっかりと確認しておきたいですね」

「不利になるような証言は、わたくしが握りつぶしてあげますわ。そのためにも、しっかりお話ししなくてはなりませんわ、アベル」


 主神に封印された魔獣シャークラーケンの死。

 それは、単純なモンスター退治では終わらなかった。

 吸血鬼ヴァンパイアとなったことを知られてしまい、ある意味で、アベルの社会的な死をも意味していた。


「うむ。我が子がモテモテで、余も鼻高々じゃな」

「マリーベル……。元はといえば……」


 吸血鬼ヴァンパイアのように、華麗な復活を遂げられるのか。


「どうして、こうなった……」


 それはまだ、誰にも分からない。

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