ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第六話 ロートル冒険者、ランクアップを目指す?

公開日時: 2020年9月17日(木) 12:00
文字数:3,473

 今ひとつ芽が出なかったとはいえ、アベルはキャリア20年近い冒険者である。

 そのため、危険には人一倍敏感であった。


「危険を敏感に察しても、あえて飛び込まねばならない時がある。そう仰りたいのですね?」

「違えよ。クラリッサに伝言を頼みたいだけだよ」


 遊戯室でルシェルと別れたアベルは、玄関ホールで主を待つウルスラに、クラリッサへの伝言を頼もうとしていた。


 これで、浴室に行ったクラリッサとの鉢合わせという危機的状況を防ぐことができる。


 それなのに、ウルスラはとてもとても残念そうだ。

 滅多に感情を露わにしないウォーマキナの執事からそれが伝わるのだから、相当だ。


「……残念です」

「まさか、本当に狙ってたのかよ」


 同居を初めて、数日。

 いい年をした男女がひとつ屋根で過ごせば、そういったハプニングが起きる可能性はある。もしくは、ハプニングに見せかけた故意のイベントか。


 どちらにしろ、そんなことを起こしてはならない。


 慎重の上に慎重を期して生活していたというのに、こんな場所で裏切り者ダブルクロスに遭遇するとは思っていなかった。


「それがどれだけ危険か。マリーベルから話を聞いてたんなら、ウルスラも分かるだろ?」


 そんなことをしたら、終わる。終わってしまう。なにがかは分からない。あるいは、なにもかもが。


「いえいえ。本当に狙っているのであれば、最初から情報を与えません」

「それもそうか……?」


 確かに、ウルスラは自室へ戻ろうとするアベルをわざわざ呼び止めていた。

 あのまま放置したら、あられもない姿のクラリッサとエンカウントした可能性は考えられる。


「ただ、私めは、マリーベルお嬢様に、一刻も早く楽になってもらいたいだけでございます」

「……さっさと、一人に決めろって?」

「いえいえ、それは決まらないでしょうし、決めたところで、どうなるものでもありますまい」


 ご冗談をと、ウルスラが口の端を微妙に上げた。


「しかし、いつ噴火するか分からない火山に気を揉むよりは、いっそ噴火させて復興に力を入れたほうが精神的にましなのではないかと愚考する次第です」

「災害扱いかよ! 悪かったよ!」

「責任の所在を、明らかにしたいわけではございません」


 ウルスラは、温もりの感じられない瞳をアベルへ真っ直ぐに向ける。

 非難も、侮蔑もない。ただ、逃避は許さない圧力があった。


「始めるには、一度終わらせねばならない。そう言いたいだけでございます」

「ああ。分かっている……とは言わないけどよ。でも、マリーベルの負担にならないように収めたいなとは、思っている。これは、絶対に確かだ」

「そのお言葉が聞けただけで、私めは充分でございます」


 いつも通りの華麗な一礼を見せ、ウルスラは二階へと向かった。クラリッサへの伝言は、きっちり果たしてくれるようだ。


「家に帰ってきたのに、心が安まらない……」


 ウルスラの姿が、完全に消えたのを確認してからのつぶやき。

 しかし、アベルは本当に嫌がっているようには見えなかった。


 ただ生きるためだけに、面白くもないネズミ狩りを延々と繰り返してきた。


 それに比べたら、今は生きているという実感がある。


 そう、死んだら、痛みだって感じられないのだから。





 それから、しばし。

 食堂の円卓に、四人の男女が集まった。


 今日は、アベルの左右にクラリッサとルシェル。正面にエルミアという席順だ。


「では、世界に安寧をもたらした主神イスタスと、食の楽しみを教えて下さったヴェルミリオ神に感謝を」


 その日最初の食事の時にのみ捧げることとなっている、祈りの言葉。

 代表してエルミアが唱え終えると、一斉にナイフやフォークを手に取った。


「むむむ。姉さん、また腕を上げましたね?」

「そうか? まあ、場数を踏めば、自然と上達するものだ」


 オムレツを切り分けながら、エルミアがなんでもないと言った。


「正論って、時に人を傷つけますよね……」


 エルフの里で過ごしていた頃は、母親が。ファルヴァニアに出てからは宿暮らし。ルシェルの料理が上達するはずもない。


 姉妹の心温まる会話を聞きながら、しかし、アベルの視線は卓上に並べられた料理に注がれていた。


「また、こう。意図が分かりやすいメニューだな……」


 まず、主食はレバーパテのサンドイッチ。

 メインのレバーのパテは、なかなか手間がかかっている。


 まず、牛乳で臭みを取ったレバーを、香草とワインで一時間ほど寝かす。

 そのレバーをペースト状にして、豚や鶏の挽肉、牛乳などと粘り気が出るまで混ぜ合わせた後、蒸し焼きにしたものだ。


 それを、バター、マヨネーズを塗った軽く焼いたパンに、レタスやトマトとともに挟む。


 他にも、カキとホウレン草のクリームシチューに、プレーンオムレツと、豪華とまでは言えないが、作成者の気合いが伝わる料理だった。


「我が家秘伝の貧血対策レシピも板についてきましたわね」


 カキとホウレン草のクリームシチューを飲み込んでから、クラリッサがエルミアの料理に太鼓判を押した。

 エルフ特有の繊細さゆえなのか、実際、領主お抱えの料理人と比べても遜色ない。


「ああ、あのレシピには、とても助かっている」

「日頃からの準備が大切ですものね」


 分かり合っているエルミアとクラリッサ。

 その二人を、苦手な食べ物を気付かずに飲み込んでしまったような表情で見つめるアベル。


「すごい、リアクションしにくい……」

「欲望のままに振る舞えばいいと思いますよ?」

「さあて、まずは、食欲を満たそうかな!」


 まずは、レバーパテのサンドイッチに手を伸ばす。大きく口を開けて、半分ほどを噛みきり咀嚼する。


 さっくりとしたパンと、ねっとりとしたレバーの食感が楽しい。味は濃いめだが、アベルにはちょうどいい。


 視線だけ対面のエルミアに向けると、無言で見つめ返してきた。


 アベルの好みに合わせた味付けにした。


 言葉にはしないが、それが伝わる。


 アベル以外にも。


「私も、料理を憶えるべきでしょうか……」

「わたくしとしては、その時間をもっと有意義に使うべきだと思いますわ」

「ぐぬぬ……」


 アベルを挟んで反対側のルシェルと言葉を交わしていたクラリッサが、ナプキンで軽く唇を拭った。


「食事中ですが、アベル、ひとつ話がありますわ」

「話? 俺に?」

「ええ。エルミアさんとルシェルさんにも」


 マリーベルとスーシャが出てこないということは、仕事――冒険者としての話だろうか。

 いや、どんな用事でも、スーシャが出てくることはない気もしてきた。なにを言っても無駄だろう。


「想像通り、冒険者としての話ですわ」

「俺、なにも言ってないんだが?」

「顔を見れば分かりますわ」

「そうか……」


 もう二度と見ることの叶わない、アベルの顔。

 だから、それが話題になるのは、自分でも意外なほど嬉しかった。


 まあ、見れなくなって惜しむような顔ではないのは確かなのだが。


「アベル、Bランクに昇格しますわよ」

「……できんの?」


 食べかけのサンドイッチを取り皿に置きながら、隣に座るクラリッサを見つめる。

 さすがに、エルフの姉妹もそれを咎め立てることはない。


「実力で言えば、BランクどころかAランクでもおかしくはないのですが……」

「残念ながら、表沙汰にできない実績ばかりだからな」

「ええ。ですから、これからは実績を積むことを主眼に置いた依頼選びをしたいと思っていますわ」


 面談だ。

 アベルの苦手な面談だ。


 それに気付いたアベルは、グラスに水を注いで一気に飲み干した。


「冷静に考えると、別に昇格とかいいんじゃね? めんどくさいし」


 末尾に本音をにじませるが、その程度でクラリッサは揺るがない。


「では、これまで通り新人教育もやっていくつもりですの?」

「そっか。それがあったか……」


 Cランクの義務というわけではないが、評判はいいらしいので、今後も依頼が回ってくることは火を見るより明らか。

 吸血鬼ヴァンパイアとなったアベルは、訓練生トレイニーの教育は難しい。同じ理由で、日中の依頼も受けられない。


「でも、ちょうど昇格にいい依頼なんて……」

「ありますわ」


 冒険者ギルドでの昇格に、明確な基準はない。

 ただ、依頼をこなし、実績を積んでいくことで、周囲に認められ、昇格の空気が醸成される。


 シャークラーケンの件で、アベルへの評価が変わった。カッツとの模擬戦に圧勝し、まぐれではないことも証明された。


「北の大山岳にある、『巨人の坑道』。そこで、アンデッドナイトが出現しているという情報がありますわ」


 実に、吸血鬼ヴァンパイア向きの依頼ではありません?


 そう言って、クラリッサはアベルの手を握った。


「少し、考えさせてくれ」


 しかし、アベルからの返答は、保留。

 その反応に、提案者のクラリッサだけでなく、エルミアやルシェルも驚きを隠せなかった。

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