ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二十話 ロートル冒険者vsシャークラーケン-地上の決戦-(前)

公開日時: 2020年9月7日(月) 06:00
文字数:3,114

「お主の心臓。それ自体が武器となるのじゃ」

「ええ……」

「まず、心臓をえぐり出すじゃろ?」

「死ぬじゃん……」

吸血鬼ヴァンパイアは、その程度で死なぬ!」


 生き物としてどうなんだ、それ。

 そんな視線を向けられても、あっさりスルー。小さなマリーベルがツインテールを揺らして尊大に言い放つ。


「余に続いて、聖句を唱えよ」

「マジでやんのかよ……」

「唱えよ!」

「ええい、どうとでもなれだ!」


 大丈夫だ。

 マリーベルがこんなタイミングで騙すはずもない。吸血鬼ヴァンパイアなんだし、心臓がなくなったって、どうとでもなる。


「一言一句違えるでないぞ――『人であらんとするため、我、怪物となる』」


 冷静なのか自棄なのか分からない心境で、アベルは聖句を口にする。


「人であらんとするため、我、怪物となる」


 肩をはだけ、導かれるように左胸へ手を伸ばすと、ずぶりと。

 泥に手を突っ込んだ程度の抵抗しかなく、赤い靄に包まれた右手が沈んでいった。


 一体、体はどうなってしまったのか?


 その疑問を口にする間もなく、脈動する臓器――心臓に手が触れた。


「うっひゃ……。キモイな、これ……」

「引き抜け!」

「いや、やっぱ……」

「往生際が悪い!」

「じゃ、ちょっとだけ。ちょっとだけな? 俺のタイミングでやるから、手出しすんなよ?」


 できないものはできない。むしろ、できたら生物としておかしい。

 軽く。本当に軽くやってみて、やっぱりダメだったと言い張ろう。


 そんな計算と、かさぶたを剥がすような気分で、アベルは慎重に心臓を引っ張り――


「うおわぁっ」


 ――ぶちぶちと、あっさり血管から切り離され、下水道へと姿を現した。思っていたより、赤黒い心臓が。


「《剛力ポテンス》のせいかあぁっっ。っというか、グロイなっ!」


 あまりのことに、アベルは勢い余ってそのまま心臓を握りつぶしてしまう……が。


 不思議なことに、苦しさは感じない。心臓がなくなったというのに、生きている、動ける。ただ、大量の命血アルケーが焼尽されていくのを感じた。


 血の気が引いていくような感覚とは別に、心臓と、そこから噴き出した血がひとつの形を取り始めた。


赫の大太刀ハート・オブ・ブレード吸血鬼ヴァンパイアであれば誰でも行使しうる血制ディシプリンとは異なる、我が血族にのみ伝わりし、討滅の刃よ」


 身巾12センチ。長さ120センチ。

 強い反りがあり、真紅の刀身でありながら、冴え冴えとしたカタナ。


 時折、生き物のように脈動するのは、心臓が元になっているからか。


「こいつは……」


 美しい。


 武器に対する感想ではないことは分かっているが、思わず見惚れてしまった。一気に命血アルケーを消費した不調さも、今だけは忘れる。


「さあ、アベル。そいつで止めじゃ」

「お、おう」


 一部のドワーフが製造法を秘匿している、カタナ。

 冒険者歴だけは長いアベルだったが、見たことはあっても、触れたことはなかった。


 この状況で、初めての武器。果たして、きちんと扱えるのか。


 戸惑いの理由はそれだけではなかったが、今がチャンスなのは動かすことのできない事実。

 貧血にも似た症状で今にも意識を手放してしまいそうだったが、無理をするなら、今しかない。

 バトルアックスだって、使い慣れた武器ではなかったのだ。今さらだ。


 肩に小さなマリーベルを乗せたまま、シャークラーケンが吹っ飛んでいった下水道の奥へ《疾風セレリティ》であっという間に移動する。支流がないのは助かった。


 シャークラーケンは下水道の壁にめり込み、十本の足はだらしなく伸びていた。あの気味が悪い瞳も閉じている。斬れなかっただけで、かなりのダメージを与えていたらしい。


 カッツの斧を壊した甲斐はあったと、アベルは一人うなずく。


「……こんな大物を倒すってのに、実感が湧かねえな」


 なにもかもが異常すぎるのが悪いのだ。


 そう自分以外のものに責任を押しつけたアベルが、赫の大太刀ハート・オブ・ブレードを振り上げた――その瞬間。


 シャークラーケンが、かっと目を見開いた。


「死んだふりかよ!?」


 墨を吐こうというのか、シャークラーケンが足を収縮させる。

 大声を出したせいで意識が遠のき、アベルはその場に倒れそうになった。


「アベル、やらせるな!」

「分かってるよ! でも、ありがとな!」


 カタナの使い方など、知らない。


「叩き付けりゃ、死ぬだろ!」


 昔から、そうだ。いろいろと作戦を立てたが、結局、最後は殴って終わらせる。それこそ、冒険者の生き様スタイル


「主神イスタスも嘉し給うだ!」


 小さなマリーベルが肩から背中へ移動し、アベルが赫の大太刀ハート・オブ・ブレードを振り上げた。


 天井に引っかかるが、関係ない。天井も一緒に、斬り裂けばいい。


 なんとか意識を繋ぎ止めながら、《疾風セレリティ》の力を使って跳躍。墨を吐こうとしたシャークラーケンの本体に、渾身の力を込めて赫の大太刀ハート・オブ・ブレードを叩き付けた。


 爆散。


 その瞬間、赤い光と爆風が巻き起こった。


 シャークラーケンの本体に深々と突き刺さった、赫の大太刀ハート・オブ・ブレード。 間髪入れずに爆発四散し、巨体を巻き上げ、下水道の天井を突き抜け、シャークラーケンを地上へと打ち上げた。


「ああああ、あああああああぁっっ――《疾風セレリティ》」


 舞い落ちる瓦礫を足場にして、アベルはシャークラーケンを追う。

 アベルにしては素早い決断だったが、正直なところ、それは一種の逃避行動だった。


「なかなか、しぶといの」

「それどころじゃねえよ! 俺の心臓が爆発したぞ!?」


 アベルの手には、赫の大太刀ハート・オブ・ブレードの欠片すら残っていない。


 終わったら元に戻せばなんとかなる。なんとかなるはず。なんとかなるといいな。戻せるかは知らないけど。

 そんな希望とは言えない皮算用が、文字通り吹き飛んだ。


 その事実から目を背けるため、アベルはシャークラーケンを追いかけたと言っても過言ではない。


「なにが討滅の刃だよ! 俺が討滅されてんじゃねえか!?」

「心配無用じゃ」


 後ろ襟を掴むマリーベルの言葉と同時に、アベルは地上へ帰還した。

 しかし、真っ黒な霧――いや、墨に覆われ、ここがどこなのかも分からない。ただ、墨を吐いたということは、シャークラーケンは、まだ生きているようだった。


『赤き刃は、正負を問わず敵の生命力を吸い取り、持ち主の傷を癒す』

『ってことは、その力で、心臓も治るから……』


 イカスミの中ということで、念話に切り替えられた内容をアベルは確認する。


 最低限敵に傷を負わせ続ければ、無限に攻撃が可能。

 言われてみると確かに、属性石の指輪を通して、命血アルケーが満ちているのを感じる。


『うむ。理論上、永久機関じゃぞ』

『ガバガバ理論止めろよ! 俺の体だぞ!』


 理論が正しかったとしても、毎回心臓をえぐり出す必要があるのは変わらない。

 気軽に使うには、リスクがありすぎた。


『余は、なぜ怒られておるのか……。最近の若者の考えることは分からん。これだから、応報の世代は……』

『年齢関係ねえし、そのなんとかの世代になったつもりもねえよ!』


 血の親の愚痴に雑な回答をしつつ、アベルは墨の領域から抜け出す。

 どうやら、ファルヴァニアの中心。領主館近くの中央広場に出てきてしまったようだ。

 まだ日が沈んだばかりということもあり、何事かと、こちらを見ている人間が大勢いる。


「やべえな。他人を巻き込みまくりじゃないか?」


 幸いにして、天井の崩落――いや、地面の陥没か――に巻き込まれた人間はいないようだが、マズい状況なのは間違いない。


「俺は、Bランク冒険者のジョルジェだ。ヤバイモンスターが出た! こっから早く逃げ出せ!」

「ナチュラルに偽名を使うのう」

「偽名というか、騙りだな」

「……さすがアベルよのう」


 いっそ感心したというマリーベルだが、Bランクを詐称した効果はあった。地面の陥没と、それを覆い隠す謎の霧――墨だが――も説得力に一役買い、一目散に広場から離れていく。あとは、領主の城館に詰めている兵士たちに任せればいいだろう。


 だが、反対に、近づいてくる人影があった。

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