「相変わらず、すさまじいですわね。さすがですわ」
「当然です。私の義兄さんですから」
「足を引っ張ってしまったな。すまない、アベル……」
レヴナントに吹き飛ばされた三人が、アベルの下へ集まってくる。
振り返り、その姿を視界に収めたアベルが、本当に安心したと深く息を吐いた。
「良かった。みんな無事だったか……」
薄汚れてはいるが、目に見える範囲で怪我はなさそうだ。無傷だったのではなく、すでにヒーリング・ポーションで回復をさせたのだろう。
「良かった。とにかく、良かった」
同じ言葉を繰り返し、アベルは心の底から安堵する。
他に、言葉が出てこない。
「心配を掛けてしまいましたわね。情けない限りですわ」
「安心して下さい、義兄さん。私が、義兄さんを残して死ぬはずがありません」
「醜態を見せてしまったが、この反省を活かして、アベルと同じになるべきだと思うぞ」
泣き笑のような表情を浮かべるアベルを前に、クラリッサを皮切りにして反省が続くが、三人とも、奇妙なぐらい機嫌がいい。
それも当然。
なにしろ、『女たち』ではない、『俺の女に、なにしやがる!』だ。反省はしているが、なんという怪我の功名。
アベルからの意思表示を聞いて、喜ばないはずがない。
そして、これまた当然と言うべきか。全員が全員、自分のことを言われているに違いないと信じていた。
咄嗟に出た言葉で、アベル自身、誰に対して言ったのか分かっていないというのに。
『アベル、汝、後始末のこと、きちんと考えておるのであろうな?』
『後始末? まだ、スーシャ見つけてないんだぜ? これからだろ』
『ダメじゃこりゃ』
怒りにかられて出た台詞というのもあるだろうが、そもそも、三人に聞かれたと思っていないようだ。
レヴナントを倒した途端に、いつも通り。
マリーベルは、しくしくと胃が痛むのを感じた……が。
アベルの言葉にも一理ある。まだスーシャの手がかりも見つかっていないのは、確か。
「あの棺、武器にしよう」
この先の探索を考えてのことだろう。アベルが、突拍子もないことを言い出した。
「めちゃくちゃ頑丈で、壊れないのがいい」
「アベルそれは……いえ、確かにありかもしれませんわね」
高ランクの冒険者は、独特の武器を持っていることが多い。
棺を背負う冒険者アベル。
ありかなしかで言えば、クラリッサ的には、大いにありだった。
「特殊な武器を持っていると、箔もつきますし」
「陽光に晒されても、すぐに隠れられるのはいいですね」
アベルの安全を考慮し、ルシェルも賛成に回る。
人間とは葬儀の風習も違うエルフゆえの、実用的な感覚だ。
「先に、あの光線の仕掛けをどうにかするひつようがあるだろうがな」
常識的なことを言っているように見えて、アベルの方針に反対していないエルミア。
「ま、まともな人間がおらぬ……」
吸血鬼の、それも王を自称するマリーベルが、人の行く末を案じて嘆いた。
「ただ、持ち手が欲しいところだぜ。今度、頑丈な鎖でも買ってこよう」
「そういう問題ではなかろう……」
棺を武器にする。
意味が分からない。言葉として間違っている。
「人間で言うと、ベッドで攻撃するようなもんだろ?」
「そんなことせんじゃろうが!」
「想像力が貧困だな」
「もう……気が済むまでやるが良い。どうせダミーじゃし……」
言われなくとも、そうするつもり。
アベルが、黒い棺を回収しようとした、そのとき。
かちゃりと、中から棺の蓋が開いた。
「…………ッッ」
弛緩していた空気が、一気に引き締まる。
全員が身構える中、棺から、一人の少女が姿を現した。
淡い水色の髪が目元まで伸び、同じく色素の薄い瞳を覆い隠している美少女。
年齢は十代半ばほどだろうか。だが、白いドレスを纏った佇まいには年齢を超越した雰囲気があり、実際のところは分からない。
また、顔が半ば隠れているような状態だが、気品は隠しきれなかった。花がほころぶような笑顔を浮かべる儚げな彼女は、まさに、お姫様そのもの。
マリーベルの親友で、クルィクの本当の飼い主で、このスヴァルトホルムの館の女主人スーシャ・スヴァルトホルム。
この館の正当な所有者である彼女は、一言も発することなくこちらへ――いや、アベルへと近づいていく。
ふらふらとしているが、じっとアベルに集中している。
中身は空だったはずなのに、どこにいたのか。
透明化の呪文で偽っていたのか、あるいは、この館のように別の位相に存在していたのか。そんな推測にも、アベルは思い至らない。
ただ、時間が止まったかのように、スーシャの挙動を見つめている。
「スーシャ!」
たまらず、マリーベルが親友の名を呼ぶ。
しかし、スーシャの意識はアベルに集中したまま。
花がほころぶような笑顔を浮かべ、アベルの足下にひざまずいた。
「なにを……」
そして、そっと舌を伸ばし、アベルの靴を舐めた。
犬のように。
はっはっと、荒い息で。
「ご主人様になって」
「はあああああっ!?」
思いがけない――予想していたとしたら、そのほうがおかしいだろうが――言葉を受けて、アベルが自棄気味な大声をあげた。
いや、それでもまだましなほう。
エルミアもルシェルもクラリッサも、ぽかんとして現実を受け止められない。
そんな中、アベルとの間に割り込んだマリーベルは立派だった。たとえそれが、彼女の幸福に寄与しなくとも。
「スーシャ! なにを言っておるのじゃ!」
「マリー久しぶり」
「うむ。ほんに懐かしい……って、今はそれどころではないわ!」
小さなマリーベルを前にしても、スーシャが動じることはない。
色素の薄い瞳をぴくりとも揺らさず、親友との再会を喜ぶ。
「なにを考えておるのじゃ!?」
「気持ち良かった」
「なっ。はぁ……? 気持ちいいじゃと?」
「ご主人様に振り回されて気持ち良かった本当に気持ち良かった最高だった」
ひざまずいたまま顔を上げ、スーシャが句読点の存在しない小声の早口で感動を。そして、快楽を伝える。
雪のように白い肌は性的な興奮で桃色に染まり、靴を舐めたときからずっと呼吸も荒い。
「贅沢は言いませんずっと棺の中にいますむしろ棺から出たくありませんだからずっと棺を使って」
相変わらずの、句読点の存在しない小声の早口。
「なあ、マリーベル。これ、どうすればいいと思う?」
「余に聞いてくれるな……」
悪徳のスヴァルトホルム。
マリーベルが気付かなかっただけで、その嗜好は、連綿と受け継がれていたようだった。
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