ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第十一話 ロートル冒険者、依頼を受ける

公開日時: 2020年9月18日(金) 18:00
文字数:3,608

「それでは、わたくしから改めて現在の状況を説明しますわ」


 煖炉で火がはぜる音をバックに、クラリッサがおもむろに立ち上がった。

 応接室には、この館の関係者が――ウルスラを除いて――勢揃いしている。


 保留となった、アベルのBランクへの昇格計画。


 改めて、その賛否を問うために。


「うむ。始めるが良い」


 スーシャを染め直したマリーベルも、完全復活して宙に浮かんでいた。


「まず、アベルのCランクという立場ですが、やはり、若干のいざこざを生みつつありますわね」

「具体的には、どうなっているのだ?」


 エルミアの問いかけに、クラリッサは我が意を得たりとばかりにうなずく。


「まず、アベルに好意的な層としては、さっさと昇格させるべきという意見が多数ですわ」

「それ、カッツとかルストとか、その辺なんじゃねえ?」


 よく分からないが、シャークラーケンの後から、妙に慕われている。

 それはいいのだが、となると、ほとんど身びいきだ。それを根拠にされるのは、ちょっと困る。


「それだけではありませんが……。そもそも、自分に圧勝した相手が、自分よりも低いランクというのは、あまり気分が良いものではありませんわね」

「ああ……。そういう見方もあるのか」


 ソファに腰掛けたまま、アベルがしみじみとつぶやいた。

 ちょうどいい位置・・・・・・・・にある、ミニクルィクの耳の後ろを――無意識に――もてあそびながら。


「カッツには悪いことしたなぁ」


 ミニクルィクは、コフィンローゼスの上で伏せの姿勢になって参加していた。


 スーシャのたっての希望で。


 もちろん、スーシャは、今もコフィンローゼスの中の人だ。


「そうですよ。義兄さんに指導を受けた冒険者なら、むしろ、当然と思っているはずです」

「俺だけの問題じゃないんだな……」


 ずっとCランクだったアベルには、存在しない視点だった。

 それに、大したことを教えたわけではないが、教師役だった男がくすぶっているのも、あまり気分のいいものではないだろう。


「逆に、批判的な層の意見はどうなっているんです?」


 手を挙げ、今度はルシェルが疑問を呈した。


「インチキ、ぺてん、ずる。言い方は色々ありますが、不正チートな手段で勝利したのではないかという感じですわね」

「カッツとアベルが仲の良いことを知っている者は、共謀……イカサマと言ったほうがいいか? それを疑っているかもしれないな」

「なるほど……。それは見返してやりたいですね」


 ルシェルが希望を口にするが、断定的ではない。

 些細なことだが、アベルの話は、きちんと浸透していた。


「まあ、余としてはランクなど、特に興味はないが……」


 今まで黙って話を聞いていた小さなマリーベルが、上から全員――棺も含むから全員だ――を見下ろしながら言った。


「我が子が下に見られるのは、あまり気分の良いものではないのう」

「ゥワンッ!」


 ミニクルィクを含めた全員――スーシャは含まない――の視線が、アベルへ集まる。


 反射的にうなずきそうになって、寸前でアベルは思いとどまった。


 それではいけない。


 結論は同じになるのだろうが、きちんと考えた末の結論でなくては。


 アベルはミニクルィクのあごを指先でこちょこちょとしながら、思考を巡らす。


 まず、自分が下に見られる云々というのは、どうでもいい……とまでは言わないが、優先度は低い。

 昔なら、気にしたり、いじけたりしたかもしれない。だが、今は、受け流せるだけの余裕がある。


 ただ、それで身近な人間まで不快な思いをするとなると、話は違ってくる……のだが。


 それを優先してはいけない。したくなるが、それでは状況に流されるままだ。


 焦点は、アベルがBランクになりたいのか。なりたくないのか。そこにある。


「そうだな……」


 昔は、もちろん、目指していた。うぬぼれではなく、あと一歩というところにまで迫っていたこともある。


 けれど、夢に見たというほどのことではない。ひとつの通過点として。


 このまま、エルミアやルシェルとパーティを組めば、遅かれ早かれBランクには到達する……というか、ルシェルはすでにそうだ。


「どうせなら、正式復帰一発目で昇格してやろうじゃねえか」


 冒険者を続けると決めた。

 それなら、批判的な層とやらも黙らせるような成果で昇格するのが、長い目で見てもいいに決まっている。


「それに、実は一度Bランクってのになってみたかったんだよな」


 ただの肩書き。なにかが劇的に変わるわけではない。

 子供めいた感情。

 それでも、憧れめいたなにかがあったのは事実。


「はいはい、賛成です。賛成!」

「そうだな。忘れ物をそのままにしておくのは気分が良くない」

「適正な評価を得るのは、当然のことですわ」


 口々に、アベルの言葉へ支持が集まる。

 自明の結論だが、この過程こそ必要なもの。


『茶番じゃが、それでも進歩の証よのう』

『しみじみ言うの、止めてもらっていいですかね!?』


 と、念話でやりとりをしていることはおくびにも出さず、アベルは結論を取りまとめる。


「俺はBランクになるぜ。みんな協力してくれ」

「ゥワンッ!」


 真っ先に答えたのは、ミニクルィク。

 まさかの相手に先を越され、エルミアもルシェルも苦笑しつつ、それでも、しっかりとうなずいた。


「では、そのためにオススメの依頼クエストが、巨人の坑道。そのひとつに出没するとされるアンデッドナイト討伐ですわ」


 立ったままのクラリッサが、流れるように説明を続ける。


「今のところ、具体的な被害は出ていませんが、坑員たちが近づけず――」

「冒険者ギルドに討伐依頼クエストが回ってきたわけだな?」

「その通りですわ」


 エルミアの指摘に、クラリッサがうなずいた。


「アンデッドナイトといえば、犠牲者をアンデッドモンスターに変え、使役する能力で有名ですね」

「結構強えんだよな? Cランクが相手にするようなモンスターじゃないわけだ」

「逆に、昇格には充分な相手ということになるな」

「まったくその通りですわ。今のところ、緊急ではないので、逆に選り好みされて残っていますが」


 数ある採掘場のひとつとはいえ、巨人の坑道の重要度を考えれば、それも長いことではないだろう。それに、アンデッドナイト自体の特殊能力も危険度が高い。

 冒険者ギルドのほうから、いくつかのパーティにオファーを出して、マッチングを進めるはずだ。


「受けるなら、早いほうがいいってことか」

「そもそも、巨人の坑道とはなんのことじゃ?」

「あれ? マリーベル知らねえのか……」

「言われてみれば当然ですね」


 すっかり忘れていたと、ルシェルが頬に手を当てる。


「恐らく、マリーベルさんが活動していた時期には存在していなかったはずですから」


 ファルヴァニアの北に広がる大山岳地帯。


 巨人の坑道と呼ばれているが、ジャイアントが掘り進めたというわけではない。

 山肌に巨大で深い穴がいくつも開いたのだ、ある夜、突然。


「それだけなら、巨人の洞穴で良いはずじゃな?」

「さすが、マリーベルさんは鋭いですね」


 調査の結果、その穴に、豊富な鉱物資源が眠っていることが判明した。

 ただ鉱床が露わになったというだけではないと判断するには、時々によって出てくる鉱石が異なるという不可思議な現象だけで充分だろう。


 次元の境界が曖昧になっているらしく、玻璃鉄クリスタルアイアンのような別次元に存在する鉱石すら採掘される。

 さらに、基本的に枯れることないのだ。ファルヴァニアを治めるニエベス家の、大きな財源となっている。


「面妖な」

吸血鬼ヴァンパイアが言うか?」

『心の底では自分はまともだと思っているところがマリーのかわいいところ かわいい』

『いきなり会話に入ってきて、それかよ』


 唐突に話が途切れて、エルミアたちが不思議そうな表情をしている。

 しかし、念話のことは知られてはいけない。スーシャが有害すぎる。


「アンデッドナイトの危険度レベルは、どんなもんなんだ?」

「配下の目撃情報がないのが、逆に不安なところですが……」


 一旦言葉を切り、クラリッサがアベルの目を見ながら続けた。


「それを加味しても、レヴナントを倒したアベルの実力なら、アンデッドナイトの討伐も問題ないですわ」

「私と姉さんもいますしね」

「アベル次第だが、反対ではないな」

「なるほど。巨人の坑道ならコフィンローゼスを振り回せるし、人助けにもなる。いいんじゃねえか?」

「そうじゃな」


 マリーベルも、反対しない。


「よし! その依頼クエストを受けて、ランクアップだな。クラリッサ、手続き頼むぜ」

「任されましたわ」


 話は決まった。


 ミニクルィクがコフィンローゼスを足場にしてアベルに飛びかかり、自分もいると猛烈にアピールをする。


「分かったよ。頼りにしてるからな」


 ミニクルィクにもみくちゃにされ、ミニクルィクをもみくちゃにするアベル。

 その心温まる光景を、エルミアたちが、尊いもののように見つめている。


 さらに、その光景をマリーベルが俯瞰の位置から見下ろしていた。


 ここに至るまでに紆余曲折あったが、話は綺麗にまとまった。


 とても喜ばしい。


 そのはずなのに。


 マリーベルは、少しだけ。ほんの少しだけ、物足りなさも感じていた。

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