「よう集まってくれた」
小さなマリーベルが円卓の上に浮かびながら、大きく胸を反らした。その表情は、実に満足そうだった。
「アベルからの伝言で部屋は取りましたけど、どういう集まりですの?」
マリーベルの横顔を見つめて、ダークエルフの受付嬢が根本的な問いを投げかけた。
アベルと面談をした談話室より一回り大きい、パーティ用の談話室。夜間のため押さえるのに苦労はなかったし、防音もしっかりしているため、声が外に漏れることも絶対にない。
だが、なんのために集まったのか。クラリッサは、その理由を聞かされていなかった。
それは、円卓に座るエルミアとルシェルも同じ。当然のようにアベルの両隣を占領しつつ、二人揃って小首を傾げる。
こうして見ると、実に仲の良い姉妹だ。
「もしかして、この前の話に関連してのことだろうか?」
「うむ。それだけではないが、関連する話よ」
エルミアが心当たりがあるような言葉を発すると、対面のクラリッサと左側のルシェルから鋭い視線が飛んだ。
『マリーベル! マリーベル!』
『なんじゃ、なんじゃ』
『居心地悪いから、さっさと本題に入らねえか?』
『そうじゃな。だが、この先、居心地が良くなるとは限らぬぞ?』
『き、希望を持つのは自由だし』
『裏切られるのも、また、そうじゃな』
楽しそうにアベルをからかいつつ、マリーベルは継嗣からのリクエストに応じる。
「姉さんだけが知っている話。興味がありますね」
「ええ、本当に。情報共有はしっかりとする必要がありますわ」
「しかし、単純な問題でもないゆえ、まずは迂遠な説明を聞いてもらう」
ルシェルとクラリッサからの追及にもうなずきを返し、マリーベルが指を鳴らした。正確には、鳴らす仕草をした。
「上手く鳴ってねえけど」
「音で呼ばれているわけではありませんので、問題はございません」
アベルの無情なツッコミに応えたのは、六番目の人物。
マリーベルの影が伸びた先。円卓の空席に、20歳前後に見えるすっきりとしたショートカットの女性が現れた。
顔や体つきから受けるスマートな印象そのものに、華麗な所作で一礼。
「マリーベルお嬢様の執事を務めております、ウルスラと申します。普段は、お嬢様のお体のお世話などを任されている者でございます」
ヴェルミリオ神がもたらした黒のスーツとクロスタイが、よく似合っていた。女性ながら、非の打ち所がない執事っぷりだ。
「余が、個人的に最も信頼するものじゃ」
「畏れ多いことでございます」
突然の出現に、アベルも含めて全員が驚きを隠せない。
アベルと、他の三人では驚きの質が異なるだろうが、幸い、それが露見することはなかった。
「ウルスラ」
「はい。お嬢様」
主人に呼ばれ、ウルスラがぱちりと指を鳴らす。マリーベルと違って、きちんと鳴った。
「《静寂》の領域を張らせていただきました。これで、この部屋の音声が外に漏れることはありません」
念には念を入れてから、ウルスラが淀みなく説明を始める。
「今回、坊ちゃまがお屋敷をご所望ということで、過去の記録を紐解きました」
「なるほど。マリーベル様の継嗣ということで、アベルが坊ちゃまですのね」
「納得だな」
「そうですね」
「ええぇ……」
いい年した男が、坊ちゃん呼ばわりだぞ? 本当にいいのか? とアベルとしては声を大にして言いたかった。
言いたかったが、どうやら、違和感を憶えているのはアベルだけらしい。
「まあ、表層的な部分を勘案すれば、確かにそうなるのう」
いや、マリーベルもおかしいと感じているようだが、アベルをいじることを優先したようだ。敵しかいない。
「まあ、坊ちゃんでいいけどよ……」
「では、坊ちゃま」
「今、繰り返す必要はなかったよなぁ!」
「機甲人の性質でございます」
アベルのツッコミをしれっと嘘で応え、全員を見回してから、ウルスラが再び口を開く。
「吸血鬼など、かつて地上を支配していた諸種族が、イスタス神群により駆逐され、今の世界が始まったのはご承知かと存じます」
数百年の過去から話が始まったが、それは本題ではなかった。
「吸血鬼もその例外でなく、しかし、血族の中に、その粛正から逃れんとするものがおりました」
初耳だが、意外な話ではない。
誰だって、イスタス神の鉄拳制裁を正面から受けたいと思うはずがない。実際、その時のことを思い出したのか、マリーベルは神妙な顔つきでウルスラの話を聞いていた。
「その代表格が、スヴァルトホルム大公家。彼の一族は、本拠である館を別次元へと位相移動させ、当主を生きながらえさせることに成功いたしました」
「当主を? ってことは、当主だけかよ。じゃあ、他の吸血鬼はどうなったんだ?」
「他の一族は、その儀式で命を落としました」
「なんつー極端な」
吸血鬼なら当主――最も始祖に近いものが生き残っていれば、一族の復興は容易なのだろう。時間は味方でもある。
それにしても、大ざっぱというか、大胆というか。アベルの感覚では、やり過ぎだ。
「アベルが言う通り。確かに、やり過ぎに思えるが……。すでに起こったことは、どうしようもないな」
「そうですわね」
エルミアの割り切りに、クラリッサも賛同する。
ルシェルは、他の部分が気になっていた。
「マリーベルさん、スヴァルトホルム大公家ということは……」
「うむ。我がデュドネの家とは、縁戚関係にあったのじゃ」
「より正確を期するのであれば、分家のひとつといったところでしょうか」
吸血鬼なのだから、外見的な共通点や、ましてや、実際の血縁関係ではないだろう。
しかし、紛れもなく、始祖から血でつながった一族。
「じゃが、悪徳のスヴァルトホルムと呼ばれておっての」
「そいつは、穏やかじゃねえな」
「かつて、吸血鬼の娯楽に、人間を酩酊や薬漬けにして、その血を味わうというのがあったんじゃが」
「うわぁ……」
「それを生み出したのも、スヴァルトホルムの一族でなぁ」
マリーベルが、できれば関わりたくなかったと言わんばかりに渋面を作る。
恐らく、今の例でもマイルドな類なのだろう。
「となると、当主以外滅びたというのも、自己犠牲ではなく手違いかも知れませんね」
「その可能性は、充分考えられます」
言葉を交わすルシェルとウルスラを横目で視界に入れながら、気を取り直すようにマリーベルが軽く手を叩いた。
「というわけで、余の継嗣が、その館を使用してもなんら問題がないわけじゃな」
「権利関係はともかく……」
正当性は、アベルには分からない。
だが、それを無視してしまえば、話は単純。
「要は、吸血鬼の遺跡があるってことだろ? そこを探索するのに、理由なんて必要ないぜ」
アベルの、盗人同然。しかし、冒険者らしい言葉に、エルミアは優しく微笑み、ルシェルは我が意を得たりと拳を握り、クラリッサは苦笑を浮かべつつも瞳を輝かす。
そして、ウルスラは無表情で説明を再開する。
「位相をずらした空間に存在するため、『スヴァルトホルムの館』はこの世のどこでもない場所に存在いたします」
「待った。そうなると、そもそも『スヴァルトホルムの館』とやらに入れないんじゃないのか?」
「いい合いの手でございます」
それを聞きたかったと、無表情でアベルを褒め称えるウルスラ。
「どこにでもないということは、どこでもあるということ。『スヴァルトホルムの館』ヘの入り口が、このファルヴァニアにも存在することは確認済みでございます」
「ああ……。そういう……」
ここで、ようやく、昨夜の邂逅と話がつながった。
マリーベルに指示され、入り口を探していたのか。
アベルの様子を見て、ウルスラが、花のほころぶような笑顔を見せる。
『坊ちゃま、よくできました』
「うおぉっ」
「どうしたのだ、アベル?」
「義兄さん、なにかされましたか?」
「アベル、場所を変わってもいいですのよ?」
突然、念話で話しかけられて驚いた……とは、言えない。いや、知られて困るわけではないが、秘密にしておきたかった。
そのため、アベルは「なんでもない」と、ヘタクソにごまかすしかなかった。
「ええと、要するに、吸血鬼の家を俺たちのものにするって? そういう話でいいんだよな?」
「いえ、アベル坊ちゃまの家でございます」
「マリーベルの子供なんだから、相応しい家を持てとか、そういう?」
「ご明察でございます」
アベルの言葉に、ウルスラはすっと頭を下げた。
明らかに追従だったが、不思議なことに嫌味が感じられない。ウォーマキナの性質によるものだろうか。
「なるほど。そのような家があるのであれば、わたくしの家探しも不要ですわね」
「いや、それはそれで必要であろう。表向きの住居という扱いとはなるがな」
「ああ、なるほど。これは浅慮でした」
「……変わった条件に合わせた、理論武装が改めて必要になりますね」
仕事が無駄にならず嬉しそうなクラリッサと、仕切り直しになると表情を引き締めるルシェル。
やらせておけば良いと、マリーベルは特に口を挟まない。
「そこで、今回、皆を集めた理由の核心じゃ」
マリーベルの宣言に、アベルとエルミアがわずかに身を固くする。
ルシェルとクラリッサは、その様子に不審を憶えるが、マリーベルの説明を聞くのが先と、なにも言わない。
「吸血鬼はお互いに、血の花嫁という特別な結び付きをもった伴侶を持つことができる」
ルシェルは身を乗り出し、クラリッサは目を見開いて、反応を示した。
「『スヴァルトホルムの館』の接収は、我らだけでは不可能であろう。ゆえに、協力を乞いたいのじゃが……」
「その報酬として、私を吸血鬼にしてもらえる。そう考えて構わないのだろうか、マリーベル殿」
「そなただけではなく、この三人のうちの誰かとなろうな。適性などもあるゆえ、全員をとはいかぬものと心得て欲しいのじゃ」
「充分だ」
譲るつもりはないと、既に覚悟が凝り固まっているエルミアは答えた。
一方、突然の情報に、ルシェルは口に手を当て長考に入った。
その間隙を縫うようにして、クラリッサが片手を上げて質問をする。
「マリーベル様。その吸血鬼や血の花嫁になるのは、強制ですの?」
「いや、そんなことはないのじゃ。強制しても、いいことなどないからの」
「それでしたら、わたくしは辞退しますわ」
クラリッサは、あっさりと辞退を申し出た。
理性的で、淡々として。特に悔しさも、見せてはいなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!