ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第十三話 吸血鬼、皆を集めて、さてと言う

公開日時: 2020年9月11日(金) 06:00
文字数:4,132

「よう集まってくれた」


 小さなマリーベルが円卓の上に浮かびながら、大きく胸を反らした。その表情は、実に満足そうだった。


「アベルからの伝言で部屋は取りましたけど、どういう集まりですの?」


 マリーベルの横顔を見つめて、ダークエルフの受付嬢が根本的な問いを投げかけた。


 アベルと面談をした談話室より一回り大きい、パーティ用の談話室。夜間のため押さえるのに苦労はなかったし、防音もしっかりしているため、声が外に漏れることも絶対にない。


 だが、なんのために集まったのか。クラリッサは、その理由を聞かされていなかった。


 それは、円卓に座るエルミアとルシェルも同じ。当然のようにアベルの両隣を占領しつつ、二人揃って小首を傾げる。


 こうして見ると、実に仲の良い姉妹だ。


「もしかして、この前の話に関連してのことだろうか?」

「うむ。それだけではないが、関連する話よ」


 エルミアが心当たりがあるような言葉を発すると、対面のクラリッサと左側のルシェルから鋭い視線が飛んだ。


『マリーベル! マリーベル!』

『なんじゃ、なんじゃ』

『居心地悪いから、さっさと本題に入らねえか?』

『そうじゃな。だが、この先、居心地が良くなるとは限らぬぞ?』

『き、希望を持つのは自由だし』

『裏切られるのも、また、そうじゃな』


 楽しそうにアベルをからかいつつ、マリーベルは継嗣からのリクエストに応じる。


「姉さんだけが知っている話。興味がありますね」

「ええ、本当に。情報共有はしっかりとする必要がありますわ」

「しかし、単純な問題でもないゆえ、まずは迂遠な説明を聞いてもらう」


 ルシェルとクラリッサからの追及にもうなずきを返し、マリーベルが指を鳴らした。正確には、鳴らす仕草をした。


「上手く鳴ってねえけど」

「音で呼ばれているわけではありませんので、問題はございません」


 アベルの無情なツッコミに応えたのは、六番目の人物。

 マリーベルの影が伸びた先。円卓の空席に、20歳前後に見えるすっきりとしたショートカットの女性が現れた。


 顔や体つきから受けるスマートな印象そのものに、華麗な所作で一礼。


「マリーベルお嬢様の執事を務めております、ウルスラと申します。普段は、お嬢様のお体のお世話などを任されている者でございます」


 ヴェルミリオ神がもたらした黒のスーツとクロスタイが、よく似合っていた。女性ながら、非の打ち所がない執事っぷりだ。


「余が、個人的に最も信頼するものじゃ」

「畏れ多いことでございます」


 突然の出現に、アベルも含めて全員が驚きを隠せない。

 アベルと、他の三人では驚きの質が異なるだろうが、幸い、それが露見することはなかった。


「ウルスラ」

「はい。お嬢様」


 主人に呼ばれ、ウルスラがぱちりと指を鳴らす。マリーベルと違って、きちんと鳴った。


「《静寂サイレンス》の領域を張らせていただきました。これで、この部屋の音声が外に漏れることはありません」


 念には念を入れてから、ウルスラが淀みなく説明を始める。


「今回、坊ちゃまがお屋敷をご所望ということで、過去の記録を紐解きました」

「なるほど。マリーベル様の継嗣ということで、アベルが坊ちゃまですのね」

「納得だな」

「そうですね」

「ええぇ……」


 いい年した男が、坊ちゃん呼ばわりだぞ? 本当にいいのか? とアベルとしては声を大にして言いたかった。

 言いたかったが、どうやら、違和感を憶えているのはアベルだけらしい。


「まあ、表層的な部分を勘案すれば、確かにそうなるのう」


 いや、マリーベルもおかしいと感じているようだが、アベルをいじることを優先したようだ。敵しかいない。


「まあ、坊ちゃんでいいけどよ……」

「では、坊ちゃま」

「今、繰り返す必要はなかったよなぁ!」

機甲人ウォーマキナの性質でございます」


 アベルのツッコミをしれっと嘘で応え、全員を見回してから、ウルスラが再び口を開く。


吸血鬼ヴァンパイアなど、かつて地上を支配していた諸種族が、イスタス神群により駆逐され、今の世界が始まったのはご承知かと存じます」


 数百年の過去から話が始まったが、それは本題ではなかった。


吸血鬼ヴァンパイアもその例外でなく、しかし、血族の中に、その粛正から逃れんとするものがおりました」


 初耳だが、意外な話ではない。

 誰だって、イスタス神の鉄拳制裁を正面から受けたいと思うはずがない。実際、その時のことを思い出したのか、マリーベルは神妙な顔つきでウルスラの話を聞いていた。


「その代表格が、スヴァルトホルム大公家。彼の一族は、本拠である館を別次元へと位相移動させ、当主を生きながらえさせることに成功いたしました」

「当主を? ってことは、当主だけかよ。じゃあ、他の吸血鬼ヴァンパイアはどうなったんだ?」

「他の一族は、その儀式で命を落としました」

「なんつー極端な」


 吸血鬼ヴァンパイアなら当主――最も始祖に近いものが生き残っていれば、一族の復興は容易なのだろう。時間は味方でもある。

 それにしても、大ざっぱというか、大胆というか。アベルの感覚では、やり過ぎだ。


「アベルが言う通り。確かに、やり過ぎに思えるが……。すでに起こったことは、どうしようもないな」

「そうですわね」


 エルミアの割り切りに、クラリッサも賛同する。

 ルシェルは、他の部分が気になっていた。


「マリーベルさん、スヴァルトホルム大公家ということは……」

「うむ。我がデュドネの家とは、縁戚関係にあったのじゃ」

「より正確を期するのであれば、分家のひとつといったところでしょうか」


 吸血鬼ヴァンパイアなのだから、外見的な共通点や、ましてや、実際の血縁関係ではないだろう。

 しかし、紛れもなく、始祖から血でつながった一族。


「じゃが、悪徳のスヴァルトホルムと呼ばれておっての」

「そいつは、穏やかじゃねえな」

「かつて、吸血鬼ヴァンパイアの娯楽に、人間を酩酊や薬漬けにして、その血を味わうというのがあったんじゃが」

「うわぁ……」

「それを生み出したのも、スヴァルトホルムの一族でなぁ」


 マリーベルが、できれば関わりたくなかったと言わんばかりに渋面を作る。

 恐らく、今の例でもマイルドな類なのだろう。


「となると、当主以外滅びたというのも、自己犠牲ではなく手違いかも知れませんね」

「その可能性は、充分考えられます」


 言葉を交わすルシェルとウルスラを横目で視界に入れながら、気を取り直すようにマリーベルが軽く手を叩いた。


「というわけで、余の継嗣が、その館を使用してもなんら問題がないわけじゃな」

「権利関係はともかく……」


 正当性は、アベルには分からない。

 だが、それを無視してしまえば、話は単純。


「要は、吸血鬼ヴァンパイアの遺跡があるってことだろ? そこを探索するのに、理由なんて必要ないぜ」


 アベルの、盗人同然。しかし、冒険者らしい言葉に、エルミアは優しく微笑み、ルシェルは我が意を得たりと拳を握り、クラリッサは苦笑を浮かべつつも瞳を輝かす。


 そして、ウルスラは無表情で説明を再開する。


「位相をずらした空間に存在するため、『スヴァルトホルムの館』はこの世のどこでもない場所に存在いたします」

「待った。そうなると、そもそも『スヴァルトホルムの館』とやらに入れないんじゃないのか?」

「いい合いの手でございます」


 それを聞きたかったと、無表情でアベルを褒め称えるウルスラ。


「どこにでもないということは、どこでもあるということ。『スヴァルトホルムの館』ヘの入り口が、このファルヴァニアにも存在することは確認済みでございます」

「ああ……。そういう……」


 ここで、ようやく、昨夜の邂逅と話がつながった。

 マリーベルに指示され、入り口を探していたのか。


 アベルの様子を見て、ウルスラが、花のほころぶような笑顔を見せる。


『坊ちゃま、よくできました』

「うおぉっ」

「どうしたのだ、アベル?」

「義兄さん、なにかされましたか?」

「アベル、場所を変わってもいいですのよ?」


 突然、念話で話しかけられて驚いた……とは、言えない。いや、知られて困るわけではないが、秘密にしておきたかった。


 そのため、アベルは「なんでもない」と、ヘタクソにごまかすしかなかった。


「ええと、要するに、吸血鬼ヴァンパイアの家を俺たちのものにするって? そういう話でいいんだよな?」

「いえ、アベル坊ちゃまの家でございます」

「マリーベルの子供なんだから、相応しい家を持てとか、そういう?」

「ご明察でございます」


 アベルの言葉に、ウルスラはすっと頭を下げた。

 明らかに追従だったが、不思議なことに嫌味が感じられない。ウォーマキナの性質によるものだろうか。


「なるほど。そのような家があるのであれば、わたくしの家探しも不要ですわね」

「いや、それはそれで必要であろう。表向きの住居という扱いとはなるがな」

「ああ、なるほど。これは浅慮でした」

「……変わった条件に合わせた、理論武装が改めて必要になりますね」


 仕事が無駄にならず嬉しそうなクラリッサと、仕切り直しになると表情を引き締めるルシェル。

 やらせておけば良いと、マリーベルは特に口を挟まない。


「そこで、今回、皆を集めた理由の核心じゃ」


 マリーベルの宣言に、アベルとエルミアがわずかに身を固くする。

 ルシェルとクラリッサは、その様子に不審を憶えるが、マリーベルの説明を聞くのが先と、なにも言わない。


吸血鬼ヴァンパイアはお互いに、血の花嫁ブラッド・ブライドという特別な結び付きをもった伴侶を持つことができる」


 ルシェルは身を乗り出し、クラリッサは目を見開いて、反応を示した。


「『スヴァルトホルムの館』の接収は、我らだけでは不可能であろう。ゆえに、協力を乞いたいのじゃが……」

「その報酬として、私を吸血鬼ヴァンパイアにしてもらえる。そう考えて構わないのだろうか、マリーベル殿」

「そなただけではなく、この三人のうちの誰かとなろうな。適性などもあるゆえ、全員をとはいかぬものと心得て欲しいのじゃ」

「充分だ」


 譲るつもりはないと、既に覚悟が凝り固まっているエルミアは答えた。

 一方、突然の情報に、ルシェルは口に手を当て長考に入った。


 その間隙を縫うようにして、クラリッサが片手を上げて質問をする。


「マリーベル様。その吸血鬼ヴァンパイア血の花嫁ブラッド・ブライドになるのは、強制ですの?」

「いや、そんなことはないのじゃ。強制しても、いいことなどないからの」

「それでしたら、わたくしは辞退しますわ」


 クラリッサは、あっさりと辞退を申し出た。

 理性的で、淡々として。特に悔しさも、見せてはいなかった。

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