(私は……)
真っ暗な空間で、エルミアが最初に感じたのは寒さだった。
思わず体を抱く。凍えてしまいそうだった。
(私は……死んだのだろうか……)
魂がむき出しになったような心細さを感じながら、エルミアは直前の記憶を必死に引っ張り出す。
そうすることで、少しでも温もりを感じられるように。
(確か……)
アベルがエレメンタル・リアクターへと赴いてからしばらくして、絶望の螺旋の眷属が出現した。
一回だけでなく、何度も。
ローティアが率先して対処し、エルミアたちも協力して応戦したが、最後に出現したドラゴンに似た眷属は別格だった。
戦線は崩壊し、ルシェルに爪が迫った瞬間……。
なにも考えられず、気付けば身を投げ出していた。
ルシェルは助かったのだろうか。もしそうなら、嬉しい。素直に、そう思える。
(アベルも、同じことを思っていたのだろうな)
推測でしかないが、確信があった。
死は強い。
なにしろ、その後のことを考える必要などないのだから。
死は卑怯だ。
なにしろ、その後のことを考える必要などないのだから。
アベルに死なれて後に残され、自らが犠牲になることで両方を経験したエルミアは、思い知った。
(戻りたい。いや、戻らなくてはッ!)
エルミアの意識が、昂然と上を向く。
その瞬間、暖かなものが、全身を満たした。
凍えきっていたエルミアを溶かすそれに、心当たりがあった。
(アベル!)
否、他にはない。
(アベル! アベル! アベル!)
愛しい人の顔と名前を思い浮かべながら、エルミアの意識は浮上した。
「アベル……ルシェル……」
「エル!? エル、俺たちのことが分かるか?」
「ああ。私の愛する人たちだ」
「姉さん!」
感極まったルシェルが、目を醒ましたばかりのエルミアに抱きついた。倒れそうになったところを、アベルが背中を支えてくれた。
子供のようにしがみつくルシェルの髪を撫でながら、エルミアは周囲を見やる。
心配そうに伏せているクルィク。
いくつ目の体なのか。ローティアもこちらを心配そうにのぞき込んでいた。
その先に見える次元航行船は水銀の泉に突撃する姿勢のまま宙に浮いている。
そして、その水銀の泉は静かに凪いでいた。
絶望の螺旋の眷属も、なにもいない。
終わった。アベルが終わらせたのだ。
エルミアには確信があった。
そして、もうひとつ。
「エル……」
「なった。いや、してくれたのだな。アベルが、私を吸血鬼に」
「知ってたのか……」
「根拠はない。ただ、そう思っただけだ」
直感と言ってしまえばそれまでだが、アベルの態度を見ていれば、その程度分かる。
元は夫婦で。
今は、もっと強い絆で結ばれているのだから。
「良く気付いたな。俺の場合は、体にガタがきてたから多少の自覚はあったんだけど、全然だったぜ」
「私の場合は、怪我が治っているのが、それに当たるのだろうな」
「いや、俺も怪我は治ってたはずなんだが、そもそも怪我していたことを忘れてたから……って、それはどうでもいいんだ」
勢い込んで、アベルが顔をのぞき込んできた。
いきなりの接近に驚いて、森を思わせるエルミアの瞳が瞬きを繰り返す。
「こうなったことを謝りはしない。だが、責任は果たす。吸血鬼の先輩として、できることは全部やるつもりだ」
「期待している」
気にするなとは言わず、エルミアは微笑んだ。
驚いたルシェルが、姉の顔を見上げた。
だが、エルミアはルシェルを撫で続けるだけ。
代わりに、ひとつの疑問を口にする。
「ところで、マリーベル殿の姿がないようだが……」
「たぶん、館にいるんじゃねえかな」
アベル本人ですら信じていない言葉に、説得力は皆無だった。
かといって、他の可能性はエルミアにも思いつかない。
しかし、館に戻ってもマリーベルはおろかウルスラの姿もなく。
一日経っても、マリーベルが現れることはなかった。
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