ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二十四話 義妹、再び吸血させる

公開日時: 2020年9月14日(月) 12:00
文字数:2,288

「大丈夫です、ほら。口直しだと思って」


 冗談めかして。つまり、本心を隠してルシェルがアベルを促した。

 その義妹に、アベルは焦点の定まらない視線を向ける。


 エルミアは、なにかを言いかけて、止めた。今にも駆け寄りたい衝動を必死に押さえる。

 血を吸われて、ルシェルになにかあったら……とは思うが、今はそれどころではないことも理解していた。


 ただ、決意・・は、さらに固くなったようだった。


「アベル、起き上がれますわね?」


 首と頭を支えながら、クラリッサがアベルの上半身を起こした。

 まるでアベルを看病しているかのよう……という感慨は、心の中に沈めておく。


 ルシェルが立候補した件にも言いたいことはあった。順番というわけでも早い者勝ちというわけでもないが、今は言い争っている場合ではない。


「くっ……」


 アベルは、属性石の指輪に意識を集中……できなかった。背骨が氷柱になってしまったかのような悪寒に苛まれ、意識が遠のく。


 不意に、暖かいものがアベルの全身を包んだ。


「義兄さん……遠慮せず、どうぞ……」


 耳元でささやかれる誘惑の言葉、

 その距離の近さで、アベルはルシェルに抱きしめられていることに気付いた。


 それだけではない。


 ルシェルはアベルの頭を抱き寄せ、自らの首筋へと押しつけた。


 大胆な行為。

 頬からうなじまでが真っ赤に染まる。


 だが、アベルを離そうとはしなかった。


「ルシェル……」

「あっ……」


 限界だった。

 元々、大した太さのないアベルの理性の糸があっさりと切れる。


 アベルにとっては、三度目の。ルシェルには二度目の吸血。


 ルシェルが、ちくりとした痛みを感じる。

 しかし、それは気にならない程度のもの。


 吸っている、吸っている。

 アベルが、自分の血を吸ってる。


 痛みなどより、その感動のほうが遥かに大きい。


「はうんんっ……。うんッ……くぅんっ」


 はしたない声が出そうになって、ルシェルは下唇を噛み締めた。無意識に、ぎゅっと拳を握る。


 痛み完全に消え、代わりに快楽。気持ち良さだけが残った。

 ぬるま湯に浸かっているかのように全身がとろけ、ただただアベルに身を委ねる。。


 吸われている、吸われている。

 アベルに血を吸われている。


 姉に、クラリッサに見られながら、吸われている。


 他人の目を意識したルシェルは、思わず目を閉じた。

 しかし、それは逆効果。


 抱きしめている、牙を突き立てているアベルの存在が、否応なく大きくなる。いや、それしか感じられない。

 二人の境界が消え去り、この世界に二人だけしかいないのではないかという錯覚を憶える。


「はあぁっ……。義兄さん、義兄さん、アベル……さん……」


 うわごとのように、ルシェルがアベルの名を呼んだ。

 姉とアベルが結婚してから、決して呼ぶことのなかったアベルの名を。


「ルシェル……? 俺は……?」


 アベルの瞳に光が戻った。

 それは、アベルが回復した証であり、別れを告げるもの。


「義兄さん……」


 離れていくアベルを繋ぎ止めることはできず、ルシェルの手が虚空を彷徨い、やがて垂れ下がる。

 大きすぎる快楽を受け入れるため、ルシェルは何度も深呼吸をして、無意識に手を握っては開いてを繰り返す。


「元気になって……良かったです……」

「すまない……。いや、ありがとう」


 にこりと、透明感があるが儚い笑顔を浮かべるルシェルに、アベルの罪悪感が刺激される。

 体内に命血アルケーが満ちているのを感じると、なおさら。今なら、心臓のひとつやふたつ握りつぶせるぐらい。


「立てるか?」

「いえ……」

「大丈夫ですわ。しばらくすれば、最初より元気になりますから」


 済まなそうにするルシェルを、クラリッサがフォローした。


 血を吸われて、最初より元気に?


 アベルは頭上に疑問符を浮かべたが、そういうものかと考えるのをやめた。思考停止は、控えめに言っても、得意技だ。


「しかし、見事にやられたのう」

「油断……してたわけじゃなかったんだが……」


 すっくと立ち上がったアベルが、鏡台が存在していた眺めながらつぶやいた。

 それでも、一撃で撃退できたため、甘く見ていた部分はあるかもしれない。


「館の中にはゴーストの寄る辺となる物品が存在し、それが崩壊すると闇に包まれていた区画が解放される。つまり、その区画にゴーストは入れなくなる……という法則ルールがあるのか……?」

「いや、ゴーストが鏡に逃げ込んだ後に、鏡台は壊れてなかったか?」


 エルミアの推測に、アベルが異を唱えた。


「ゴーストにある程度ダメージを与えると、その物品を生贄にして逃げ出せるという法則ルールかもしれねえぞ」

「なるほど。順番が逆か……」


 だとしても、根本的な疑問がある。


「……なあ、マリーベル。なんか、ゴーストを素手でぶん殴って撃退したように見えたんだが、現実だったのか?」

「……現実じゃ」

「恐らく、ゴーストもびっくりして逃げ出したのではないでしょうか」


 気の進まない様子で認めるマリーベルとの間に、ルシェルが割って入った。

 クラリッサが請け負ったように、完全に回復どころか、普段より快活に見える。それは、未だ上気する頬が理由かもしれない。


「ルシェル。大丈夫なのか?」

「はい。おかわりいります?」

「……大丈夫そうだな」


 マリーベルも、なにも言わないし、大丈夫なのだろう。

 心配なら、血が必要な事態にならないようにすればいいだけだと、アベルは無理矢理納得する。


「では、先に進もう」


 ルシェルの様子を見てうなずきながら、エルミアが行動を宣言した。


「今度は、絶対に油断せずな」

「ええ。二度と、同じ悲劇を繰り返したりはしませんわ」

「義兄さんは、守ります。絶対に」


 途中から、主旨が変わってないか?


 そう思うものの、ツッコミを入れるだけの勇気を、アベルは持ち合わせていなかった。

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