ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第十二話 ロートル冒険者、立ち向かう

公開日時: 2020年9月5日(土) 06:00
更新日時: 2021年10月18日(月) 19:04
文字数:3,660

 のそり、のそりと、ランド・ドレイクがアベルたちに近づいてくる。

 真っ直ぐにではなく、曲線を描くように。慎重に、そして、確実に。


 偶然遭遇ランダムエンカウントした獲物を、逃すつもりはないと言わんばかり。


 人間を遙かに超える身体能力を備えている上に、ある程度の知性すら有している。Cランクの冒険者であれば、複数のパーティで立ち向かうべき相手。


 とても、一人でどうにかできる相手ではない。


 アベルの冒険者の部分が、最大級の警鐘を鳴らす。


 このままでは、のしかかられて、喉笛を食い破られることだろう。

 かといって、ただ逃げ出そうとしも、背後から襲われて食い殺されそうだ。


 武器を抜いて待ち構えながら、アベルは早速、自らの選択を後悔していた。


 勝った分を全額、属性石にチャージすれば良かった。いや、ベルトポーチの白金貨を囮にしでも、この場から離れるべきだ。


「なあ、マリーベル? 俺に吸血鬼ヴァンパイアの戦いをレクチャーするってのはわかるけどよ。いきなり、あんな大物を相手にする必要はないんじゃねえか?」

「一理あるの」


 月光の下で咲く白百合のような笑顔を浮かべ、マリーベルは優しげにうなずき。


「ところで、そうやって逃げ続けて、どこへ行くと言うんじゃ?」


 優しげに、退路を断った。


「うっ」

「そもそも、あの程度の獣。逃げる必要もないわ」

「そうだよなー。いつも中途半端なんだよな俺はなぁ。ほんとになぁ、あの時も、もっと別の……」

「いきなりフラッシュバックするでないわッ!」


 耳元で叫ばれ、アベルは思わず背筋を伸ばした。

 そのタイミングを逃さず、マリーベルはレクチャーを無理矢理始める。


「アベル、吸血鬼ヴァンパイアとなった汝は、我らの根源たる『命血』アルケーを感じることができるようになっておる」

『命血』アルケー?」

「うむ。先ほど使用した血制ディシプリンは、精神的あるいは魔術的なものじゃった。今回は、分かりやすく肉体的な力で『命血』アルケーを実感してもらうとするかの」

「……具体的には、どうすんだよ?」

「体内の血を意識せよ」

「いや、血って言ってもよ」


 血液は、心臓から送られ、全身に張り巡らされた血管を通して、指先にまで達する。

 それくらいのことは分かるが、知っているのはそれくらいでしかない。


「そうじゃ、まず、心臓よ。他の不死人アンデッドどもとは違う。血が流れ、心臓が鼓動するは、吸血鬼ヴァンパイアのみが特権と心得よ」


 慎重にこちらを品定めしているランド・ドレイクから目をそらさず、アベルはマリーベルの言葉を咀嚼する。


『要するに、変な吸血鬼ヴァンパイアパワーを使うには、自分の血を意識しなきゃならんわけだな』

『……まあ、その通りじゃ』


 念話に切り替え、代わりに、アベルは口を呼吸のために使用する。


 大きく息を吐き、ゆっくりと息を吸う。

 空気を全身に行き渡らせるようなつもりで、体の内部を意識した。


 心臓を中心に、血が全身へ流れていくイメージ。


 怪我をすれば、その部位から血が流れる。つまり、血液は、そこまで達している。


 それを身をもって知るアベルにとっては、さほど難しい想像ではなかった。


『肉体の支配者は、血だ』


 やがて鼓動と呼吸が同調し、生命属性であることを示す属性石の指輪を中心に、熱を感じ始める。

 これが、『命血』アルケーなのか。


「良い」


 マリーベルが、短く賞賛の言葉を発した。

 それで、アベルは正しい道を歩んでいることを知る。


 短いが、疑う余地のない肯定。


 それは、アベルにプリミティブな喜びを与える。


 だが、ランド・ドレイクには関係ない。まったく、欠片も無関係。

 アベルが一段上の境地に達したことなど、知らず。知っていたとしても、行動を変えることはなく。


 動かぬ獲物に向かって、突如として、牙をむいた。

 突然の、同時に自然な攻撃への切り替え。


 アベルが体内の血に気を取られていなかったとしても、避けられたかどうか。


 宝石をも砕く牙が、アベルの左腕にかぶりとかみつく。


吸血鬼ヴァンパイアは、白木の杭を除けば銀や魔化された刃しか通さぬ。それは真実であり、誤りでもある」


 ランド・ドレイクの牙は、確かにアベルを捕らえていた。


 人の肉など、骨など、ランド・ドレイクの咀嚼力の前には、薄紙同然。宝石や金貨すらかみ砕く顎の力で、アベルの左腕を食いちぎろうとする――が。


 牙は、その肌を通らず。


「体内の血を燃やし血制ディシプリンを発動させ、暫時肉体を硬化させる。強力な吸血鬼ヴァンパイアは、陽光や白木の杭すら寄せ付けぬ」


 ランド・ドレイクがどんなに引っ張っても、腕一本食いちぎることもできない。


「これ即ち、《金剛フォーティテュード》の血制ディシプリンなり」


 気付けば、アベルの腕は赤い靄のようなものに覆われていた。


 その得体の知れなさに、ランド・ドレイクは飛び退る。

 アベルは追おうという素振りも見せず、さっきまでかみつかれていた左腕をまじまじと眺める。


 左腕を覆う赤い靄。


 これが、《金剛フォーティテュード》の血制ディシプリンを使用したという証。

 これが、自分が引き起こした現象で、飛び退ったランド・ドレイクがその結果。


「はー。大したもんだ、吸血鬼ヴァンパイア

「ようやく気づいたか」

「ああ。犬に甘噛みされてるのかと思ったぜ、マジで」


 左腕を振って健在をアピールし、犬歯こそ生えてはいないが、アベルはどう猛な笑みを浮かべた。

 エルミア――元妻で、元パーティメンバー――が見たら、複雑な感情を抱くだろう表情を。


「さて、アベルよ。もう、分かるな?」

「言葉にはできねえけど、なんとなく分かるぜ」


 幾分小さくなってしまったが、属性石の指輪の中心に、熱い血塊が存在している。本来はあり得ないはずだが、それが事実として感じられた。


 吸血鬼ヴァンパイアの根源たる『命血』アルケー


 これをどうすればいいかも、本能で理解している。


 瞳を閉じ、『命血』アルケーを燃やすイメージを浮かべた。

 瞳を開き、それをショートソードを持つ右手に集める。すると、今度は、右腕に赤い靄が集中した。


吸血鬼ヴァンパイアは、理性持つ怪物である。怪物ゆえ、不死身で、そして、力が強い」


 無造作にランド・ドレイクへ近寄ると、アベルは刃を縦にして堅い堅い鱗へと突き立てた。


「これ即ち、《豪力ポテンス》の血制ディシプリンなり」


 安物ではないが、ただのショートソード。

 それが、えりまき状に重なった堅い鱗を事も無げに貫通し、ランド・ドレイクの首筋に深々と埋まっている。


 刃が鋭くなったわけではない。


 ただ、《豪力ポテンス》の血制ディシプリンによりもたらされた規格外の力が、装甲を突破した。

 単純で、それだけに覆すことのできない事実。


 狩る者と狩られる者が、逆転した。


 完全に気圧されたランド・ドレイクは、その場で痛みにのたうち回る。


 のたうち回り、高く鋭い悲鳴を上げ――猫科の肉食獣のしなやかさで、逃げを打った。


 賢明な判断。懸命な行動。


吸血鬼ヴァンパイアは、理性ある。しかし、人知を越えた怪物である。怪物ゆえに、不死身で、力が強く、そして、目にも止まらぬほど素早い」


 ただし、それが許されるかは別の話だ。


「それ即ち、《疾風セレリティ》の血制ディシプリンなり」


 アベルの両足。くるぶしの辺りまでが、赤い靄に包まれる。


 次の瞬間。


 予備動作もなにもなく、一瞬でアベルが加速した。《瞬間移動テレポート》と見まがうばかりの動きで、あっさりとランド・ドレイクに追いついた。


 アベルが早いのか。世界が縮んだのか。


 確かなのは、体内の血塊を燃やしたアベルが、間合いに入ったという事実。


 ランド・ドレイクは、その場で跳躍し、体を反転させ頭上からアベルへ襲いかかる。


 本能的な攻撃行動。


 それは偶然のフェイントとなり、起死回生の一撃で窮地を脱することすら可能だったかもしれない。


 ――相手が、アベルでなければ。


 まるでそれを予期していたかのように、アベルは動じない。


「《豪力ポテンス》」


 冷静に、マリーベルのアシストなしに血制ディシプリンを発動。

 『命血』アルケーを燃やし、属性石の指輪を通して体内の血のエッセンスが流れ、左手が赤い靄で覆われる。


 アベルはそれをほとんど意識せず、もう一本のショートソードで正面からランド・ドレイクを斬りつけた。

 魔法の武器でも、こうはいかないだろうというというぐらい簡単に。スポンジケーキを切るぐらい手応えもなく。


 さらに、返す刃でその堅固でしなやかなランド・ドレイク肢体を両断した。


 文字通りの血の雨が、アベルへと降り注ぐ。


 悲鳴すら上げられず、ランド・ドレイクはその場に落下した。


「……すげえな、吸血鬼ヴァンパイア


 べったりと血を浴びながら、呆然とアベルがつぶやいた。

 ランド・ドレイクの死体など、眼中になかった。意識しているのは、結果だけ。


「無敵じゃねーか、吸血鬼ヴァンパイア。なんで、神様に負けたんだよ?」


 これが自分の実力でないことは、よく分かっている。だからこそ、吸血鬼ヴァンパイア血制ディシプリンのすさまじさが身にしみた。


「うむ。実感できたようで余は嬉しいぞ」


 そう言いつつも、マリーベルは内心で舌を巻いていた。


 転変して、わずか一夜。


 わずかな期間で、ここまで血制ディシプリンを使いこなすとは、マリーベルも予想外だった。


 それは、アベルの適正か、主神との大戦末期に改造されたマリーベルの特異性ゆえか。


 どちらかは分からないし、どちらでもある可能性もあった。


 確かなのは、心ならずも吸血鬼ヴァンパイアへと変じてしまった彼の役に立つだろうこと。


 冒険者を廃業するにしろ、続けるにしろ。


 そう。マリーベルのささやかな。本当に取るに足らない希望からすれば、続けても止めても構わないのだ。


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