◯
タブレットの両端は力の入った持ち主の手によってミシミシ言っている
いよいよ始まる。
世紀の一戦のゴングはいつもこの人が鳴らしてきた
格ゲー実況といえばこの人、アールさん
「ウメハラリュウ対ぃ、インフィルトレーションゴウキぃ、いっっってみましょうぉーーー!」
もちろんネットで生配信されている
見ている人間が慌ててコメントを打つ
「あれ?」
「ちょっ...」
「おいおいおい」
開幕、インフィルの“飛び”がウメハラに刺さる。
そのままコンボにつながれてダメージを取られながら不利な位置まで押し込まれる
不利な位置とは「画面端」を意味する
横スクロールのゲームで、もうこれ以上は進まないという位置
画面端とゴウキに挟まれて身動きが取れないリュウ
間合いを詰めるも、一定の距離を保つも、すべて画面端に追い込んだ側だけが決められる
ボクシングで言えば「コーナー」
サスペンスで言えば「崖」
追い詰められている。
飛びを通され、大幅に体力リードと状況有利を許した開幕
画面端で苦しんでいるリュウにインフィルのゴウキはまたもや飛んだ
主導権を握っている画面端をキープした方がプレッシャーをかけられるが、そう思わせておいてあえて上から奇襲を仕掛ける
これが“隙”を生んだ
画面端にいる相手に飛ぶということは
画面端と相手キャラの間に割り込むようにして飛び込む事になる
奇襲をガードされてしまえば自分が画面端と相手キャラに挟まれる
ウメハラはしっかり奇襲をガードし、素早く反撃に転じて位置を入れ替えることに成功
慎重に画面端をキープしつつリュウの得意な間合いでじわりと牽制し続けた
プレッシャーに耐えられなくなったインフィルは三度飛んでしまう
ウメハラ相手に三度目の飛びは致命傷を意味する
飛んできたゴウキを飛んできた方向に逆再生するかのうに吹き飛ばす
対空によって弧を描いて跳ね飛ばされたゴウキの着地に合わせてリュウの超必殺が刺さる
対空から、超必殺。
リュウの対空において最大ダメージを出せるコンボ
大幅にリードされていた体力はこれでほぼ五分。
しかしプレッシャーのかかり方が違う
インフィルのやりたいことを段階的に攻略したウメハラ
攻略されてしまったインフィル
下がるしかなくなったゴウキにウメハラはコツコツ技を当てにいき少しずつ体力を奪っていく
やむなく死を覚悟して前進してきたゴウキを
リュウは受け流すように投げ飛ばした
「投げ」は相手からダウンを奪える
ダウンを奪えば
ダウンした相手の起き上がりに合わせて一方的に殴りに行ける
ボクシングで言えば
なんとか10カウント以内に起き上がったグロッキーな相手に一方的にこちらのしたいことを仕掛けにいくような
そんな状態
格ゲーではこれを「起き攻め」という
投げ飛ばされたゴウキが起き上がるところに、ウメハラは技を合わせる
よもやに思われた開幕1ラウンド目はウメハラの逆転
2ラウンド目も流れのままにウメハラが取ると思われたが終盤
インフィルが張っていた網にウメハラがかかった
1ラウンド目同様、終盤でウメハラの使うリュウはゴウキを投げてダウンを奪う
ゴウキの起き上がりに“飛び”で起き攻めに行ったウメハラに対して
インフィルはゴウキの超必殺で対空を見せた
ゴウキの対空技の中でも最大リターンが取れる選択肢
ゴウキの超必殺はコマンドが複雑で瞬時に出せるものではない
考えて準備しておく必要がある
ウメハラはその網にかかり大ダメージを負う
そのまま押し切られ、2ラウンド目はインフィル。
3ラウンド目
今しがた対空を出されてラウンドを取られたにもかかわらず
ウメハラは飛んだ
1ラウンド目のお返しと言わんばかりに3ラウンドの序盤
駆け引きが生まれる前にそうそうに飛んで相手の体力を6割奪った
体力リードを許したインフィルもリターンを求めて慌てて飛び返すが、ダメ。
飛んだゴウキがまだ最高到達点に辿り着く前
上昇中にリュウに叩き落とされた
普通は相手が飛んで、下降してきたところを迎撃するもの
超反応。
そしてメッセージ。
「オレは飛ぶけどお前はダメ!」
最後は体力残りわずかのインフィルがこれは大丈夫だろと安全圏から出した技の隙をウメハラが突いて
3ラウンド目は鮮やかにウメハラが取る。
一試合目はウメハラの勝ち
先に2ラウンド取った方が1勝を得られる
勝ちを10取り合う勝負のまだ1が終わっただけ
自分がプレイしているかのような興奮と共に感じていた予感
この第一試合は
ウメハラvsインフィルの縮図であるのかもしれない
取ったり取られたりで最後まで行く
ウメハラはインフィル相手にそれができる
もしや、勝つのか...?
◯
一試合目が終わり解説の「ときど」のコメントで
予感はただの期待でないことを確信した
「ときど」
ウメハラと同じチームに所属するプロゲーマーであり
使っているキャラクターはゴウキ。
今回の対インフィルのためのスパーリングパートナーとしてウメハラのゴウキ攻略に一役買っている
ときどもまた、物心ついた時から格ゲーに取り憑かれた人間の一人。
「東大卒プロゲーマー」それがときどの肩書き
これほどまでに真反対の文武両道を成し遂げた者が果たしていただろうか
公務員の最終面接を蹴ってまだ道の用意されていないプロゲーマーを目指すことを決意、そして夢を叶えた
ときどは
綺麗な流れで勝ったもののウメハラの積み上げた対策の醍醐味にはまだ届いていないと言う
取ったり取られたりの展開を遥かに超えるような何かがあるというのか
それならば
大変なことになる。
◯
インフィルの飛びは通らない。
ウメハラはすべて落とす
インフィルの起き攻めは通らない。
ウメハラはすべてガードする
インフィルのやりたいことは全てウメハラには通用しない
特に起き攻め。
インフィルの使うゴウキは全キャラ中、一二を争う起き攻めが強力なキャラクター
ゴウキにダウンを取られてしまえば上から降ってくる
自分の真上から降ってくる攻撃が
正面に来るのか
それとも背中側にくるのか
目で見て判断することは非常に難しい
このゴウキの起き攻めで何度100円を失ったことか...
思い出しただけでも吐きそうになるプレイヤーはオレだけではないはずだ!
ウメハラもその一人だろう
今みでインフィルに負けてきたのだから
しかし
今回のウメハラは起き攻めを苦にしない
ゴウキの何パターンにも及ぶ強力な起き攻めは
幾度となく催した吐き気と積み上げた対戦数が作り出した堅牢なガードによって阻まれる
何度ダウンを取っても
その先の起き攻めが一切通らない
ゴウキの中でも最大級の武器である「起き攻め」は
ウメハラの“盾”によって破壊された。
上から降る最大の武器、翼をもがれたゴウキは地上で戦うしかなくなった
しかし
その地上こそがウメハラが用意したが舞台
インフィルが技を振ればギリギリウメハラには当たらずにスカる
ウメハラはその隙に攻撃を滑り込ませてカウンターを取る
インフィルが技を振りたくなる間合いわざわざ作り出し
それを狩り取るという作戦
それがときどの言う「醍醐味」
更に
ゴウキはリュウとは違い画面端から逃げる方法をいくつも持っている
いくらウメハラが用意した地上での戦いで画面端に追い込んでも
すぐに脱出できてしまう
ゴウキを相手している側からすれば
やっと掴んだ画面端というチャンスをいとも簡単に剥奪され
また追いかけ直している最中にダウンを取られ
起き攻めで圧殺される
ゴウキと戦う時には頭痛と吐き気と散財を覚悟しなければならない
ウメハラ以外は。
ウメハラはゴウキにやられてきた全プレイヤーの鬱憤を浄化した
どのタイミングで“逃走”を図ろうとウメハラは見逃さない
必ず捕まえる
ゴウキは多種多様な攻撃を持ち合わせている
“逃げ”以外にも見ないといけない技が多い中
一瞬でも逃げようとすればすぐにでも取り押さえた
しっかりと逃げた先にダメージを負うように網が張られている
ゴウキの“逃げ”を全てダメージソースに変えた
画面端に閉じ込められたゴウキになす術がなくなった
画面端からいつでも脱出できる強い技を持っているだけにそれに頼ってしまっていた
プレイヤーとして
画面端をしのぐ力を育てることを怠った
画面端をしのぐ機会をゴウキに“奪わた”と言ってもいい
ゴウキの強みを消して
プレイヤーの弱みを浮き彫りにした
ウメハラは
キャラ差をひっくり返した。
◯
一方的。
これまで負けてきた相手に一方的。
各国のプロを黙らせてきた相手に一方的。
10ー2。
結果は10ー2でウメハラの圧勝。
これがプロ。
これがウメハラ。
インフィルがウメハラから取れた勝ち星はわずかに「2」
それも、とてもではないが戦略的な勝ち方とは言えるものではなかった
積み上げたものが崩れないように
なんとかせき止められたのも2回までで
最後は崩壊した。
リュウは、ゴウキよりも劣っている
それは間違いない
それを跳ね返した
相手のやりたいこと、やって強い行動を逆手にとる
そのためには相手の使っているキャラを研究して知り尽くさなければならない
どれだけ努力をしたのだろう
計り知れない。
計り知れないが、
努力をすればキャラ差はひっくり返せる
嘘みたいな本当のことを目の当たりした
林野に勝つためには
林野が使っているキャラをもっともっと知る必要がある
オレの努力はまだ足りていなかった。
林野に勝つに値しない
キャラ差をひっくり返すに値しない
ありがとう、ウメちゃん。
オレはまだまだ強くなれる。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!