◯
「ポイントカードお作りになりますか?」
本当に作りたければ自分から言う。
もう二度と聞かないでほしい。
いつもなら心の中でニラんでいるところだが今日はそれどころではない
いつもと違うコンビニ
そしてその近くにあるゲーセン
買ったばかりのお茶を握りしめている手の湿りは
お茶の汗か自分の手汗か判別がつかない。
ゲーセンは明らかに自分のテリトリーではない
コンビニ
林野家
それ以外に外に出ることはまずない
まずない行動を取らせたのは怒りだ
林野がオレに植え付けた怒りは日をまたいで着々と育っている
早歩きでコンビニを出る
そして早歩きでゲーセンに向かい
そのまま早歩きでゲーセンを横切る。
通り過ぎてはゆっくり引き戻り
またゆっくり通り過ぎる
ゲーセンの入り口を右往左往しているうちにフラッシュバックする。
学校に行くのが嫌過ぎて駄菓子屋に逃げ込んだこと。
怖くなってバイトの面接を店の前で引き返したこと。
受かったバイトの初日にも同じようなことをしたこと。
味わったことのある、あの感覚に似ている
認めよう
着々と育った怒りよりも恐怖が勝っていることを。
◯
入りそびれを誰かに見られたかと気になりコソコソがコソコソを呼んでいる不審者に自動ドアだけが反応する。
どの機械から出ているのか分からないが重低音が外に漏れ出す
自動ドアよ早く閉まれと思いながら関係のない顔をして一歩下がる。
自動ドアがギリギリ開かない距離からお目当ての「ストリートファイター4」がどこにあるか確認する
もし侵入できたのなら最短距離で向かいたい。
店内のうす暗さに後押しされたキラキラと光るゲーム画面や装飾の明かりが入り口の自動ドアに反射してうまく中が見えない。
キラキラ輝いている光が不審者を拒否しているようにも見えるし
うす暗さが不審者を招いているようにも見える
中にはどれくらいの人がいるのだろうか
知り合いがいたらどうしよう...
逃げたくなる要素を見つけるのは上手い。
そんなことよりストリートファイターを探せ。
一歩近づいても見えない。
角度を変えても見えない。
ならもう一歩近づいてみる。
今度は重低音が体内にまで響いた。
人間の視界は角度で言えば何度くらいあるのだろうか
その全てをうす暗さとキラキラが混在している店内に奪われている
完全に開け切った自動ドアが早く入れと背中を押す
一歩踏み出せばそこは
さっきまで行きたくても行けなかった世界
閉じこめられた部屋の中から一歩外に出たような
そんな感覚がした。
◯
理由がなければ外には出ない
それは誰でも同じだと思う
外に出る理由って何?
仮に仕事だとしよう
本当に納得してるのか
本当に「出かけたい」と思って外に出ているのか
「楽しい」と思える出来事がそこにあるから外に出るのではないか
ほとんどのことが楽しいとは思えないからオレは外には出ない
今日はどうだ?
楽しいか楽しくないか分からないのに外に出た
その結果誰かも知らん奴に何枚100円玉を使わされたか分からない
こいつは誰だ
ゲーセンは弱肉強食
勝った者は元の100円で何度でも遊べる
負けた者がもう一度挑戦するためには追加で100円を支払うシステム
なぜ初対面の人間とオレはゲームをしているんだ
相手が誰かも知らない
格ゲーの、ゲーム性の何たるかも知らない
ただボタンを連打してレバーをガチャガチャしているだけ
そして100円を消費し続けている
もし会話が必要というのならゲーセンからはただちに去り二度と来ないだろう
100円を入れて戦うだけ
だから成立している
気づけば初対面の人間とゲームをする違和感を怒りが追い抜いていた
金がどんどん減っていく
いや
“減らされていく”
とうとう100円玉が尽きた
両替機は嫌味ったらしく対戦相手のちょうど真後ろにある
対戦が終わったタイミングから両替に来た人間がさっきまで自分と戦っていた相手であることにお相手氏も気づいただろう
ジャラジャラと千円札が砕けて100円玉に変わる音がお前にも聞こえているはずだ真後ろのオレを見てみろ
いややっぱ見るな
また同じ席に戻る人影に気づきながらも涼しい顔をして視界の端の方でこちらを黙認しているのを感じる
きっと勝ち誇った顔をしているのだろう
そっちが見ないならこっちもお前なんか見んぞ
視界の端の方で黙認してやる
もう一度対戦していたゲーム機の前へと戻ってきた
ちょっと間を置いたことで怒りの何%が冷静さに変わっていた
“今は”勝てる気はしない
両替はしたがまた日を改めるのが得策
戦略的撤退
小銭を握りしめながら
苦笑い混じりにフッと鼻で笑う
「林野の次はお前な」
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