格ゲーやったら人生変わった

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第十五話

公開日時: 2021年6月22日(火) 21:14
文字数:3,893

「若い時はうどん屋なんか死んでも来なかったけどオレらも年くったなぁ」


メニューを見ながら林野がオッサンぶる。


うどん屋を選んだのはお前であってオッサンはお前だけだ。


そしてオッサンは27からだ。


なんか分からんが27からだ。


26はまだ若い。


と、思う。


「配信やってみようかな」


急に話しを変えてくるのが旧友、林野。


唐突だがまあお前には合ってると思うよ


「やってみれば?」


「えー、なんか恥ずかしいじゃん」


君が言い出したんだよ?


「とにかく仕事辞めたくってさ」


「もう死ぬほど聞いた」


「オレだって人間だよ?あんな扱いされる覚えない」


「じゃあ辞めたらいいよ」


「でも仕事も嫌なことばっかりじゃないんだよ?」


「.....。」


人の言ったことの逆を言うのが旧友、林野。


「ユンのコンボむずいわー」


急に話しを変えてくるのが旧友、林野。


ユンは別にコンボは難しくないし百歩譲って難しかったとして何の問題もない。


だって、ユンなのだから。


「ユンの自虐はいいよ」


「いやーユンってむずいわー」


格ゲーマーは自分の使っているキャラを愛している。


対戦相手が不快に感じる自キャラの強い部分はひた隠しにし、弱い部分だけで愚痴を構築する


「ユンなんかただジャンプして急降下で降りてるだけじゃねーか」


「いやいやコマ投げからのコンボむずいからな?」


急降下の話しからいきなりコマ投げの話しになる


話しをすり替えるのが早い。さすが林野!


急降下の話しではユンの卑怯さをごまかせないと踏んだ林野が逃げた先


そう、「コマ投げ」


格ゲーに置いて「投げ」とはダウンを取れる強い行動


だからこそしっかりと「投げ抜け」という防御方法が用意されている


相手が投げてきたタイミングでこちらも同じ投げのボタンを入力すれば「投げ抜け」が成立して距離が離れて同条件での仕切り直しになる


相手がグーを出して自分もグーを出せば“あいこ”になる


当たり前の理論。


柔道でいえば


自分の襟元を掴んできた相手の手を振り解いて元の位置まで押し返す行為


当たり前の権利。


しかし「コマ投げ」は相手だけではなくルールやゲーム性という正当性まで投げ飛ばす


コマ投げはなんと「投げ抜け」ができない。


格ゲーのルールに乗っ取っていない


卑劣極まりない盤外戦術


襟元を掴みにくるのではなく両腕でこちらの体全体を抱きこむようにして掴みにくる


そしてギュッと絞ってそのまま投げ飛ばす


柔道ではなくプロレス


反則。


武道を舐めてる。


防御しようのないコマ投げを持っているキャラには当然ながら『制約』が課せられている


盤外戦術を持っているがゆえの絶対的な縛りとして


“相手に近づけない”というマイナス性能を抱えている

コマ投げキャラは体がデカく相手の技が当たりやすい


かなりの鈍足で、コマ投げの射程範囲である密着を作ることが難しい


自分の体力と引き換えに相手の技を受けながら必死に距離を詰めて詰めてやっとの思いで繰り出す必殺技


ボロボロになりながらデカい図体を引きずってようやく辿り着けるコマ投げのチャンス


この『制約』をユンはすっ飛ばす


ユンの体は通常の大きさよりやや小さめ。


地上の歩きも早い。


急降下で簡単に密着が作れる。


あっちゃいけない


このキャラにコマ投げなんてあっちゃいけない

コマ投げの後のコンボがむずい?


それはお前の練習不足だたわけ!


「ユンってなんでコマ投げ持ってんの?」


「コーディーって火力高いよな」


話しをすり替えるプロのようで超ヘタクソだなこいつは。


コーディーはオレの使っているキャラ


密着を作ることに繊細な戦略を必要とする超硬派なキャラ


飛んでるだけのユンとは大違い


その分必要とする技術はユンよりも多い


楽ができない


「コーディーの火力って本当ズルいよな!!!」

まだ言ってやがる


確かに1コンボあたりの相手に与えるダメージは他のキャラよりも高い


それは認めよう


しかしユンの人外じみた高性能はお前のその声量ごときでは隠しきれんぞ


「火力高いもんな!!!」


コーディーが唯一ユンよりも勝っている部分をあげつらえ話しをすり替える


それが旧友、林野。


コンビニで店員を怒鳴りつけている人を遠くから眺めるように


細めた目で林野を侮蔑しているとデカい器が目に入ってきてふと我に帰る


「お待たせしましたー」


林野の頼んだうどんが運ばれてきた


「ありがとう」


店員に嘘の笑顔を振りまいて割り箸を割る林野


お前の自虐はもう聞きたくないから一刻も早くそのうどんを口の中でモニュモニュさせろ


「うぃー腹減ったー。うどん久々じゃない?」


久々もなにも食うのはお前だけだ


はよ食え。









今日は一日中外にいる。


家に居るより外にいる時間の方が長いだなんて


ちょっと前の自分からしたら考えられない


今、目の前でうどんに浸けたつゆをオレに飛ばしながらズルズルやってるこいつがオレと格ゲーを出会わせた


あの日、いつもと変わらない時間に。


林野はいつも仕事帰りに電話をかけてくる


仕事とは戦いで


戦いが終わればひとまず家に帰り休みたくなるものだ


でもそれよりもまず先にオレに電話をかけてくる


ほっと一息つくよりも


飯を食うことよりも


先に。


仕事帰りに電話をかけてくるということはそういうことだ


お前もゲーム好きだねー。


危機感を持って


責任感を持って


林野は毎日戦っている


今なら働く凄さが分かる


別にオレはフリーターだし、ただ分かったような気になってるだけかもしれんが


それでもやっぱり凄いと思うよ


「お前今日何してたの?」


歯で切り刻んだうどんをゴクッと水で流し込み次のうどんを箸でつかむ合間に林野が質問してくる


『今何してる?』『今日何してた?』は林野の常套句


大体何もないオレにすら毎回聞いてくる


「地元じゃないゲーセン行ってた」


「おーっ!」


何と言うことでしょう的なナイスなリアクションだ


「頑張ってんな!お疲れ!」


オレは別に疲れてなどいない


いつもなら反射的に心の中でそうつぶやくところだが


確かに今日は少し疲れた


「おう、お疲れ」


「え、おう」


何だねその丸くなった目は


君が言ってきたからお返ししたのだよ?


「最近お前元気になったな」


オレは病み上がりの子供か。


と言いたいところだが


まあ、似たようなもんだな


最近ようやく少し大人になれた気にはなってるが


自分の変化を人に諭されるのは少し気恥ずかしいから話題を変えよう


「そういえばお前話したいことあるって言ってたよな?」


「あっ!そう!」


林野の中で何かしらの興奮がギュンと蘇る


「お前ウメちゃん対インフィル見た!? 」


やっぱりお前も見てるよな


「もちろん見た」


「ヤバかった、あれはマジでヤバかった...」


興奮してなくても林野の語彙力は大体こんなものだが


言葉を失う気持ちはよく分かる


人知を超えたことを人がやってしまった


まさに神。


格ゲーの限界をウメハラが引き伸ばした


それにつられて格ゲー勢が我先にとウメハラの後をついていく


ウメハラの居る“限界”を目指して。


格ゲー界で生きる全ての民のモチベーションを上げてしまった


オレも林野ももちろん例外なく


「リュウ使いたくなるよな」


「リュウには急降下ないけど大丈夫か?」


「オレにはウメちゃんがついてる」


「いや、ウメちゃんはオレについてるから」


林野が箸を止めて腑に落ちた顔でこちらを見ている


「うん、やっぱお前元気だわ」


付き合いの長いお前が言うのならオレは本当に最近元気なのかもしれないが


もし、お前がオレのことを“変わった”と思ったのなら


それはまあ、あれだな、


オレの努力のおかげだなハッハッハッ!


格ゲーがあるからオレの人生に色がついた


人も金もどうでもよかった


オレの人生は灰色で


それが一番落ち着く色で


そこに染まってさえいれば満足だった


誰かに勝手に色をつけられることが本当に嫌だった


それが今ではどうだ


格ゲーが勝手にオレの人生に色を塗りたくっている


お金を稼いだ


大した額ではない


外に出ようと思った


そんなこと小学生にでもできる


母親の目を見れるようになった


他の人間からしたら空気を吸うのと同じことだ


一般社会からしたら


どマイナス人間がただのマイナス人間にランクアップしたことなど評価するに値しないだろう


ただオレにとっては今まで生きて来なかった世界で


体験してこなかった世界


そこに足を踏み入れるために振り絞った勇気は財産だ


慣れない似合わないことをしながらもがいていたら


裏の世界から脱出して表の世界の端の方に立っていた


オレはずっと一人だと思っていたけど


表の世界から、裏の世界に住んでいた頃の自分を振り返って見ると


本当の意味で孤独にならずに済んでいたんだなと実感する


親と上手くいかず


家に居場所がないと感じた時でも林野家という居場所がオレにはあった


あそこに行けば楽しいことがあると


林野のお父さんもお母さんも歓迎してくれた


美味い飯もたくさん食わしてくれた


オレと林野を繋いでいたのはゲームだ


お前が、ゲーム好きでよかったよ


オレも


ゲームが好きでよかった


強くなりたくて不慣れなことにチャレンジしてきた


それはオレの努力だ


間違いない。


そしてそれと同じくらい間違いないのが


努力するキッカケをくれたのは林野だということ


お前はオレに努力したいと思えるものを与えてくれた


だから林野


お前はオレの努力を受け取る義務がある


「10先だな」


「え?」


「オレとお前で10先」


オレの努力はお前を超える


社会では何の価値もない努力だ


でも


オレにとってはこの何の価値もない努力こそが生きがいで


生きがいとしているものでお前に負けるわけにはいかない


「いいね。やるか」


最後の一口をズルりと吸い込む林野の顔は自信に満ちている 


「じゃあ一週間後な」


「オッケー、ちゃんと仕上げとけよ」


お前に初めて負けたあの日からオレの心に火がついた


これは


感謝であり


リスペクトであり


リベンジだ


林野


お前には絶対に負けない









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