格ゲーやったら人生変わった

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第二話

公開日時: 2021年6月2日(水) 20:32
文字数:1,775



一軒家が並ぶ一角で仕切りに携帯を見直しては通りかかる自転車を気にかけて早15分。


案の定オレの方が先に林野の家に到着。


奴のずぼらと自身の時間配分ミスにため息が出る


どういう計算で「今から来いよ」と言っているのか 


つくづく理解の範疇を越えているがまぁ


そういうやつだ


大体いつものこと


大体いつものことだからムカつき慣れている


だから後15分だけムカついといてやる


30分を超えればムカつきと共にお前の信用も消え失せるぞ林野よ


なんてことを考えていると


「おうごめん!」


申し訳なさそうに素早く自転車を止めて鍵をかけながら一声かけてきた


怒りの元凶到着。


割とすぐに不満が解決すれば、それはそれで何か壮大な決意を無下に扱われた気分でまた少しムカつくが、まあいい。


ごめんという言葉はバッチリ聞こえているしガッツリ今も目が合っているがこちらからは何も言うことはない


無かったことにしといてやる。













林野に連れてぬるりと人の家に入る。


通い慣れたこの家は下手をすれば自分の家よりも思い出が詰まっている。


10代の頃からゲームに明け暮れた林野家にはどれだけ迷惑をかけたのだろうか


26になった今も変わらずここに来ている


林野は真面目に働いている。


愚痴多き人間ではあるが、到底自分にはできないことをしている


自分には何もない。


何もないことを望んだが時々苦しくなる


別に金はいらない。


人も近づいて来なくていい。


ただ、ずっと生ぬるい生活が続くような息苦しさは取っ払いたかった。


ひと時ではあるがゲームはそれを叶えてくれる。


一週間ぶりくらいだろうかこの部屋に来るのは


見慣れないコントローラーが目に入る。


頭に一握り程度の丸いチョボのついたグルグル回せる短いレバー


その右横に丸くて薄いエレベーターのボタンのようなものが8つ並んでいる

形状を察するに


ゲーセンの機械に直接付いているものを膝置きサイズに切り取ったのだろう


「それやろうぜ、先輩に誘われてオレも嫌々やったんだけど結構楽しくてさ」


先輩にされて嫌だったものをなぜ同じように人にするのだろうか。



「格闘ゲーム」



まったく興味の無いジャンルだったがもはやさっきの見慣れないコントローラーを膝に置いてやる気満々の友人を見て拒否できるほど血は濁ってはいない。


言われるがまま始めた。


そしてキレた。












「ストリートファイター4」


悪魔のゲームの名前だ。


「これが『めくり』でこれが『投げ』だぞ」


格ゲー用語を実演しながら詳しい情報は一切与えず


一方的に対戦相手を落としめる行為


それをゲーム業界では“初狩り”と呼ぶ。


初心者を狩る、だから初狩り。


「お前って結構ゲーム上手いと思ってたけどこんなもんか」


「だから教えてんじゃんこうやるんだよ?」


煽り付きで、初狩り。


こんなことあっちゃいけない。


何も分からないままなす術がない


一般社会で言うところの新入社員へのパワハラ


初めてのスタバ


人生初の女の子とのデート


その類い。


なんせ体が熱い


オレのほのかに濁っている血が熱消毒されてしまいそうなくらい沸いている。


顔は真っ赤。


食いしばっている歯を隠すように口は真一文字に閉じている。


こんな状態が3時間くらい続いたろうか。


3時間血はたぎり顔を赤く染めていたということは


3時間もの間、煽り初狩りを受けていたということになる。


こんなことあっちゃいけない。


帰り際の「また来いよ」がとどめだ。


必ずまた来てやるやり返してやる殺してやる


心で唱えながら思い出のいっぱい詰まった林野家を去る。


帰り道、まだ脳が熱い。


永遠に冷めることがないんじゃないかとすら思う。


眉間に寄ろうとしているシワを伸ばそうと必死に目を見開いている顔はきっと鬼の形相を超えている何かだろう


オレンジ色をした粘度の高い泡が沸々と無数に湧き上がるように顔がジンジンする。


今日、死ぬまで忘れないであろう怒りを体験した。


もはや許したはずの15分の遅刻の怒りもそこには乗っかっている。


乗っけざるを得ない。


この怒りのすべては必ず回収する


ゲームも、専用コントローラーも持っていない


でも買いに行っている暇なんてない


怒りの導線にはもう火がついている


買いに行っている暇などあろうはずがない!


そして買える金もあろうはずがない!


怒りが一つの答えを導き出した


近所のゲーセンが目に浮かぶ



「殺ってやる」



これが格ゲーとの出会いであり


一生涯忘れることのできない怒りとの出会い


ここから


人生が動き出す









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