格ゲーやったら人生変わった

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最終話

公開日時: 2021年12月3日(金) 07:01
文字数:3,372



あー暑い。


クーラーがついていても汗が出てくる


段ボールをむしる


袋をむしる


商品を棚に並べる


なぜ品出しとはこうも作業的で雑用的な気分に包まれるのだろうか


飽きるよ。


かといってレジ打ちはレジ打ちで客が面倒くさい


小銭を上手いこと消費したくて財布の中をゴソゴソ指でほじくってる時の待ち時間ほどイライラするものはない


はよ出せ。


オレのくぐもった1ミリたりとも前向きにならない思考とは違いレジ番の矢真さんはこんな暑い日でも笑顔で客の小銭消費に付き合っている


こんなところで働いているのがもったいないくらいの人だと思うよ


一つとして文句など聞いたことがないし


オレと違って同僚にも客にもどんな人間に対しても偏見なんて微塵も持たない


むしろ困っていたらどんな人でも飛んで助けに行ってしまう


なんだろう


もっとこう


世界的な慈善団体とかに所属した方がいいと思うよ矢真さん


笑顔は世界の共通言語だと誰かが歌っていたがまさにその通りで


きっと矢真さんの笑顔はどんな人にでも通じてしまう


医師免許など持たずとも国境なき医師団的な何かに同伴した方がいいよ矢真さん


あなた笑顔の日本代表だ


オレはしかめっ面日本代表にでもなっておくよ


品出ししながら頭の中で暇つぶしをしていると


客よりも面倒くさい奴が大股を広げて店に入って来た


SVだ。


SVとは一体何の略か知らんがとにかくSVと呼ばれ偉そうにしている


役職か何かなのだろう


どうやら立ち振る舞いから察するに店長よりも偉い立場の人間らしい


バイトのオレからすると「店長より上」というだけで威圧感がある風に感じる


見た目も貫禄が有る風に見えてくる


背も高いし色も黒いし声もデカいし態度もデカい


立場上SVの言うことは疑わず反抗せず実行せねばならない


しかし必要以上に肌の黒い人間をオレは信用しない。


「レジでお客様を待っている時は腹の前で手を添えろ!」


偉い人間はなぜこうも偉そぶるのが好きなのか


「おい手を動かせ!」


オレに言っているのだろうなきっと


だがしかしオレはやっている。


たとえ手を動かしていなくとも


商品をどこに置けば売れるのか少しずつ頭の中で移動させながらシミュレーションしているのだ


邪魔をしないでもらいたい


商品の未来を考えることも仕事だろ?


商品は置いてあるだけでは何の価値もない


客がほじくった小銭をイライラしながらレジに仕舞い、正式に商品が客の物になる


そうやって初めて商品は価値を成す


手ではなく頭を使って仕事をしているのだよ


一瞬国境なき医師団のことを考えてはいたがそこまで強く言われる覚えはない


そもそも今お前が偉そうにふんぞり返っていられるのはここがお前の土俵だからだ


仕方なく金のためにこっちがお前の土俵で戦ってやってるだけ。


これがもし格ゲーなら立場は逆だぞ?


対空出せるのか?


コンボの一つも出来まい?


林野に勝てるか?


勝てないよな?


きっと林野の足元にも及ばない


林野の足元にも及ばないのなら


林野の遥か上に居るオレには本来会うことすらできない


オレがウメハラに会えないのと一緒だ


そういうことだ


今オレと同じ目線に立てていることだけでも光栄に思いたまえ


オレから離れてレジの方に向かうSVの背中にギトギトした濃厚で高尚な文句を投げつけていると聞き捨てならない言葉が耳に入ってきた


「好きなものを選ぶといい」


散々偉そぶったあげく去り際にさらっとオレと矢真さんにジュースをおごるという誰でも分かる飴と鞭を使ってきたのだ


いけすかないね。


お前の権力を見せつけるためだけのそのジュースは飲んでやらない


もしオレが急降下を使えるのなら文句の代わりに去ろうとしているSVの背中に綺麗に降り注ぐだろう


格ゲー的に考えるのなら次SVが来た時の対策をこれでもかというくらい蓄えていくらでもやり返すのだが


本当にその対策を行使してしまうとおそらくクビになる


だからオレに働いた無礼は今日のところは仕方なく飲み込んでやる


本当に仕方なくな。


早くこの嫌な時間を進めたくて時計に目をやると


ちょうど交代でオレがレジ番をする時間だ


「矢真さん代わります」


「SVがジュース好きなの選べって」


念を押されると何だか急にノドが乾いてきた


ような気がしないでもない


矢真さんがそこまで言うなら、まあ、そうですか。


帰りに甘いミルクコーヒーでも飲んでやるか


今日は暑いからな


仕方ない


ジュースに罪はない


あーオレのレジ番だけ客来なきゃいいのに















あー暑い。


自動ドアが開くたびにモワっとした熱気がエアコン様が作り出してくれたせっかくの冷気を飲み込んでしまう


客、来なくていいって言ったじゃん。


品出しの時は多少の動きがあるから暑いと感じるのは分かる


しかしこう


レジでじっとつっ立っているだけでも暑いとなるといよいよ夏だ



格ゲーと出会ってちょうど一年くらいか。

格ゲーと出会う前の夏と


今年の夏とでは大違いだ


一年前にはなかった楽しみが暑さと一緒にやってくる




「EVO」



毎年夏に


アメリカのラスベガスで開催される格ゲーの中でも最大級の大会


ボクシングの世界戦などが行われる会場を貸し借って行われる祭典


あらゆる国から人が集まりしのぎを削る格ゲーオリンピック


それがEVO(エヴォ)だ。


ストリートファイターだけではない


日本で生まれた色んな格闘ゲームが種目として扱われる


その全てにおいてトーナメントを行い


チャンピオンを決める


もちろん賞金もドでかい


大会のメイン種目であるストリートファイターの優勝賞金は1000万ほどだ


プロ、アマ、問わず誰でも参加ができる


その試合は全世界へ配信され


各国の実況、解説のキャスター陣がブースを作りネット番組を配信している


そんな夏の祭典「EVO」


色んな国から参加者が集まるこの大会で


最も注目を集める国は


日本だ。


EVOのほとんどの種目が日本で生まれたゲーム


当然日本人が一番マークされる


こんなに誇らしいことはない


日本で生まれたゲームが世界中で愛され


日本人が一番強いと思われている


ネット対戦が主流の現代だが


日本が強いのはゲーセン文化が根強いとこにもある


実際にお金を投じて勝ち負け決めるあのピリピリ感はネット対戦では味わえない


「プライド」と「金」という


ともすれば命にすら匹敵しかねないものを賭けてネット対戦が生まれる何十年も前から戦ってきた歴史がある


そりゃ強い。


毎年トーナメントのトップ8には軒並み日本人の名前が並ぶ


しかし


年々他国との差は埋まりつつある


各国のプレイヤーもEVOに遊びに来ているわけではない


ゲームだよ?


遊ぼうよ?


トップ8に残った選手の中でそんなほがらかな気分でゲームをしている者は一人としていないだろう


だからこそ熱気を生む


画面を通して見ているだけで熱くなる


それは本当のスポーツを見ているように


人間の努力の証を目の当たりにする


自分もいつしかこの舞台に立ってみたいと


心が自分の中から飛び出して行ってしまうような気持ちになる


こんな素晴らしいものをオレは今まで知らなかったんだよなぁ


EVOはアメリカの大学の生徒が


大学内の小さな一室を借りて始めたことが発端らしい


数名のモノ好きが集まって始めた、誰にも見向きもされない小さな火種だった


きっと負けた側が熱くなり、やり返した


やり返された側はさらに熱くなり、被せてやり返す


そうだとしたら


オレと林野のようなぶつかり合いが海外の大学の一室でも行われていたということになる


そんな小さな火種が少しずつ色んな人に渡っていき


アメリカを飛び出し色んな国に届いた


そしてラスベガスが放っておかないほどのエンタメに発展していった


そしてこうも思う。


きっとラスベガスに限らずとも


色んな国のどこかの一室でEVOは開催されている


それは日本の片隅でも。


今日もきっと林野から連絡が来るだろう


格ゲーと出会ってオレは変わったと言える


それは劇的に性格が変わったとかそういう話ではない


オレの性格が簡単に変わるワケがない


変えられてたまるか


ただ


自分の性格を活かせる場所があることを知った


やりたいことを誰にも邪魔されずに挑戦できる


邪魔するやつは実力行使で弾き返してもいい


そんな世界


今は弾き返されることのほうが多いけど。


オレにはまだ開けてない扉がきっとある


それはオレの性格でしか開けられない


逸れて外れた道にしか存在しない扉


自分の性格を活かせる新しい場所が


その扉の向こうにあるのだろうと感じる


いつか


格ゲーやったら人生変わった


そう胸を張って言える時が来るような


そんな予感がしている









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