◯
社会に飛び込むキッカケをつかめなくて現実逃避のためにタブレットにしがみついたあの日
ももちに出会った
“ももち”とは日本のプロゲーマーのこと
当時はプロゲーマーの存在など知りもしない
ゲームのプレイ一つで日本人だけではなく外国人まで沸かせていた
その世界大会でももちが使っていたコンボが最大コンボだった
どんな相手にだろうが毎回最大コンボ
そんなこと普通はできない。
体操やフィギュアスケートの競技で全ての演技を最高難易度の技でチャレンジするようなもの
きっとどこかで失敗してしまう
それをももちはやってのける
世界の、大勢の観客に注目されるような大会だろうが
失敗すれば逆にコンボを決められて負けが確定してしまうような場面だろうが
必ず最大。
そんなももちのプレーにオレは取り憑かれた
むしろオレがももちに取り憑いた
毎日毎日ももちの最大コンボの動画を見て
どのタイミングでボタンを押せばちゃんとコンボが繋がるのか
目に焼き付けてはそこにあるはずもないコントローラーを空想して空気を叩いた
そしてシミ付けたタイミングを忘れぬ内にゲーセンに駆け込んだ
自分に何が必要なのか
自分とトッププレイヤーの違いは何なのか
マネてみて
自分とプロの差を知り
少しずつその差を埋めていく地道な作業
ゲーセンに通い詰めてはCPU相手にコンボ練習をする日々
CPU相手に練習をしている間に人が乱入してきてはボコられ100円を無駄にする日々
無駄になるかもしれないと思いつつまた次の100円を入れる
ちゃんとコンボを決められるようになるまでに昇天していった数々の100円達
お前から最大コンボでダメージを奪うごとにオレにべったりと張り憑いていた100円の怨霊がゆっくり浄化されていく気分だよ
「たまたま成功しただけだろっ!」
最大コンボがどれだけ難しいことなのか林野もよく知っている
だからこそ悔しさと動揺の混じった声色なのだ
オレより先に格ゲーをやり始めたお前なら分かるよな?
何もしてない奴には“たまたま”すら起こらない
林野
オレが本当にももちから教わったのは最大コンボではない
積み重ねることだ!
◯
「あれ飛び落とせてないぞーー?」
煽ったことは自分にも跳ね返ってくる
人に注意したことは当然自分もそれを出来なければならない
それが社会のしきたり
人間関係においてのルール
出来て当然
当たり前
今オレはそれが出来ていない
そういう訳でこうまで林野が調子づいてしまっている
対空が出ない...
オレの飛びが怖くなった林野は開き直り、
よもや飛んできたのだ
対空が出ないからといって自らも飛びに走るという愚行
まるで向上心がない
対空が出ないならば出せるキッカケを掴めるまで相手の飛びを受け続けるべきだ
まるで向上心がない
とはいえこちらも対空を出せていない
ユンは急降下という無法の飛び技を持っていて散々意識させらている
その上通常の飛びまで混ぜられては頭が追いつかない
もちろん対策は用意してきた
しかしつい先程まで有利に立ち回っていただけに
追い込まれたネズミがいきなり噛み付いてきた急展開に固まってしまった
角で縮こまっていたネズミが突然モリモリと巨大化して羽根を生やして空から降ってきた
そりゃビビる
本来、オレは対空が出る
しかし“今は”出ないのだ
その現実を受け入れて戦うしかない
対空が出ない
ならばオレも飛ぼう。
◯
対空が出ない林野は飛んできた。
その飛んできた林野に対空を出せてないオレも
飛び返した
行ったり来たりしていた飛びがいつしか
ほぼ同時に二人が飛ぶという瞬間が増えてきた
自分と相手の飛びが噛み合った時
当然先に飛んだ側が有利になる
先に飛んだ側が空中で攻撃を先置きしておけば
後から飛んだ側はその攻撃に頭をぶつけることになる
一瞬でも早く先に飛んだほうが有利になる
飛ぶなら先手必勝
この空中椅子取りゲーム
一歩先を行くのは林野だった
「早い者勝ち」と分かった時のあいつの足の速さは尋常ではない
誰よりも先に
光よりも早く
メリットを我が物にしようと神化する
ユニコーン
フェニックス
林野。
林野の「欲を掴まんとする意思力」は異質
それを忘れていた
何とかペースを変えなければならない
この“飛び合う”という計り知れないほどの無駄なやり取りを今すぐにでもやめなければならない
自分で飛んでおきながら今更だが
まともなケンカになっていない
泥の投げ合い引っ掻き合い
しょうもない意地の張り合いだ
しかもその勝負で負けているという。
目を覚ませ
じわりじわり勝ち星が林野に傾いている
“林野に勝つ”ということはこういうことではない!
多分林野の飛びが止むことはない
ならば
こちらが地に足をつけ
頭を使い
ブンブンと飛び回るこの大ネズミを叩き落とすしかない
ビビるな
対策はちゃんと用意してきた
◯
ユンには通常の弧を描くような飛びと
飛びの途中で角度を変えることのできる“急降下”という信じられないほど人を不快にする飛びの2種類がある
この2つの飛びを落とすにはこちらも2種類の対空を用意する必要がある
オレが使うコーディーというキャラは
ユンを対策するにあたって一つ強力な武器を持っている
「ラフィアンキック」という対空技だ
立ったまま片足の裏を天井に見せるように膝を曲げずに足を真上に蹴り上げる軟体技
このラフィアンキックはユンの通常飛びと急降下の2つに有効な対空技になっている
つまりは両対応。
しかもヒットすれば超必殺技にも繋げられるというオマケつき
しかしこのラフィアンキック
コマンドを入力してから実際に技が出るまでに時間がかかる重たい技になっている
相手の飛びを見てから入力するには猶予時間が短すぎる
入力が遅れれば当然相手の飛びをもろにくらうことになる
相当上に意識を集中させてやっと成立する技
さらにユンは飛びだけだではなく地上にも優秀な技を持っていてそちらにも意識を割かなければならない
スーパーマンの様に拳を前に突き出し相手に向かって突進していく技
地上でなぜそんなことができるのか。
くるりと横回転をして相手の攻撃を交わしつつ懐に潜り込むイナシ技
相手の懐に入る時はリスクを負ってほしいものだ。
この突進技とイナシ技を地上でカバーしつつ
飛んできた時だけラフィアンキックを出す
そんな芸当、今のオレにはせいぜい10回やって2回成功すれば良い方だろう
かなりの低確率だ
ただ
どんな小さなことでも対策は用意しておくに越したことはない
今林野は飛びに活路を見出している
勝てると踏んでよだれを垂らしながら飛んでくるだろう
今この時に限り
十中八九上から攻撃が来る
飛んで飛んで勝ち星を得たという成功体験
欲に従順な林野は簡単には止まらない
たとえ一度や二度飛びを落とされたとしても多分止まらないだろう
ただ“工夫した飛び”に変えてくるだけだ
つまりは急降下がくる
ラフィアンキックは両対応だ
飛んで勝ててしまったことが地獄への入り口だ林野
◯
「飛べば勝てる!」
「早い者勝ち!」
お前のその欲に従順なところは昔から変わらない
オレがまだお前と同じ喫煙者だった頃
お前はよく語りかけてきたよな
「一本いい?」
僕はもう一本も持ってません風な顔でオレにタバコをせびてみせる
有るのに。
キャッチボールをすればオレを座らせてピッチャーをやってみたり
チャリンコの二人乗りはいつもお前が後ろだったな
懐かしいよ。
自分のやりたいこと
欲しいものに忠実
その変わることのない性格は
きっと社会では邪魔になっていることだろう
自分を抑え込んで押し殺して何とかやりくりしているのだろうと想像がつく
しかし格ゲーにおいては個人の性格を抑え込む必要はない
むしろいくら抑え込もうとしても格ゲーをしている時は個人の性格は勝手に発揮されてしまう
林野の性格は強欲
強欲とは図々しさだ
その図々しさゆえにユンなどという人をコケにしかつ人から嫌われるようなキャラを涼しい顔をして使えるのだ
初心者のオレにゲームのやり方を一切教えず
罵り
勝利の美酒でゴクゴクとノドを鳴らす
林野とはそういう人間
林野とゲームをするということはそういうことだ
そして
オレはそれに助けられた
林野のこの図々しさがなければ鉄壁の守備を誇るオレと友人関係を続けることなど出来なかっただろう
少しでも近寄ってきた者はみなラフィアンキックで弾き返してきたオレだ
簡単には触れられない
近づけない
はずだった。
オレがリアルラフィアンキックを持っているのと同じように
林野もリアル急降下を持っていて
遠慮なく間合いに入り込んできた
言いたいことを言い
やりたいことをやる
土足で人の心に踏み入れる図々しさ
逆に
人に土足で踏み込まれるようなことをされても林野は明るい
土足で踏み込むかわりに土足で踏み込まれてもOKという清々しさ
ユンの強さを頼り、それに身を任せる
それを素直にできることに羨ましさすら感じる
良いと思ったものを誰にも気を使わずに良いと主張できる
それが例え強力な必殺技で対戦相手を不快にさせると分かっていても煽り付きで遠慮なくぶつけてくる
それがお前だ
自由奔放で何よりだよ
オレはお前の様にはいかない
遠慮なくぶつけることが怖い
言いたいことを表に出すことができない
お前と一緒に居て歯痒く感じていた
ゲームの勝敗以外でも日々お前に対しての敗北感は募るばかりだった
ゲームでもコミュニケーションでも勝てない
そんな冷えた地の底で弱々しく大の字になっているオレに手を差し伸べたのは
オレの中にある「疑う」という性格だった
とにかく疑う
自分を。
他人を。
誰も信じない。
本来ならこのどうしようもない性格は大きな足枷になる
特に社会では。
自分のことを信用しない相手を誰も信用などしない
人間関係など生まれるはずがない
当然周りには理解されない
されたくもなかった
だから表に出さないように自分ごと部屋に閉じ込めた
散々オレを苦しめたこの「疑う」という性格は
こと格ゲーという“コミュニケーション”においてはオレを助けた
相手の実力を疑い
自分の実力を疑い
相手の方が技術が上ということも
自分が弱いということも
絶対に信じない
とことん現実を疑った
気づけば
疑った回数だけ勝手に努力が積み重なっていた
否定したいと感じたすべてのことを実際に自分の手で否定してみせたかった
ゲームはそれができる
一つ何かを否定できた時は達成感を感じた
非常にひねくれている。
だからこそ続けられた
ひねくれているからこそ開けられる扉が格ゲーにはあった
お前が次に出したい攻撃は何なのか
ユンの強い攻撃はどうさばくのか
研究して研究してお前を否定したくてコツコツ積み重ねた
オレって案外真面目なんだなと初めて知ったよ
社会に出てるお前が自由奔放で
まともに働いたこともないオレが真面目
歪んでるよな
けどそれが真実だ
格ゲーをしている時は嘘をつけない
自分の性格を隠すことはできない
そして感情にも嘘をつけない
ムカつくと感じることも
楽しいと感じることも
素直に湧き出てくる
わざわざそれを押し殺す必要はなかったんだ
楽しいのなら笑えばいいし
ムカついたのならやり返すことだって出来る
その権利が全てのプレーヤーにある
林野
お前はあまりやり返す立場になったことがない
特にオレ相手には。
でも今少し分かるだろ?
やり返したくなるだろ?
だからラフィアンキックで飛びを落とされてもまだしつこく飛んで来るんだ
お前にそんな難しいことが出来るはずがないと
まだ飛びは有効なはずだと
今までオレに勝ってきた経験で今起こっていることを測ろうとしている
疑いたくなるだろ?
現実を。
お前があの日、オレに投げてきた怒りはオレを変えたよ
今は自然と怒りは感じない
感謝と達成感を持ってお前を見舞ってやる
今度はオレが、お前に投げる番だ。
次は必ず急降下がくる
通常飛びを落とした次は急降下に変えてくるという読み以上に
オレのプレーがマグレだということを林野は必ず証明しにくる
強い技で。
さっきのラフィアンキックでちょうど超必殺技のゲージが溜まったよ
「いつも勝つのは自分」という林野の怠慢
そして飛びに身を任せたその強欲
お前の性格を刈り取り
ユンの飛びを落とした
オレの勝ちだ
読み終わったら、ポイントを付けましょう!