改札口は3つあるが、小百合はそのまま和弥の後ろをついてくる。
「俺は飯食って帰る。委員長とはここはお別れだな」
「………あの、竜ヶ崎くん。私も……ついていっていいかしら?」
小百合は紅帝楼の時のように、和弥の袖を掴んでくる。
(いやいやいや……勘弁してくれ)
流石にここでそれを認めるわけにはいかない。しかし、振りほどくのも可哀想に思えてきた。
「わかったよ……その……邪魔しないならな」
「ありがとう。お母さんに、晩御飯は要らないって連絡するわね」
そんな和弥の言葉に、嬉しそうに笑いながらスマホを取り出す小百合であった。
(ったく……仕方ねぇなぁ……)
◇◇◇◇◇
駅前のタクシー乗り場からタクシーを拾い、店に向かう2人。
「心配すんな。俺が小学校の頃から通ってる店だ。
オヤジが夜の住民だったんでな。晩飯はここの女将さんに食わせてもらえって言われて、小学生の頃から良く通ってた」
和弥が小百合に説明しつつ、少し歩くと“美鈴”という看板を掲げた小料理屋についた。
「あら、和弥くん」
和服の上に割烹着を着た美貌の女将が、入ってきた秀夫を見て声をかける。
「どうも美鈴さん。お久しぶりです」
どうやらこの小料理屋は女将の名前である美鈴をそのまま、店名にしているようだ。
「あの、こんばんは………」
この手の店に入るのは慣れてないのだろうか。オドオドと挨拶をする小百合を食い入るように見つめた美鈴だが、感心半分に驚く。
「こんばんは。………あなた、ひょっとして双葉の娘さんかしら?」
「は、母を知っているのですか?」
驚く小百合に美鈴は答えた。
「知ってるも何も………私、双葉とは中学・高校6年間一緒だったから」
そのやり取りを見ながら、カウンター席に座る和弥。
「まあとにかく。委員長も座れよ。俺が嫌ならテーブル席でもいいから。
あと紹介する。この店の女将の美鈴さん。紅帝楼の店長の奥さんだ」
何か納得したような表情をしてから小百合は、何も言わずに和弥の隣に座るのだった。
◇◇◇◇◇
「ごちそう様でした」
「ごちそう様でした………美味しかったです」
美鈴の作ってくれた煮魚と和え物の定食を食べ終えた和弥と小百合は、美鈴に礼をした。
「お粗末様。本当にお口に合ったなら良かったけど………」
美鈴は謙遜するものの、昼もサンドウィッチだけだった2人には、本当に有難かった。
2人の食器を片付ける美鈴は、代わりにカウンターの上にお茶を出す。
「こんばんは。美鈴、和弥くんが来てるんだって?」
店内に入ってきたのは他ならぬ秀夫である。
「ええ。双葉の娘さんも、よ」
「は、初めまして」
しげしげと小百合を見つめる秀夫。
「こちらこそ、初めまして。………本当に双葉ちゃんそっくりだね」
半分感心したような表情をしながら、秀夫も和弥の隣に座った。
「しっかし、新一と双葉ちゃんの息子と娘と一緒とか………。僕まで高校時代に戻った気分だよ」
「本当よね………。双葉が電話で『新一さんの息子さんに会った!』って何度も大はしゃぎしてからまだ2週間も経ってないのに」
一瞬だが、小百合の表情が変わる。そういえば一度、双葉が妙に上機嫌だった事が会った。
(あの日、竜ヶ崎くんに会ったから?)
小百合はチラリと和弥の横顔を覗くが、相変わらず和弥は目線を合わせようとはしない。
「あの………秀夫さんも母や新一さんとは、高校時代から親交があったんですか?」
小百合の質問に、お猪口の酒をグイッと飲みほした秀夫は意を決したように答えた。
「僕も新一とは高校からの付き合いだよ。新一があの港町から東京に出る計画を立ててたのは、仲良くなって間もなく聞かされてた。
自慢じゃないけど、新一の東京での連絡先も教えてもらえてたのは僕だけだと思う。まぁ、僕も東京の大学に進学するからっていうのもあったけど。
双葉ちゃんに追及された時は、うっかりクチ割りそうになって危なかったよ」
「私も卒業当時は散々『秀夫さんは絶対に新一さんの連絡先を知っている』って何度も双葉に相談されたわ。
でもこの人も結婚するまでは遠まわしに聞いても『何も聞かされてない』の一点張りで………」
その後、小百合は母・双葉と新一を通じて美鈴が知り合ったこと、そして秀夫が東京の大学を卒業後、一流商社に就職し美鈴と結婚。
しかし投資などで儲けて早々と退職し、現在は雀荘『紅帝楼』と小料理屋『美鈴』、さらに投資コンサルティング会社を経営しているのを聞かせてもらうのだった。
「それじゃ、俺はこれで………」
立ちあがる和弥。一緒に小百合も立ちあがる。
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