龍子はゆっくりと手牌を倒す。
「ダブロンは無しにしておくべきだったな、竜ヶ崎。1,300」
(………ぐっ………三面張を捨てて………)
河にはニ索が捨ててあった。しかし麻雀は終わった時点で『点棒が100点でも多い者』が1位である。
わずかだが龍子がトップで終了になった。
「ふー。役満和了ってまくられたとなったら、本当に引退しなくちゃいけなかったな……」
流石に龍子もこの対局には相当神経を消耗したのか、一気に脱力したらしい。
緑茶を啜りながら、昭三も苦笑いを浮かべる。
「条件言えよ、先生。金なら週明けに………」
そう。和弥は龍子との“サシウマ”に負けたのである。しかしあいにく今日は現金は持ち合わせちゃいない。
「あいにくだが。私は西浦と同じで世間でいう“いいとこのお嬢様”でね。金ならいらんよ」
「んじゃ、何がお望みなんだよ」
少々語気を強める和弥に、龍子はニヤリと笑う。
「まあ簡単な話だ。キミには来年の高校選手権終了まで麻雀部にいてもらう。まさかイヤとは言うまい?」
その言葉に、和弥は頭を抱えた。
「チ………分かったよ」
(くそ……こうなると分かってたら、受けるんじゃなかったぜ……)
龍子は身支度を整え始める。
「さ。駅まで送って行こう」
小百合と2人で駅まで送ってもらったが、和弥は終始無言だった。
◇◇◇◇◇
(チ………。読みから何から全部負けていたな)
点数差以上に、和弥には悔しい敗北である。
「ねえ、竜ヶ崎くん」
電車内で小百合が、和弥に話しかけてきた。
「どうした?」
「………もう少し、詰めていいかしら?」
僅かに間を空けて座っていた小百合が、顔を赤らめて俯きながら和弥に問いかける。
「どうもなにも……どうぞご勝手に。この俺の所有物でもねぇしな」
嬉しそうに体を密着させる小百合。
立川南の男子生徒なら、とんだ勘違いをしてしまっているだろう。
思わず小百合の方を見てしまいそうになり、和弥も慌てて窓の外に目をやる。なんだか心の内を読まれてしまうような気がしたからだ。
そんな和弥の気持ちなど知る由もなく、小百合は言葉を続ける。
「竜ヶ崎くんも知っての通り………麻雀を賭けにする人って大嫌いだったの」
「最初に紅帝楼に来た時、そんな事言ってたな」
和弥が答えると、小百合は嬉しそうに微笑み頷く。
「うん。でもね……それとは別に、ずっと竜ヶ崎くんの麻雀を見ていて思ったの」
(………)
何か予感めいた気持ちを抱いた和弥だが、それは極力胸にしまい込んだ。
「貴方からもっと麻雀を教えてほしいし、それに私………竜ヶ崎くんともっと一緒にいたいっ!」
帰宅ラッシュと被らない時間で良かった。それくらい小百合の凛とした声は、車両内に響き渡ったのだ。
幸い数人しかいない車両内は、全員がスマホを弄るのに夢中になっている。
「おいおい。そんな大声で何を言い出すんだよ……。それに麻雀を教えてほしいって、U-16のチャンピオンが俺に何を教わるっていうんだ?」
「いやよ! だって……私……竜ヶ崎くんをもっと知りたいの……」
(やべぇ……)
和弥はそう思わざるを得なかった。なぜなら小百合の顔がみるみる真っ赤に染まっていったからだ。思わず顔を背けるが……。小百合は顔を真っ赤にしながらも、潤んだ瞳で和弥の顔を見つめ続けているのだった……。
「……着いたぞ」
2人は駅に到着した。
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