「リーチ」
7巡目。挨拶代わりとばかり、和弥はリーチをかける。10巡目。
「ツモ」
「メンタンピン・ツモ。ドラ1で4,000オール」
全員から4,000点をもらい、和弥の一本場。ドラは六索。
「なあ竜ヶ崎。麻雀は面白いか?」
第一打を切り出した和弥に、龍子は突然問いかける。そのまま昭三の切った中を鳴いた。
「………ああ、面白いですね。『上手くいった事と上手くいかない事の積み重ね。人生みたいなもんだ』。ミスを犯しても上手くいく時もあれば、完璧に打っても負ける事もある。ま、オヤジの受け売りですけど」
「ほぉ~………。新一さん、息子のキミにそんな事言ってたのか。でもそれは謙遜だろう」
ブラックコーヒーを一口飲んだ龍子は続ける。
「あの人、東京でも敵無しだったしな」
龍子には新一の過去───和弥には祖父にあたる人物、新一の親が毎日正気を無くすまで浴びるように酒を飲んでは暴力をふるう、アル中だった事を知らないのだろう。
『“親ガシャ”は大ハズレだった俺が、こうして大金を手にしている。分からんもんだ』
自分の父を思い出すのか、滅多な事では普段はアルコールを口にしない新一だった。しかし珍しく酔うと、口にしていた言葉である。
「そのオヤジの噂を聞きつけ、表プロがどんどん挑んできたそうです。秀夫さんによると『全員返り討ちにされた』そうですが。その中には当時人気絶頂だった、女性MJリーガーも挑戦してきたそうで」
「………」
急に無言になる龍子の横顔を、思わず見る小百合。龍子が顧問な事については綾乃から「昔は女流プロだったそうよ」と聞かされてはいた。龍子も「大した爪痕残せず引退した」と自虐しているが、実際打っているのは一度も見たことがなかったのだ。
「その女流プロ、あまりの強さに態度が悪いだの相手をリスペクトしてないだの、散々難癖つけられMJリーグどころか麻雀界そのものを追放されたそうですが。プロだった時は名前に引っ掛け、こう呼ばれてたそうですね」
静かに捨て牌を置く和弥。
「───無敵の龍、と」
「………ったく、秀夫さんも。そんなおしゃべりな性格はしてないと思ったが」
その龍子が切ったのは赤五索である。
(ここでドラ表………張ったかっ!?)
龍子からは、生気も感じないレベルでわずかな挙動も見せない。
(いや………何かおかしい。動画でこの人がプロだった頃の対局を散々見たが。親蹴りの為に5巡目でドラ表を切ってまで、中のみで和了るような人じゃない………)
もう一度、龍子の捨て牌を確認する。
(切り順がバラバラ………。2巡目で早くも自風牌の西を捨てている。全帯公にも対々和にも混一色にも思えるが)
それは横で見ていた小百合も、和弥と同じ考えだった。
(気になるのは白も發も、まだ一枚も見えてない事ね………)
綾乃や麗美とも違う、龍子から発散される“強者のオーラ”には小百合も圧倒される。
(こんな局面で、良く平然としていられるわね竜ヶ崎くんも先生も………。私なら耐えられないわ………)
8巡目。
「ポン」
今度は小百合の二索をポンし、手の内から出たのは………今度は一索であった。
(端から一索を切った。間違いねぇ、今度こそ張ったな。5巡目のドラ表切りって事は、それをする価値のある手って事だ。おそらく小三元・ホンイツ・トイトイの倍満。下手したら高目大三元まであるぞ)
しかし───次に和弥が掴んでしまったのは、生牌の發である。
(チッ………。よりによってこれが来るのかよ)
前局に親満を和了っている事もあり、ここは無理せずオリる事にした。「人生のようにいい事ばかりではない」のが麻雀である。
10巡目。龍子はまた牌を引き入れ、今度は九索を切り出した。
(くそ、まだ張ってなかったのかっ!?)
12巡目。
「お、高目がまだいてくれたよ」
和弥の願いも虚しく、龍子はパタリと手を倒した。
「せっかく親満を和了って、發も止めたのになぁ竜ヶ崎………。8,100・16,100」
こういう“悪い予感”は本当に良く当たるものである。まさに乾坤一擲の、龍子の大三元。東2局にして、和弥は大ハンデを背負う事になった。
「新一さんなら………平然と發を鳴かせて。タンヤオのみあたりで蹴り飛ばして、笑っていただろうな」
父・新一と比較された事に、流石にカチンと来る和弥である。
「………詠うのは南4局が終わってからにしろよ先生。まだ東場の真っ最中だぜ?」
不敵に笑う龍子に16,100点を渡し終えた和弥は、何事も無かったかのように収納口に牌を落としていく。
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