点棒を受け取りながら、紗枝は少々複雑な表情を見せた。
紗枝が麻雀部に入った理由の一つに、小百合の存在があった。男女個人総合のチャンピオンとの事だったが、今の甘い打牌には拍子抜けだったからだ。
紗枝がシラケた視線を小百合に向けているのは、和弥と小百合にも分かった。
しかし当の小百合は、それどころではない。
「勢いがある親は早めに殺せ」
小百合が麻雀やり始めた頃に教わった定石だが、そうは上手くいかないのが世の中である。
ドラは北。
全帯公か七対子。どちらを狙うにしても中途半端な配牌だ。
(倍満の後遺症かしら…?)
───小百合の率直な感想である。
久我崎とのトレマでの和弥の純チャンのように、一手も間違えなければクズ配牌でも大物手になる。しかし、あくまでそれはまさに“一手も間違えなければ”が大前提。
当然ながらその逆パターンもまたある。カンチャン・ペンチャンを処理したあとに面子完成牌をツモる、等というのは良く見る光景だ。
だが。諦めるには早すぎる。第一、東2局にして持ち点はもう9,000点しかないのだ。とにかく一度和了らないといけない。
そう思った小百合だったが、5巡目。
「よーし、リーチね!」
下家の由香が、ドラの北を切ってリーチをかけてきた。捨て牌は公九牌ばかりで、明らかに手なりの好形でリーチしたのが分かる。
実際由香の顔はウキウキとして、和了る自信に満ち溢れているのが明らかだ。
(現物以外はどれも危険牌としか思えない………)
まさにほぼ手掛かりのない状態だ。それを分かっているのか、今日子も紗枝も現物を合わせてきた。
小百合がツモったのは一萬。これで対子は四個という事になる。
(最初から全帯公か七対子以外、まともな役は目指せないのは分かってるわ………。
でも。ドラと一萬を捨てたら…。本当にもう、ギブアップしたも同然だわ)
大きく息を吐き、四萬に手をかける小百合。
『勝って嬉しい、負けて悔しいだけで済む麻雀に興味はない』
かつての和弥の言葉である。
その和弥が期間限定ながら、麻雀部に協力すると申し出てくれたのだ。無様な姿は見せられない。
(………負けて悔しいだけで済むこんな勝負、前に出ないでどうするのっ!)
迷いなく打・四萬を選択した小百合には、後ろで見ていた和弥も少々驚いた。
(ノーヒントだからこその全ツッパか。
感心しないがソリの合わない北条が、すぐに次の委員長の親を流しに来るだろうしな。
ここで踏ん張りたいなら、ノーガードの打ち合いも止む無しか)
次の巡、由香は六索をツモ切り。さらに8巡目も七索をツモ切り。今日子と紗枝も七索を合わせてくる。
小百合は九筒を重ねた。これで七対子のイーシャンテン。
由香の河には六索もある。七索が3枚見えてワンチャンスでもある九索を、ここで切った。
9巡目。八索が重なり、ついに小百合は追いついた。
(八萬はアタリかも知れない………でも。ドラを切って八萬単騎にするくらいなら、最初からベタオリしてるわっ!!)
「リーチ!」
小百合が点棒を置くと、卓から『リーチデス』という女性の電子音が鳴り響く。
これには和弥も、そして綾乃も正直平静を装うのに必死な状態だった。
(………まさか追いつくとは思わなかったぜ。しかしその捨て牌で、ドラの北を出してくれる奴がいるかどうか)
(ラス1のドラか……。由香ちゃんがもう一回掴んでくれるのを期待するしか………)
しかし和弥と綾乃の心配を他所に、11巡目。
「ツモ」
「裏はありません。3,000・6,000」
和了ったのは小百合だった。
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