「一方的に決めてるんじゃねぇよ。俺は明後日は………」
袖を掴んだ小百合の手を振り払おうとした和弥だが、指先からは小百合の決意のようなものを感じて、思わず躊躇してしまった。
「貴方のお父さん」
何でこの女がオヤジの事を話題に出すんだ………。和弥は小百合の口から父親の話題が出た事を、少なからず疑問に思う。
「俺のオヤジがなんだよ」
麻雀部に所属している小百合は競技麻雀、所謂“表の世界”の人間。“裏の世界”である高レート麻雀が主戦場だった父・新一に、詳しいとは思えない。
「竜ヶ崎新一さんは………ホームレスとの1,000点10円の勝負でも、決して逃げなかったって聞いていたけど」
「………………あンたに。オヤジの何が分かるってんだよ」
小百合は掴んでいた袖を離した。
「とにかく。明後日の放課後、一緒に部室にきて。いいわね?」
それだけ言うと、小百合はメンバーに「お騒がせして申し訳ありませんでした」と伝えて紅帝楼を出ていく。
(チ…。女ってのは勝手なもんだな。これで断ったりすると『男は勝手だ』とか騒ぐのもいるんだから。始末に負えねぇ)
◇◇◇◇◇
グラウンドでの野球部やサッカー部の、甲高い掛け声が響く校舎の一室。真剣な表情の女子生徒4人が全自動卓を囲んでいた。元々空き部屋だった教室に全自動卓を持ち込み、部室として使用しているものだ。言うまでもなく、立川南高校の麻雀部である。
「ロン。2,900。和了りトップで終了です」
「あちゃー…モロ直撃。ギリギリでさゆりんにトップとられちゃったか」
ロン宣言して手牌を倒した小百合の上家に座る、如何にもギャルと言った金髪のショートヘアの女子生徒が、自分の手牌を崩しながら頭をかいた。
まだ6巡目である。
小百合の逆転トップで、その半荘は終了となった。
「あーあ。やっぱお金かかってないと真剣になれないなあー」
「滅多な事を言わないで、南野さん」
小百合にたしなめられたショートヘアの少女、南野由香は全員の持ち点を点数表に記録した。半荘2回戦、小百合は2位とトップである。
「さっすがU-16のチャンピオンだね、小百合ちゃん」
今度は対面に座る、銀色にも見えるシャギーのルーズショートヘアが映える女子生徒が口を開いた。
1回戦目はトップだった、部長である3年生の白河綾乃である。
「毎回トップは部長かさゆりんじゃん。イヤになっちゃう」
「南野さんは常に大物手を狙い過ぎよ。だからスピード勝負で一歩及ばないんだと思うわ。それと、牌効率をもう少し勉強した方がいいと思うのだけれど」
「まあまあ小百合ちゃん。由香ちゃんの気持ちも分からなくはないよ。それより……そろそろ最終下校時間だよ。もう片付けよっか」
綾乃は使用していた牌を、アルコールを染み込ませた牌掃除用のウエスで拭き始める。それが終わると牌を収納口に落とし、今度は競り上がった牌を新たに拭き始めた。
一方で小百合の下家に座った、セーラー服の上からも分かる超爆乳のツインテールの少女は連続で3位に終わり、口をへの字に曲げている。
小百合や由香と同じ2年の、北条今日子だった。
立川南高校の麻雀部は設立からまだ2年少々であり、昨年の高校選手権では小百合がU-16の個人総合で優勝したが団体戦は初戦敗退。それ以外は他校とトレーニングマッチも組んでもらえない、弱小麻雀部である。なので活動内容はこうやって4人で打つ以外、今のところないのだ。
実は麻雀部の設立を言い出し、ここにある全自動卓も備品も全て綾乃が提供したものである。立川南に多額の寄付を収めている綾乃の両親の機嫌を損ねる事を恐れた理事達が、麻雀部の設立に反対した保護者達を懸命に説得したという背景があった。
「だってあたし、細かい計算とか苦手だし………麻雀って流れが大事じゃん?」
「大物手ばかり追求しても、和了れないなら何も意味はないよ。そこは西浦さんに同意。てか由香には何度も言ってるじゃん。麻雀にツキや流れなんてないって」
大人気オンライン麻雀ゲーム『鳳凰荘』の十段である今日子は、帰り支度を始めながら由香の言葉にムッとした表情を見せる。
「でもさ。毎日こうして打ってるけどさ。それでも団体戦には後一人足りないよね部長」
こちらも通学カバンを持ち帰宅の準備をしている由香は、そんなことを口にした。
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