立川南の控室ドアを、激しくノックする者がいる。
「あ、いいよ龍子先生。私が出るから」
立ち上がろうとした龍子を手で制し、ドアに向かう綾乃。
「はいはい、どなたですか~?」
ドアを開けた前に立っていたのは、準々決勝進出を決めた久我崎の部長・麗美である。
「ありゃりゃハナちゃんか。準々決勝進出おめでとう」
わざとらしい笑顔を作る綾乃だが、麗美も薄ら笑いを浮かべるのみだった。
「入っていい?」
「うんいいよ。ついでにハナちゃんもコーヒー飲む?」
麗美は綾乃の淹れたコーヒーを飲みながら、立川南との準決勝について語り始めた。
「マジで、準決勝まで綾乃のとこと当たらないのを祈るよ。そして決勝進出は間違いなく我らが久我崎になるだろうね」
それを聞いた綾乃が両手の平を上にし「ヤレヤレ」のポーズをする。
「ウチにトレマで負けたくせに~……」
そんな綾乃を笑顔で見つめる麗美だ……。
しかしそれは余裕か? それとも何か他に理由があるのか? 麗美以外は誰にも分からない。
(ん……?)
またもドアをノックする音。
「いつからウチはこんな忙しい学校になったんだよ」
「まあまあ竜ヶ崎。嫌われるよりはリスペクトされた方がいいと思うぞ」
愚痴を零す和弥を、さすがにたしなめる龍子である。
「あ、先生。私が出るから大丈夫」
またも立ちあがり、ドアに小走りに向かう綾乃。
「はいはい、今開けまーす」
立っていたのは───眼鏡をかけたボブカットの少女。神奈川県東地区代表の陵南渕高校部長・発岡恵だった。
「ありゃりゃ、恵ちゃんまで。優勝候補2校の部長が訪ねてくれるなんて、ウチも有名になったもんだね」
「相変わらずね、白河さんは。私はむしろ今回狙いたいのは個人戦なんだけどね」
恵はチラリと和弥を見る。
だが和弥は、そんな視線など何処吹く風といった様子でコーヒーを飲んでいた。
「そんな目が笑ってない笑顔で睨むなよ。こっちはウチの顧問に完全競技ルールで叩きのめされて、自信喪失だってのに」
(ダブロン無し頭ハネルールだったら、竜ヶ崎くんの和弥の勝ちだったはずなのに………)
勿論和弥流の自虐ジョークだろうが、聞いていて小百合は複雑な気分になった。
「さてと……私はそろそろ部員引き締めて、綾乃達の対局の見学させてもらうわ。頑張ってね、綾乃」
コーヒーを飲み終えた麗美が立ちあがるが、恵に呼び止められた。
「待って、花澤さん。私も今いく」
麗美の後を追うように、立ちあがった恵。
「本当に2校とも勢いあるなー……」
そんな様子を見ていた綾乃が、そんな事を呟いていた。
和弥達の立川南以外の試合が全て終了した。あとは立川南が準々決勝進出を決められるか、である。
「それじゃ、俺らもサクッと準々決勝決めて帰ろうぜ」
麗美が控室から出ていく。続いて恵も。
龍子が見送りに行こうとした時、ふと和弥に視線を向けた。
「……竜ヶ崎。お前は彼女達に何かないのか?」
「やめて下さいよ。彼女らは今はまだ敵なんですから」
2校とも準々決勝進出が決まったのなら、別に行かなくてもいいかと思ったのだ。
「行って来たら? せっかく2人が来てくれたんだし……。ありゃ明らかに竜ヶ崎くんに会いに………」
綾乃の声を遮るように、首を横に振る和弥。
「今更労いの言葉をかけてもしゃーないでしょ。それより俺らもサックリ勝って、ベスト8進出きめましょうや」
今は次の戦いに集中する時。和弥にはその気持ちしかなかった。
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