「ほうっ!? 入部してくれるのかねっ!!」
和弥を呼び出した、生活指導担当で麻雀部の顧問である東堂龍子は、驚きと喜びが混じった、所謂歓喜の表情で和弥を見つめる。
「但し、ジムに行く日もありますんで。毎日は無理ですが」
その和弥の返答に、龍子は若干渋い表情を浮かべた。
週に数回、放課後ジムに行く事が和弥が入部条件となると、麻雀の練習時間は必然的に短くなる。それは龍子にとって非常に痛い事であった。
しかし、今はこちらが勧誘している側だ。贅沢は言ってられない。他の部員、特に小百合からは「雀力は飛び抜けている」との報告があったのだから。
それに高校選手権までという期限付きなら問題あるまい……。そう思い直した龍子は、すぐに気持ちを切り替えた。
「分かった。その条件でいいだろう。入部届だ。これにサインして、また私の所に持ってきてくれ」
和弥は黙って入部希望届を受け取る。
「キミの名前と、保護者の………」
そこまで言いかけて、龍子はハッとした。
「すまん。キミには御父上はもう……」
「気にしないで下さい。じゃあ………保護者は秀夫さんでもいいです?」
「ああ。構わんよ」
そう答えると、龍子は机の中から一枚の紙を取り出した。入部届である。その保護者サイン欄に、『本間秀夫』とペンを走らす。
「事後承諾になるが、秀夫さんには私から後で連絡しておく。それではこれでキミは麻雀部部員だ。よろしく頼むぞ」
そう言うと龍子は和弥に向かって右手を差し出すが、和弥はその手を握り返す事はしなかった。
「おいおい、冷たいな。教師として傷ついたぞ」
「………握手はもうちょい待って下さい。握手ってのは相手を信用して、初めて成立するもんですから。上っ面だけの握手なんて、今はしても意味はないでしょう?」
流石の龍子も、これには苦笑いを浮かべる。
「分かった分かった。いつかキミがちゃんと握手してくれる教師にならないとな、私も」
◇◇◇◇◇
「という訳で、今日から2年A組の竜ヶ崎和弥くんが、麻雀部に正式に入部してくれる事になりましたー! ドンドンパフーパフー♪」
相変わらず人を食ったような、綾乃の態度である。
「ま、毎日は無理だけどな。どうかよろしく」
挨拶する和弥に小百合は安堵の笑みを浮かべ、由香も「やったー!」と両手を挙げて喜んだ。
先日和弥にボロ負けした今日子だけは、目線も合わせずムスッとしている。
「まあまあ今日子ちゃんも。これで選手権の団体戦に出られるんだから。もっと嬉しそうな顔をしなさいって」
今日子を見て慌てて宥める綾乃。ようやく5人揃った反面、部長として色々気苦労は増えそうだ。
「あたしは認めませんよ部長! なんでこんな男………」
「勝手に吠えてろ。あンたに認めてもらいたくて、俺は麻雀部に入ったんじゃねえ」
和弥のこの言葉に、今日子は血が逆流するような錯覚に陥った。
しかし反論出来ない。彼のいう事はもっともだからだ。
(いい気になるんじゃないわよっ!)
心の中で悪態をつきつつ、部室から飛び出してしまう。
「あー。気にしないで和弥クン。今日子、この前和弥クンにボロ負けしたのがよっぽど堪えたみたいだし。
今日子みたいな『鳳凰荘』の高段位プレイヤーってさ。『鳳凰荘の段位だけが正義の世界』みたいなとこあるんだよね」
今日子とは普段仲のいい由香ですら、さすがに今日子の態度には呆れたらしい。
「は………。別にいいけど。俺にいわせりゃ、あれが団体戦のメンバーで大丈夫なのか? って感じだぜ」
実は内心今日子を強いと思った事など一度もない小百合も、和弥の言葉に同意せざるを得なかった。
◇◇◇◇◇
その日の夜、東堂邸のリビングにて───龍子のスマホの着メロが高らかに鳴った。秀夫からである。龍子は迷う事なく電話に出た。
「やあ秀夫さん。丁度良かった。実は頼みたいことがありましてね………」
『ああ。和弥くんの事だろ? 僕もそれで電話したんだ。保護者なら僕がなってあげるよ』
「助かります。では竜ヶ崎がサインをした入部届を、明日にでも秀夫さんに発送しますので。印鑑だけお願いします」
頭脳明晰なだけではなく、察しもいい秀夫のおかげで龍子もホッとする。
『それにしても、さ』
「はい?」
『教師になる、と言い出した時はどうなるかと思ったけど。龍子ちゃんもしっかり先生頑張ってるようだね』
秀夫の一言に、龍子は苦笑いせざるを得なかった。
次回より、第二章です。
尚次回より火・木・土曜日の更新となります。
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