「もう止めておいた方がいいんじゃないですか」
目線を合わせずカフェ・オレを飲みながら、和弥は思わず呟いた。
「なんだと………」
眉を吊り上げる南野だが、和弥は平然と続ける。
「あンたの薬指の痕………それ結婚指輪の痕でしょ?
しかも直前まで着けていたって俺が見ても分かる。って事はそんな大切なモノを売っても、ここで打つ見せ金を作れなかったって事だ」
「何が言いたいんだ餓鬼………」
流石に南野はワナワナと震えていた。
秀夫も不動産屋も薄っすらとは気が付いていたが、あえて口には出さなかった指輪の痕である。
「離婚した訳でもないならあンた、まだ家族いるんだろ。
あンたが負けて家無くすのは別に自業自得だ。でも家族はどうなる?
あンたの馬鹿に付き合って住むとこまで失うんですよ?」
「偉そうなクチを叩くなガキ! これから連勝するっ!!」
どう見てもハタチにも満たない若僧である和弥のこの態度には、同卓している不動産屋の社長も眉を顰めた。が、秀夫だけは和弥の気持ちは分かった。
『麻雀打ちってのは一旦卓に座ると人の声なんか聞こえちゃいねぇし、周りも見えねぇ。頭にあるのは相手と金だけ。それで背負った義理も大切なモンも忘れて、不義理ばかりが増えていくんだ。
和弥、お前はそうなるなよ?』
父・新一の言葉がふと和弥の脳裏をよぎった。
今の和弥には麻雀部という“守るべき存在”“背負っていくべき存在”がいる。
そう考えると、南野のこの態度には正直我慢ならなかった。
しかし───
「和弥くん、もうそこまでにしておきなさい。それこそ余計なお世話ってもんだよ」
南野の怒りが伝わったのか、秀夫が和弥を諫めて割って入る。
「それじゃあ南野さん。あと2回戦だけ付き合いますよ。でもパンクしたらその時点で終了です。いいですね?」
続く5回戦目。
無理に大物手を狙い続ける南野は全て小手でかわされまくり、ダントツの最下位のまま南4局へ。
とはいえ最後の親も南野であるが、捨て牌からしてもう筒子染めなのは分かった。
(それにしても末期症状だなこのオッサン………。ここまで負けてりゃラス親じゃ、まずは連荘狙いだろうに)
心底呆れる和弥だった。
案の定、捨て牌には萬子が順子になっている。抱えていれば、とっくにテンパイできていたであろう。
チグハグなツモに、南野自身もイライラしてきてるのが分かった。
結局───南野はこの半荘もラスだった。
「た、頼む本間………あと200万………200万だけ………」
俯きながら、涙ながらに秀夫に金を無心する南野。
「いい加減にしなさい南野さん」
秀夫はため息をつくと、南野がコーナーに置いた権利書をしまった。
「これは担保として預かっておきます。
彼らへの支払い分は僕が立て替えておきますので、無期限・無利子の“ある時払い”でいいから返して下さい」
「秀夫さんの言う通りだ」
残りのカフェ・オレを飲み干した和弥が、伏せて泣いているのが分かる南野にいう。
「ツキも無ぇし、技術も知識も全くアップデート出来てないと来た。
今のあンたじゃ、やればやるだけ負け分がかさむだけです」
南野はもうすすり泣くだけで、何も言わない。
結局この日はお開きになり、以後秀夫への借金を返済するまで南野は「出禁」という形に収まった。
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