「はい、チーズ」
カシャッ、という電子的なシャッター音。
三葉のスマホに雑巾がけをする純夏の姿が保存された証だ。
「んー、いい写真♪ また1つカラスくんのやらかしシリーズが増えてしまったわね」
「来週の部誌では今までのやらかしを特集したらどうだ、烏丸」
どうやら純夏は以前にも何かしらの不祥事を起こしているらしい。
確かに純夏はそそっかしい印象があり、シリーズと称されるほどやらかしていても不思議ではない。
「あの、ミツ先輩。これ拭いても拭いても色が落ちないんスけど……」
「つべこべ言わずに色を落とすのよ。床のクリーニングなんてすることになったら、被写体に使うお金が減っちゃうんだから」
被写体というのはお菓子やジュースのことだろう。
写真部ならばカメラやフィルム、プリントに部費を使うのが普通という思考はアップデートしておくべきかもしれない。
「いやでもこれ、さすがに無理があるというか……そもそも俺はジュース零してないんスけど……」
「え? でも烏丸くんがジュースを飲んだんでしょ?」
「そうだけど、俺は飲んだだけだよ。PC作業をしながらジュースを飲んでて、その後飲みかけを机の上に忘れていったんだ。だから、俺はジュースを零してない」
「……それ、本当?」
もしも純夏が真実を話しているのなら、ジュースを零した人間が他にいるということになるが……。
「気にしないでいいわよ、思音くん。カラスくんね、ペットボトルの蓋をちゃんと締めないクセがあるの」
「烏丸、前にもミーティング中に飲み物零してたよな。あれはやらかしのナンバーいくつだったか……」
「ナンバー5ね。ちゃんと写真も保存してあるわよ」
「ぐっ……で、でも俺が零してないってことにはなるじゃないスか」
「……烏丸くんが蓋を締めていなかったのなら、烏丸くんが零したのと同じだと思うよ」
何かしらの揺れにより、机の上のペットボトルが倒れたのだろうか。
飲みかけのペットボトルであれば不思議でもないかもしれない。
「とりあえず、事件はこれで解決ってことで。なんか部活する感じでもないんで、僕はもう帰りますね。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! だから俺はプリンは食べてないんですって!」
「もういいって……相田さんもそうですよね?」
「んー……」
「相田さん……? まさか、僕を疑ってるんじゃないでしょうね」
「いや、私はカラスくんを疑っているわ。そこはずっと変わってない。思音くんを連れてきたのも、犯人捜しというよりは、カラスくんが白状しやすくなるように問い詰める人数と探偵の肩書きが欲しかったからだし」
どうやら、最初から探偵には真相究明なんて期待されていなかったようだ。
『言ってくれるねぇ、この女』
『仕方ないよ。所詮ボクは高校生で、探偵だってただの同好会なんだから』
「ただ、カラスくんが犯人なんだったらここまで強情にならないんじゃないかって……。むしろ、人の物を勝手に食べるのもカラスくんらしくないと言えばらしくないし……」
「ミツ先輩……」
三葉もシオンと同じ感想を抱いているようだ。
純夏とシオンは今日知り合ったも同然の仲ではあるが、どうしても盗みをするような人間とは思えない。
部員として付き合いのある三葉が同意見なのであれば、この直感にも現実味が帯びてくる。
「……僕なら平気で人の物を盗むと?」
「そういうことじゃ――」
「そういうことでしょうよ! 烏丸じゃないなら、ボクしかいないでしょう!」
「っ!」
嶺二の怒号が飛んだ。
今までクールだった印象とは裏腹に、激情を露わにして。
「……すいません。取り乱しました」
「うっ、ううん……。私こそ無神経だった……ごめん」
今まで快活だった三葉の姿が、今は少しだけ小さく見えた。
嶺二の迫力に萎縮してしまったのだろう。
この場における年長者であろうと、彼女は未成年の女の子だ。
『気まずい空気だねぇ……。どうする? 名探偵』
『そんなこと、決まってるよ。探偵は真実の味方……でしょ?』
シオンは歩み出た。
嶺二の正面に、立ち塞がる様に。
「……なに?」
「倉持先輩の話を聞かせてください」
「キミまで僕を疑ってるってわけ?」
「ボクは探偵ですので」
シオンの背後で口笛が鳴らされた。
「……」
シオンと嶺二の視線が衝突し、睨み合い、先に視線を背けたのは嶺二だった。
「……はぁ。いいよ、話してやるよ。別に、やましいことがあるわけでもないしね」
嶺二は不機嫌そうに持っていたカバンをテーブルの上に放り投げると、ドカッと椅子の上に腰を下ろした。
長い髪の隙間から覗く切れ長の目。
その瞳はシオンを冷たく見据えていた。
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