「僕は相田さんが鍵を持ち歩いてると思ったんだ。だから後は部長に任せることにして、電気だけ消してその日は帰ったよ」
「……ほんとう?」
訝しむような三葉の視線が嶺二に向けられる。
「なんですか……。また疑うんですか?」
「んー、だって私の戻る直前に部室を出たのがレイくんなんでしょ……?」
もしも嶺二が鍵を持ち帰っていたのだとしたら、わざわざその日部室に居たことを話さないだろう。
自身が疑われるだけなのだから、誰も憶えていないのなら黙っていた方が都合がいい。
嶺二は疑わしくないとシオンが話そうとした寸前で、純夏が口を開いた。
「でも、俺も嶺二さんと同じ状況になったら多分そのまま帰ると思いますよ。というか、少なくとも写真部はみんなそんな感じっスよね? 鍵の管理が杜撰と言うか……」
「そうなのよねー……。一年経っても学ばないわね、私たち……」
シオンが助けるまでもなく、嶺二への疑念は薄まったようだ。
『どうだ? シオン。誰が合鍵を作ったのかわかりそうか?』
『それはわからないけど、でも気になることがあって……』
『へぇ?』
問題は、嶺二が帰宅した後に鍵がかけられたことだ。
どうしてこのタイミングで犯人は鍵をかけた……?
「きっと、こういうことじゃないですか?」
深く思考に潜ろうとしたシオンの意識を、津の声が引き留めた。
「おそらく、鍵を誤って持ち帰ってしまった部員が途中で鍵をかけ忘れたことに気付いたのでしょう。そのタイミングがちょうど倉持君の帰った直後だった。そのために、相田さんだけが締め出されてしまったんです。そして、鍵をかけた部員は職員室に返すのを忘れ鍵を持ち帰ってしまった。鍵が紛失した経緯はこんなところでしょう」
「んー……確かにそれなら筋は通ってるかも……」
津の推論に対し、三葉は肯定的な態度を見せている。
一方で、嶺二は納得がいっていない様子だ。
「そんな阿保なことする人、うちにいましたっけ? 烏丸はまだ入学してもいないですよ?」
「俺だってそんなことしないっスよ!」
「ほら、もう卒業しちゃったけどたぐっちゃんとか?」
「田口先輩……確かに抜けてる印象はありましたけど……」
シオンは田口先輩とやらの人柄は知らない。
しかし、田口先輩がどれほど間の抜けた人物であろうと津の推論に納得なんてできない。
鍵をかけ忘れたことに気付き、部室へ戻って鍵をかけて、肝心の職員室への返却は忘れる。
これは結果をなぞっただけの都合の良すぎる推論だ。
『だったら、反論すりゃいいじゃねえか。てめぇの推理はちゃんちゃらおかしいぜって、この紳士ぶった面に言ってやれよ?』
『いや、その……。先生に対して面と向かって反論するのはちょっと……気が引ける』
『ヘタレだねぇ……。シオンが童貞卒業する日と初逆レされる日はきっと同じだろうなぁ』
決してシオンは年上の人間に対して臆しているだけではない。
シオンは津の推論には納得していない。
しかしだからといって、反証できるかは別の話なのだ。
人間の行動原理は全てが論理的というわけではない。
特に忘却というのは決して制御できるものじゃない。
だから、鍵を返却することだけを忘れた可能性をあり得ないと断じることはできない。
鍵が紛失したのは故意だったのか否か。
故意だったとして、何故犯人は嶺二が帰宅した後に鍵をかけたのか。
シオンの中で渦を巻いている状況への違和感。
これがなんなのかわかれば、何か答えが見つかるのかもしれないけれど……。
「……そういえば、佐藤先生もあの日部室に来てましたよね。何か知らないんですか?」
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