「……どういうこと?」
困惑の声を漏らしたのは三葉だった。
三葉だけではなく、嶺二と純夏も戸惑っている様子が見て取れる。
「烏丸、ジュース持ってたのか?」
「持ってるわけないじゃないスか」
「え!?」
今度は津が驚きの声を上げた。
津は純夏が緑色のジュースを持っていたと言っている。
純夏は緑色のジュースは持っていなかったと言っている。
二人の意見は矛盾しているが、どちらが正しいのかは明らかだ。
緑色のジュースは三葉が朝に部室へしまっている。
まだ部室にも入っていない、鍵を職員室から持ち出した段階の純夏がそのジュースを持っているわけがない。
「佐藤先生、どういうことですか?」
「えっと……見間違えたんですかね? すみません、そこまで注意深く見ていたわけではありませんので」
日常を細かく観察し、逐一記憶している人間なんていない。
津が記憶違いをしたという言い訳も、決して完全な嘘ではないだろう。
もし嘘を吐けるほどに記憶が鮮明だったなら、バレにくい嘘を言えたはずだ。
ここで重要なのは、どうして津が純夏がジュースを持っていたと思い込んだのかだ。
『心理学染みてきたなぁ。わかるのか?』
『……一度、ジュースに関わる情報を整理してみよう』
・ジュースは全部で10本あり、三葉が朝に部室の冷蔵庫へ入れた。
・純夏が昼休みにジュースを1本取り出し、飲みながらPC作業を行なった。
・純夏は部室から出る際に机の上にジュースを忘れた。
・放課後、ジュースは机の下に零されていた。
『んで? 整理した後はどうすんだ?』
『この中から、思考するべき情報を選択する』
『ほうほう……それで? 結論は?』
『…………どうしてジュースは零れていたんだろう』
『どっかの阿呆がキャップをちゃんと締めてなかったからだろ? 忘れたか?』
“ 気にしないでいいわよ、思音くん。
カラスくんね、ペットボトルの蓋をちゃんと締めないクセがあるの ”
憶えている。
それは確かに三葉と嶺二の2人が証言している。
しかし――
『……犯人は、机の上に残されたペットボトルを目撃してるはずなんだ』
純夏が犯人でなく、嶺二も犯人でないのなら。
犯人が入室したのは純夏が部室を出てから嶺二が入室するまでの間だ。
犯人が昼休みの後に部室に入ったのなら、ペットボトルの上に残された飲み掛けのジュースを見ていてもおかしくはない。
『そもそも、どうしてジュースは零されたまま放置されていた……?』
何かしらの揺れにより零れたのなら、誰かが気づくまで放置されていたことにも頷ける。
しかしもしも誰かが零したのだとしたら、どうしてそれを放置していたのか。
『ふんふん……で、どうして放置されてたんだ?』
『……証拠が残るからだ。第三者が部室に入った証拠が』
零れたジュースを片付ければ、ジュースを零した証拠は消える。
そして代わりに、ジュースを片付けた証拠が生まれる。
正規の手段で部屋に入った人間であれば、そんな証拠は歯牙にもかけない。
しかし不正を働いているのならば、決してそれを見過ごすことはできない。
『ジュースは何かしらの揺れで零れた可能性はある。けど、犯人が零した可能性もあるんだ。犯人である先生は部室に残されたジュースを目撃したことにより、烏丸くんとジュースを結びつけて勘違いした可能性が高い』
『可能性が高い、だけじゃ証拠にはならねぇな?』
『だったら、先生がジュースを零した証拠を見つければいい』
『クックッ、その様子だともう目星は付いてるみてぇだなぁ……教えてくれよ?』
『それは――』
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