「食べていませんよ。私は確かに合鍵を使って入室はしましたが、相田さんのプリンは食べていません。私が入室した時には、既に空の容器がテーブルの上に転がっていましたよ」
淡々と津は三葉からの質問に答えた。
合鍵を使って入室はしたが、プリンは食べていないと。
「……それを、信じろって言うんスか? 先生」
敵意剥き出しの眼差しが純夏から津へと向けられる。
純夏の反応は当然だ。
津の言葉が真実ならば、プリンを食べたのは純夏以外にありえない。
「信じられませんか? 烏丸君」
「無理に決まってるでしょうよ。だったら、先生はなんで合鍵使ってまで部室に入ったんスか?」
「USBメモリを取るためです」
そう言って津はノートPCに刺さっているUSBメモリをトントンと指で叩いた。
「USB……あっ!」
純夏が何かを思い出したように声をあげると、津は満足げに微笑んだ。
「思い出しましたか? 烏丸君、君が昼休みにPCで作業をしている時です。部室のPCには私のUSBメモリが挿しっぱなしになっていませんでしたか?」
「……烏丸くん、そうなの?」
シオンが声をかけると、烏丸は頷いて肯定した。
「……先生、しょっちゅう部室のPCにUSBメモリを挿しっぱなしにしてるんだよ。いつものことすぎて、全然気にしてなかった」
嶺二と三葉の様子を窺うと、2人も純夏の言葉に同意を示している。
項垂れる純夏を前に、津がわざとらしくおどけた調子で話し始めた。
「いやー、私の悪い癖なんですよ。ついUSBメモリを抜くのを忘れてしまう。でも、あまりに何度も繰り返していると、近藤先生からの心象が悪くなってしまいますから。顧問が部室を利用しすぎるのは良くない、と。ですので、今日は合鍵を使ってこっそりとUSBメモリを取りに行ったんです」
「無用心なんですね。USBメモリをそんな頻繁に置いていかれるなんて。中身を見られても困らないんですか?」
「パスワードをかけていますから、私以外の人間には中のデータは閲覧できません。仮に紛失したとしても、中に入っているのは部室のPCからコピーした画像データだけですので、問題もありません。現に一度烏丸君に粉砕されていますしね」
シオンからの嫌味にも、津は涼しい顔で答えてみせた。
容疑者であることは変わらないというのに、なんとも余裕な態度だ。
「……でもっ、信じられないっスよ! それだけ好き勝手やっといて、プリンだけは食べていないなんてそんな言い分通るわけない!」
「食べていないことを証明しろと? それはまた悪魔のようなことを言いますね。私の胃を開けば、もしかしたらそれも可能かもしれませんが……。開いてみますか?」
「ぐっ……!」
津は完全にこちらを煽りに来ている。
プリンを食べた証明なんてできないと分かりきっているかのように。
『クックッ、もう生徒からの好感度なんていらねぇってか?』
『食べた証明も、食べていない証明もできていないから、先生はずっと容疑者止まりなんだ。信頼があってもなくても、無罪にも有罪にもできない』
それはつまり、嶺二と純夏と同じ立場であり、真逆の立ち位置でもある。
純夏と嶺二は怪しくはないが、状況的に容疑者から外せない。
津は怪しくはあるものの、状況的に犯人とは断定できない。
「そもそも、どうして教師である私が生徒の所持品であるプリンを食べるのですか? 動機は言えるのですか?」
津の問いかけに答えられる人間はいない。
例えプリンがレア物であろうと、津は教師だ。
同じ盗み食いであろうと、生徒と教師ではその重みが違いすぎる。
「……答えは出ないようですね。では、そろそろお開きでもいいでしょうか? 教師として生徒の課外活動に付き合ってあげたいという気持ちはありますが、まだ仕事も残っていますので」
そう言うと津が席を立った。
まずい。
ここで逃してしまえば、この事件は迷宮入りとなる可能性が高い。
サナとの契約上、それだけは避けなければならない。
「っ……合鍵の件、近藤先生に報告してもいいんですか?」
「構いませんよ。ただ、私はそれについては否定しますし、近藤先生相手に同じ証明が使えるとは思わないことです。汚れたスーツも、実はこの校内にはもうないんですよ」
「なっ……!」
「合鍵のことは、君たちに変な疑り方をされるよりはマシだと思い話したに過ぎません。わかりますか?」
つまり、舐められているのだ。
多少の情報を漏らそうとも、いくら疑われようとも、証明だけはできないと思われている。
「もう十分ですよね。それでは――」
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