張りつめた空気。
伸びきった糸が切れてしまうように、ついにふたりが衝突するのではと思われたその時。
突然軽い音が鳴り響いた。
「えっ!?」
音の発生源にはスマホを構えた三葉が立っていた。
突然の音はスマホカメラによる撮影の音だったようだ。
「……カラスくんも、レイくんも見て。これを見て、それでもまだ喧嘩するって言うなら、私はもう知らないから」
ふたりに向けられたスマホの画面。
そこに映っていたのは先ほどまでの純夏と嶺二だった。
敵意を剥き出しにした瞳。
今にも殴り掛からんと握りしめられた拳。
互いに睨み合い、憎み合うその姿は、見ていて気持ちのいいものではなかった。
「っ……」
「……」
しんと静まり返った部室。
すん、と涙をこらえる音が三葉から聴こえた。
「……。すんません、嶺二さん。熱くなりすぎました」
「……僕も、濡れ衣を着せられたと思い込んで熱くなってしまった。悪かったよ」
どうやらふたりが殴り合う展開は避けられたらしい。
さすがは部長というところだろうか。
あそこまでヒートアップした2人を写真一枚で宥めてみせるとは。
『役立たずだったなぁ、シオン』
『それはサナも同じでしょ……』
「それじゃあ、一度ここまでの話を整理しますね」
・朝、三葉がジュースとプリンを部室に持ち込んだ
・昼休み、純夏が入室しジュースを1本冷蔵庫から取り出した
・純夏がジュースを机の上に放置し退室した
・嶺二が入室するとテーブルの上にプリンの空容器が置いてあった
・嶺二は自分のカメラを鞄から取り出し、空容器を鞄の中にしまった
・三葉が入室し、プリンの消失を確認した
「こんなところでしょうか」
「……本当に烏丸じゃないのか?」
「まだ言うんスか?」
「そりゃそうだろ。僕じゃないんだから」
「んー……思音くんはどう思う?」
「そうですね……。結論から言うと、ボクはどちらも犯人ではなさそうだと思っています」
「……十八女君は僕を疑ってたんじゃないのか?」
「それは烏丸くんは犯人じゃなさそうな気がしてたので、仕方なく疑ってただけですよ」
「仕方なくで僕を疑ってたのか……」
『ひでぇ探偵もいたもんだなぁ?』
『サナは黙ってて』
「でも、シオンくんはレイくんの嘘を暴いてたじゃない? それなのに、いまは怪しくないの?」
「嘘は吐いてましたけど、それでもやっぱり相田先輩に会った直後にプリンを食べるとは思えないですよ」
この事実がある限り、嶺二は論理的には犯人ではありえない。
「じゃあ、烏丸はどうなんだ? 疑ってない理由は直感だけなのか?」
「最初はそうだったんですけど、いまは違います。烏丸くんが犯人なら、わざわざテーブルの上に空容器を残す意味がないと思うんですよ」
「……濡れ衣は?」
「レイくん?」
「でも相田さん、その可能性を否定できないでしょ」
「それは、そうだけど……」
「否定はできないですけど、でもやっぱり証拠品を残すリスクは大きいと思います。リスクを負ってでも濡れ衣を着せたいのなら、自分は絶対に疑われない位置に入りたいはずです。今回だと烏丸くんは容疑者筆頭ですから、濡れ衣を着せようとした線は考えにくいですね」
犯人が濡れ衣を着せようとしたのだとしたら、一番犯人像に近いのは三葉だ。
自作自演ならば、ほぼ間違いなく自分は疑われずに誰かに罪を擦り付けることができる。
もちろん三葉がそんなことをする意味はないため、この考察にも意味はない。
「俺が犯人だったら容器は残さない。嶺二さんが犯人だったら盗み食いするリスクが高すぎる。それじゃあ十八女、誰が犯人なんだ?」
「……本当にこの部室に入ったのが3人だけだったのか、確認する必要がありそうですね」
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