「ここだけの話なんですけれど、実は部活の顧問をやっている先生方は密かに合鍵を所持している人が多いんです。私も赴任してきたばかりの頃にそれを教えてもらいまして……ああ、もちろん誰から教えてもらったのかは言えません。他の先生にこのことを聞いても、多分適当にはぐらかされてしまうと思います。いわゆる暗黙の、というやつですから」
自身が所属している部活の顧問が、部室の合鍵を所持している。
その事実に驚愕している3人を放って、津は言葉を紡いでいく。
「1年前に鍵を持ち帰ったのも私です。合鍵を作るためには、どうしても持ち出す必要があったものですから。迷惑をかけてしまいすみませんでした」
津の言葉は、まるで台本に書かれた台詞を詠む演者のようだった。
「昼休みに烏丸君を見かけたのは本当です。ただ、その後部室でペットボトルが放置されているのを発見したので、記憶が混ざってしまったようです。そのせいで皆さんを混乱させてしまったようですね」
相槌を打つ暇も与えずに、津はわたのように軽い言葉を次から次へと空へ放っていく。
「十八女君が疑っている通り、ペットボトルを倒してジュースを床に零してしまったのは私です。片付けなかったのはすみませんでした。合鍵の存在が知られてしまうと他の先生にも影響が及ぶので、つい隠蔽に頭がいってしまって……これでは教師失格ですね」
津の長い言葉を3人はどれだけ受け止め、そして理解できているのか。
長い沈黙を経て口を開いたのは、比較的冷静に見える嶺二だった。
「……部室には、生徒の個人的な物も置いてあると思うんですけど……それなのに教師が合鍵ですか?」
嶺二の静かな非難。
しかし津は眉をピクリとも動かさず、淡々と答えた。
「学校に私物を持ってくることは仕方ないですが、きちんと自身で管理しておくべきですね。間違っても部室に放置なんてするべきじゃありません。それに、部室の鍵は部員であれば誰でも使用することができます。教師が合鍵を持っていることが、今の話とそれほど関係があるとも思えません」
「っ……でも、部室の鍵はしっかりと管理されています! 教師が裏で合鍵なんて使ってたら、管理してる意味が――」
「部室の鍵を管理しているのは主に近藤先生です。そして、合鍵の管理をしているのも所有している教師個人です。どちらも一人の教師が管理しているのですが、何かおかしいですか? 近藤先生は信用できるけど、私は信用できませんか? その根拠を示せますか?」
「っ……!」
津が言っているのは詭弁だ。
教務主任が公に管理しているのと、一教師が密かに管理しているのが同じであるわけがない。
しかし、それを指摘したところでまた別の弁が出てくるだけなのだろう。
この場で合鍵の是非について話す意味はない。
重要なのは、津が合鍵を使って部室に入ったことを認めたことだ。
「先生が、プリンを食べたの……?」
それは三葉から津へと。
引き絞られるような震えた声で、質問された。
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