僕と先生の授業戦争

杜都醍醐
杜都醍醐

第16話 私はこう出る

公開日時: 2020年9月4日(金) 13:00
文字数:1,616

 このクラスのあの生徒。あれが劉葉君でいいんだよな。

 大柄で体育会系って感じでなければ、小柄でがり勉って感じでもない。いたって普通の生徒だ、どうして校長先生があそこまで警戒するのか、理解に苦しむ。


「一年四組の古城劉葉。彼には気を付けましょう。たった一人の生徒のおかげで、もう三人も先生がやられてしまいましたから」


 今日の朝の会議では、要注意人物として名前が挙がった。だが何度見ても、普通という感想しか思いつかない。

 まあいい。私は私で授業をするのみ。とは言っても今日の授業は明日の校外学習における注意事項や特に見学すべき点、解くべき課題について説明するのが主。

 今の私たちの状況は、あまり良くない。金沢先生が先生の絶対性と生徒の完璧性の両方を失ってしまったからには、私は生徒に偉い口は利けないし、生徒も難しい問題は答えなくて良いと思っているだろう。


 まずプリントを配る。校外学習の概要と課題が書かれたものだ。


「えっといいかな。明日みんなが最初に行くところは、どこかな祈裡さん?」

「ひめゆりの塔です」

「うむ、正解。ひめゆり学徒隊は実は、君たちとそれ程年齢は変わらない。当時の中高生も、戦争には駆り出されてしまったんだな」


 簡単な問題を出す。いくら何でもこのレベルなら、答えられないわけない。私はまず、生徒の完璧性を取り戻そう。そもそも先生って威張るものじゃないだろうに。


「他にも行く場所があるな。鈴茄さん、どこ?」

「平和のイシジです!」

「よく読めたね、〝礎〟が。平和の礎についてだが、プリントにも書いてある通り、注目してもらいたい点が二つある。それは何かわかるかな、氷威君?」

「えっと確か、名前が彫られているのは日本人だけじゃないってこと…ですよね?」


 氷威は一つしか答えていない。だが、その一つは完璧だ。ここはけなさず褒めよう。


「その通り。戦場となったこの沖縄本島だが、戦没者にはアメリカ人もいたんだよ。そして彼らの名前も、日本人の名前と共に、彫られている」


 もう一つは、難しいだろう。でも指名してみよう。


「もう一つの点だが、…劉葉君、わかるかな?」

「正確な名前がわかってなくても、その人の名前が彫られています」


 答えて欲しい内容ではなかったが、それも重要だ。


「素晴らしい。劉葉君は実際に行ってみたことがあるかね?」

「あります。幼稚園児の時、両親と行きました。誰々の子とか、誰々の長女とか妻と、彫られていました」

「そこで、他のことにも何か、気が付かなかったかね?」


 劉葉は考え込んだ。その様子だと、きっと思い出せないのだろう。


「…実は平和の礎には、遺族が名前を彫られることを拒んだ人の分も用意されている。それがどのようになってるのか、ぜひ明日確かめてみてくれ」


 明日のためにも、今日の授業内容は第二次世界大戦にしよう。生徒がよく理解したうえで、校外学習に臨む。完璧である。


「今日の授業だが、これは次のテストには出さない。範囲外だからね。でも明日に備えて学んでおこう。教科書をもっと先に進めてくれ。第二次世界大戦、日本はどの国と同盟を結んだかな。織姫さん?」

「えっと、ソ連?」


 よく見ると織姫は、教科書を進み過ぎている。一人だけ違うページを開いている。


「間違ってはいない。日本はソ連、現在のロシアとの対戦を避けるべく、中立条約を結んだんだ。もっとも終戦直前にソ連は破ってしまったんだけど。正忠君はわかるかな?」

「イタリアとドイツです」

「そうだね。日独伊三国同盟。イタリアとドイツは第一次世界大戦で負けてしまって、植民地を全て奪われた。そして日本だが、こちらは植民地なんて元々持ってすらいなかった。そこで世界恐慌。経済的に追い詰められたという似た立場になった三つの国は、軍事同盟を結ぶことにしたんだ。利害が一致するからね。そしてこの同盟は、アメリカを仮想敵として…」


 私はこの授業中、あえて無駄話を多くした。多くの知識を持たせることも、生徒の完璧性に繋がるからだ。

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