僕と先生の授業戦争

杜都醍醐
杜都醍醐

第30話 まさか…!

公開日時: 2020年9月6日(日) 15:00
文字数:3,268

 中講義室に移動した。僕ら四組が最初に入ると、他のクラスもやって来た。ある一つのことを除けば、よくある学年集会だ。

 それは、中講義室の前に学年主任がいないこと。この集会を進める上で学年主任は司会者の役割を担う。いつもは生徒よりも先に来ていて、集会の予定が書かれた紙に目を通しているけれど、今日はいない。じゃあ誰が進めるんだろう?


 全てのクラスが揃うと、先生が中講義室の前にやって来た。


「こ、校長先生!」


 どこかのクラスの誰かがそう言った。今日の進行役は、なんと校長先生だった。これには僕も驚いた。でも降伏なんて大事なことは、校長先生の口から出ないと言えないこと。学校側の選択は正しい。

 けれど一つ、疑問に思った。完璧絶対授業をやめるってこと、どうして一年生にしか伝えないんだ? 中講義室が小さいから? でもそれは体育館に全学年を集めればいいだけの話。


「今日は、私からみなさんにお話しがあります。まずは座って下さい」


 僕たちは言われた通り座った。

 校長先生は語り出した。


「今年の四月から、絶対的な先生の指導の下で生徒の完璧性を追求する授業、いわゆる完璧絶対授業を実施してきました。それはみなさん知っての通りです。ですがここに来て、特に一年生においてはそれが成り立たなくなりつつあるようです」


 校長先生も僕たちの活躍を認めないワケにはいかなかったようだ。


「今日はみなさんに考えて欲しいことがあります」


 校長先生はチョークを取って、黒板に先生、生徒と書いた。


「みなさんが従うべきなのは、このどちらでしょうか?」


 そんな疑問を投げかけた。今さらそんなこと聞いても、もう遅いのに。


「この本質を理解しましょう。昨日の総合の時間に、みなさんは考えたはずです。学校とは、授業とは、先生とは、生徒とは何か? 今ここで答え合わせをしましょう」


 一度黒板を消し、学校、授業、先生、生徒と書いた。


「まずは学校。みなさんは色々答えを書いていました。無理矢理行かされているところ、先生がいるところ、生徒がいるところなど、様々でした。でも学校というのは…」


 話すと同時に黒板に書く。


「みなさんが学習するところです。そしてそれは、正しくなければいけません。そしてその機会となるのが、授業です。しかし授業は、生徒だけでは成り立ちません。生徒を導く先生がいてはじめて、授業となるのです。先生は言わば、みなさんの味方。そして生徒は、先生から正しいことを教えられ、学習する子供たち」


 僕は呆れた。総合の時間に正しい答えなんて…。


「総合の時間に正しい答えなんてあるワケない、バカバカしい。今、そう思いましたよね、劉葉君?」


 僕はいきなり名前を呼ばれた。


「いいえ!」


 僕は嘘の返事をした。


「それは正直な解答ではありません。君がいなければ、完璧絶対授業は揺らがなかったんです」


 確かにそうだ。僕が戦うって言わなければ、誰も協力してはくれなかった。


「ここでみなさんにもう一度、問いかけましょう。疑問に思いませんか? どうして劉葉君だけ、完璧絶対授業にここまで反対するのでしょう? 他の学年やクラスは、最初こそ難色しましたが、大方諦めて受け入れたのに、彼だけどうして?」


 僕は、汗をかいた。心臓の鼓動が、増していくのを感じる。まさか、校長先生は言うつもりなのか…!


「その疑問を解くためのヒントをみなさんに与えましょう。私の本名、いや苗字だけでも結構です。誰か、答えられる人はいますか? 周りと相談していただいていいですよ」


 中講義室中がざわついた。


「何て名前だっけ?」

「いつも校長、校長って呼んでたからな…」

「先生だってそう言うから、私たちが知らなくても不思議じゃないわ」


 祈裡も氷威も鈴茄も答えを知らなかった。


「劉葉は、わかる?」


 織姫も知らなかった。織姫ら四人だけじゃない。ここにいるみんな、知らないだろう。校長先生は普段は校長室に籠っているし、余程大きなイベントでない限りはみんなの前には出てこない。出てきたとしても、誰しもが校長先生って呼ぶんだから。

 でも僕は、知っている。


「静かに。そろそろ答え合わせといきましょうか」


 僕は、顔を下げた。


「私の名前は、古城こじょう公昭きみあきです」


 日本全国には一億人以上いるんだから、ありふれた名前だろう。でも、


「古城?」


 みんなが一斉に叫ぶ。


「劉葉! 校長先生の苗字って、劉葉と同じじゃない?」


 織姫がそう言った。


「そう言えば劉葉の苗字も古城…」

「本当だ、同じだ!」

「偶然よね?」


 僕の周りは、いや中講義室中の生徒が同じ疑問を抱いている。


「偶然ではありません」


 校長先生が言った。


「どうやら真実を知る時が来たようですね。みなさんのリーダー的存在である古城劉葉君は、私の実の息子です」


 中講義室中が再びざわついた。


「敵の親玉が、劉葉の父親…?」

「その通りですよ凌牙君。何ならDNA鑑定でもしましょうか?」

「で、でもそれがそんなに重要なことなの?」

「須美子さん、よく考えてみて下さい。劉葉君はそんな重要なことを、みなさんに黙っていた。それがどういう意味なのか。子供には誰だって親の言うことを聞きたくない時期があります。みなさんはもしかすると、彼の反抗期に利用されただけなのかもしれませんね」

「劉葉君は、校長先生の暴走を止めたかったんだと僕は思います」

「でも学校中を巻き込もうと、暴走したのは劉葉君の方でしたね」


 他にも校長先生の揚げ足を取ろうとした人牙いたけど、みんな返り討ちにあった。


「劉葉君が私の息子という事実は、非常に重要なことです。だってみなさん、考えてみて下さい。もし私が劉葉君と仲が良かったら、彼は私に反対しようとせず逆に、歯向かってくる人を攻撃したでしょう。劉葉君が私の味方だったら、みなさんここまで来れましたか? 絶対無理でしょうね」


 校長先生、いやお父さんは続ける。


「みなさんの目を覚まさせてあげましょう。劉葉君は家で、父親…つまり私に、みなさんの戦況を逐一報告していたんですよ。私の戦意を削ぐ目的もあったんでしょうが、これ、立派な裏切りではありませんか?」

「裏切り…」


 みんなが口をそろえてそう言った。


「それにみなさんはおかしいと思いませんでしたか? どうして劉葉君は。完璧絶対授業について、みなさんを味方に付けられるほど詳しく知っていたのでしょう? それは事前に私から聞いていたから。劉葉君は私の息子という立場を利用して私から情報を得ていました。しかもそのことは、みなさんには黙っていた」


 そして次の一言が、致命的だった。


「戦況が悪くなったら、自分は校長先生の息子だからと言って逃げる、もしくは裏切るつもりだったんですよ。だから私と劉葉君の関係は誰にも話すことができなかった」


 それは違う。だけど僕は、反論できなかった。今何を言っても、言い訳にしか聞こえない。

確かにみんなには黙っていた。でもそれは、親が校長先生とバレては誰も協力してくれないと思ったからであって、決して僕だけがいつでも逃げられるようにするためではない。

 だけど、もうみんなに知られてしまった。


 もう僕には、話を遮る気力もなかった。でもお父さんは続けた。


「劉葉君は土屋先生のことを全く警戒していませんでした。でもそれはいけないことでしたね。校外学習の時、土屋先生は生徒の完璧性を取り戻してくれました。それだけではありません。木村先生もです。劉葉君は味方につけたと思っているでしょうが、先生を味方にするってことは、頼れる人が他にいないってことです。つまり先生は絶対的な存在になってしまいます。劉葉君は知らない間に、私たちが失ったと思っていたものを、取り戻させてくれたんですよ」


 この言葉は、一年生全員に衝撃を走らせた。僕たちが勝っていたと思っていたけど、本当は違ったのだ。しかも今の言い方だと、もう既に僕が逃げ道を用意している様にも聞こえる。


「さあ今日の集会はもう終わりです。教室に帰りましょう」


 校長先生がそう言うと、みんな中講義室から出た。でも僕は、出られなかった。立ち上がれなかった。

 みんながいなくなった後、お父さんは僕に言った。


「この戦争は、劉葉の負けだよ」

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