「おはようございます」
「かざひちゃんおかえりなさい」
全国発言から一週間は経過しただろうか、あれから僕は花ノ宮麻雀クラブに足を運んでおり、今日も日課となりつつある課題を行うことになっていた。
「それじゃあ始めようか」
空いた席を活用し対面に彼女―科斗風子《しなとふうこ》(皆からは風子さんと呼ばれており本人もそう呼ぶように頼んでいた。)が座り、こちらも向かい合うように座る。何が始まるかと言えばここは麻雀倶楽部なのでもちろん
「はい」
「3翻25符 3200点」
「正解次」
……符計算だ。
「2翻30符 2000点」
「正解次」
「2翻40符 2600点」
「ラスト!」
「……2翻90符 5800点 」
「正解!かざひちゃんよく出来ました!」
「ありがとうございます」
「甘いもの食べる?」
「たべます!」
「かざひちゃんは可愛いなあ!」
あの雨の日以来、彼女には甘党だと思われており(実際そうだが)よく糖分補給をさせてもらっている。高確率で頬をつつかれるが嫌じゃない、僕も彼女もえらく互いのことを気に入っているのだ。
「ほんとに早くなったね!これなら符計算は卒業していいかも」
「それじゃあ次は―」
「本格的に対局練習に移りましょう」
「やた」
麻雀の知識はあれどまだ幼く立派な高学年といえど小学生だ。本格的に教えるなら、と最初の内に符計算を完璧にこなしてもらえるようにしてもらった。珈琲もデジタルの世界で対局を重ねており、計算などは基本コンピューター任せだ。実践を交えながらの指導法を考えたが楽しむためだけに通っている同年代は少しでも沢山打ちたいためやむなく却下された。それでも文句なくそりかかり大人でも根を上げる者もいるというのに「ただの足し算ですね」と言ってのけた珈琲はなかなか素質が見受けられる。
「それでは皆さん」
「「「よろしくお願いします」」」
「お願いします」
風子が唱えると場を設けられた生徒諸君は一斉に挨拶を交わす。対戦相手がどれも年上なのを把握すれば珈琲も符計算ができる人選なのだなと理解した。
「よし」
「かざひちゃんリラックスだよ紅茶のお砂糖いる?」
「みっつおねがいします」
軽く一呼吸してやるとドラと配牌を確認し即座に仕掛ける。
「カン」
「!!」
珈琲は鳴いた。正確には用語なのだが全部で三種類あり今回は説明を大分はじかせてもらう。カンをするとドラが増えるが戦況は平等であり依然、傾くことはまだ、ない
7巡目にて
「ツモ―1,300 2,600」
「あちゃー」
「新ドラか」
「よし」
まずは一回、珈琲にとってはこのまま親番に持ち込むまでのことだ。楽な作業である。
東二局にて、先に動いたのは下家だ。
「リーチ」
「うおお、全然わかんねえ」
「ベタオリだなこりゃ」
「チー」
ガタッ! かざひが鳴くと同時に後ろで対局を見ていた風子が思わず音を立てて席を立つ、「失敬」と言いながら牌の捨てられた河を覗き込むとこれは中々、リーチ宣言をした下家からは筒子と索子が捨てられておりいかにも清一色を匂わせる手である。 ドラは四萬で誰1人河にドラ・赤ドラを捨てていないため下家のそれ《《・・》》が直撃すれば残り二局で点を取り返すのはかなり苦しいだろうか
そこに三浦の捨てた牌を鳴くのは珈琲であって、
「ポン」
そこからはノータイムで危険牌を捨てる思わず他のふたりがどうか?と田中のほうに顔を向けるがどうやらお目当てではないらしく、田中は山から牌を取り卓に置くも牌を倒したのは少女であった。
「ロン 」
「うお」
「2,000です」
直撃を受けた田中くん、驚きである。
「ほほぅ……」
かざひの倒した牌を河をみてやれば鳴いて点を安くしてまでアガリやすくしたのだ。 麻雀をはじめたばかりならオリず、逃げず、突っ張る。自分も高い手を作りたがるものだがこれはなかなか、
「親番だね、おかわりいる?」
「よっつおねがいします」
親と子の違いの説明においてこの場を設けさせてもらうなら
親は高くアガれ他がツモれば高くつく、誰にでも平等にやってくる。それでいて毎局訪れる。これこそが不平等を平等に行える麻雀の面白味だ。
「スゥー……よし、お願いします」
□■□
「「「ありがとうございました」」」
「本日は勉強になりました」
「いやー強いね!本気だったんだけどなー」
「まさかハコになるとは思わなんだ!」
「ドラ捨てといてそらないぞ」
「みんなお疲れ様ー」
特にこれと行った危ない場面に遭遇することなく、つまり滞りなく試合は終わりを告げた。結果は言うまでもあるまい、
「まだ時間ありますね」
「よし、それじゃあ私と打とうか」
「風子さんとですか」
「さらに今回はもっと手強いゲストをお呼びしています!」
いくら麻雀を教えて頂いたといえどそこには教師と生徒にも似た一線があった。
彼女の言う対局が世辞抜きかどうか問うのはやぶさかで、ゲストとやらと戦わされるのは高学年である珈琲でも十二分に理解できた。
「もうすぐ来るからね〜」
「風子さん一体どんな」
鈴とドアのきしむ音で声を遮られる。この流れから行っておおかた察しはつくだろうか
「2人とも時間ちょうどだねおかえりなさい」
「ただいまみや〜」
「お邪魔します」
かなり気の抜けた声とは別に一言で礼儀正しさの分かる挨拶で珈琲も振り向く。
自分よりはるかに背丈のある(おそらく150㎝より上だ)少女ともう一人後ろに隠れて首から上だけを覗かせるような体制でこちらに視線を送る女の子であった。
一人は地元の制服からして中学生だ。外の夕焼けに染まっているためかその髪はより赤みがかったように珈琲の目に映る。自分ほどではない長さをサイドテールにしておるため不備はなさそうだ。一方で後ろの子は遠近法で情報が少ない。栗色の髪の毛に首元から服が見えるが制服ではない、地元美作市には制服と私服登校の学校があるため後者ともとれるし時間からして一度帰路につき自宅にて着替えてきたとも言える。これ以上は何も分からないがお相手の方はそうでも無かった。
「あれ?八巻さんじゃ」
栗色の君はこちらまで近づく
「え、」
「なに知り合いなの」
中学生の方が口を開く
「同じクラスじゃけん、ね?八巻さん」
「あー……」
だらだらと身体が冷え込むほどの冷や汗がにじんでくる。先程の解説の通りにいけばはっきり言って覚えてない、学校へは勉学を学びに、と割り切っているため不承不承ながら覚えていない、珈琲にとって暗記とはさほど苦ではない、それはっつまり他人のことなど覚える必要が無いと判断しているわけで
「……覚えてない?」
「ごめんなさい」
「ももは一方通行だな!」
「くずちゃんは静かに」
「おこだな!」
「くずちゃん」
やれテンションの高い中学生はこの状況をジョークで打破すべくとうごいたのかこれが素であるのかどちらとでもとれてしまう性格のようだ。非対称にが正しいのかももと呼ばれた君は顔こそゆがませなくとも微量ながらの怒りを感じ取れる。しかしそれがどちらに向けた者かは分からぬ
「相変わらず仲良い〜場決め早い者勝ちだよ」
「貰いっ」
「くずちゃん!」
言い合いする2人の仲裁をする為に伏せられた残りの牌2つを指さしてやると中学生の方が急かすように手前の牌を取る。せかされた君も先程のことなどよそのよそと牌を掴む。おかげで話題は本題へと移った。さすが大人だ僕が起こした不祥事をなんとか濁してくれた。
「お、西だ」
「うちは東じゃ」
「残り物パワーか」
「急かしたらええことないんやで」
牌を掴むと中学生は僕から見て左に着き親を引けた君は機嫌良く対面に腰をかけた。
「じゃあ始めましょうか」
両の手を合わせ準備ができたと挨拶を済ませる。
「よろしくな!」
「よろしくお願いします」
「八巻さんよろしくな〜」
「はい、えっと……」
「桃て呼んでくれたらええよさっきのことも気にせんでな〜」
「……ほんとにすみません」
「よっしゃはじめよか」
くずと呼ばれた中学生の一言を皮切りに対局は始まる。
東一局
「―ツモ 300 500」
「お、」
「八巻さん早いわー親流されたんじゃけど」
「すみません」
「さっきから謝ってばっかりだな!」
「……すみません」
「ええんやで!」
「八巻さんくずちゃんにはあやまらんでええで」
「若い子達は打ち解けるのがはやいなあ」
「風子さんもまだピチピチでしょう」
「くずちゃんは嬉しいこと言ってくれるなあ」
会話に花が咲き始めたところで風子さんはパチリと手前のパネルを東に変える
「こりゃー八巻ちゃん宜しく速攻で流さなやな〜」
「みんな頑張れー」
「応援してますけど親風子ちゃんじゃけんね」
「……緊張してきた」
冷めた紅茶を飲み干す。風子さんと真剣に対局するのはこれが初めてだいつものように速攻で流して親番で誰か飛ばす
「チー!」
「お、早いなでも――」
「あっ」
絶句、くずの捨てた牌をかざひが鳴き不要牌を捨てると同時に宣言自分の牌を盤上に倒した
「ロン 12.000」
「……この巡目でダマ」
「まあリーチしたら変わってたから流れよし親番」
「相変わらずくずちゃんねちっこいわ」
「ふふっ戦略と言いたまえ ね!風子さん」
「親流されちゃった」
「そこは泣かんでください」
――思いもよらぬ直撃だった。残り二局でトップとの差は22600点もし今まで通りに安く早くアガればこの人の親番は流せるが先程のダマ打ちで一気に警戒心が対面から上家に移る恐らくあの牌はぼくが鳴くとわかってわざと捨てたものだ真ん中の筋を捨てることも作戦通りと言った所か四索五索の両面待ち親番で相手を飛ばすどころか今まさに自分が飛ばされようという盤面だ
東三局
「スッ」
「……」カチャッ
(あれ?鳴かないのかそれなら)
「ほい」
「……」カチャッ
(ダメだな鳴くのはやめて門前で役作りに決め込みか……? これは風子さんに聞いてたのとは違うな)
葛茂 梨李(くずしげ りり)は風子の方にちらりと視線を向けるがさすがプロ雀士顔には出さないと言った所か、今回の対局は風子さん直々に見て貰いたいとの事で来たが八巻さんをそこまで才能のある子には私は感じない、
「スッ(これは?)」
「……」カチャッ
単純なのかな?それでもただ鳴いて鳴いて鳴きまくる初心者とは違うよなあ直撃を受けてからは完全にこちらを警戒してくれている先程までのわかりやすい打ち方はしてくれないようで、正直麻雀を初めて1ヶ月すら経たないのにクラブの同年代を倒したと聞くもんだから期待はしたが相性の差で桃よりギリ強いか弱いかだな おっ―
以外にも声の主はかざひではなかった
「チー」
「……」
「それポン」
「めっちゃ鳴くやん」
「まあ…ねえ?」
「えらいドヤ顔」
「くずちゃん怖いよー」
「これが私スタイルなんで…よっ」
「……」
長考、くずが風子とかざひの捨てた自風と筒子を2回鳴き二副露 河には索子と萬子のみが捨てられている。
(どうだいホンイツに見えるでしょ?どう動くかな)
「……これ」カチャッ
「おぉ」
捨てたのはど真ん中の牌さすがにさっきのでねちっこいやつだと思われたかな、まあどちらにしろ
「ツモ 4,000オール」
(自力でアガるけどね!)
「わっ」
「また高めアガリ」
「悪いなあ皆さん方」
「……むぅ」
よほど良い手が出来てたようだがアガれなきゃ意味ないからね、このまま
「私の親番で終わらせてもらおうかな」
「――ロン 8,300 飛びだね 」
「あらら」
「なんもできんかった」
「……ありがとうございました」
「あ、かざひちゃ――
「遅くなったんで今日はこれで失礼します」
「あっちゃー……」
「くずちゃんやりすぎだよー」
「いやー強いて聞いてたからついうっかり」
勝負は3本場までおこなわれ最後は不意を狙った直撃でかざひの点数が底を尽き終了。
相当に悔しかったのだろう対局後の挨拶を手短に済ませると顔も上げぬまま足早に立ち去ったかざひは溢れんばかりに涙を溜め込み席を外した。
「かざひちゃん……」
「はぁ くずちゃん!」
「あれー?またなんかやっちゃいました?俺?」
「くずちゃんから見てどうだった?」
後片付けを手伝ってもらっているくずちゃんに今回の対局について聞いてみる
「案外普通て感じですかね、最近始めたばかりであれだけ打てるなら上等ですよ、もし才能があるんだとしたら単なる経験不足か開花してないかのどちらかだと」
桃ちゃん(年下)にこっぴどく叱られて涙目になっているくずちゃんが涙ではなく牌を拭きながら応える。
「うーん、そっかあ」
くずちゃんの意見を聞いてうんうんと組んだ腕の片方でかしげた頭を支えながら頷く、桃ちゃんは今回くずちゃんに着いてきたが要件は聞かされてないため交互に2人の方を向き状況を把握しようとしている。
「さすがに早すぎたかなあ」
「どうでしょうね」
今回の対局は私が組んだものでかざひちゃんの特徴や癖はあらかた教えていたくずちゃんと対等に打てるのなら即合格なのだが今は流石に急かしすぎたと反省している。かざひちゃんにとっては初めての大負けだ相当悔しいだろう。
「折れたら丈夫になって治るのが人間ですからね、ここで立ち直れなければ出場は見送りでいいと思いますよ」
「いや、必ず戻ってくるよ!かざひちゃんはね!」
「……すごい自信ですね」
「さっきから2人はなんの話しをしよるんですか?」
「ん?ああ、これだよこれ」
くずはポケットから細かく畳み込まれた紙切れを広げて桃に渡してやると桃も思い出したか「あっ」
と口を広げた。
「全国麻雀大会の予選じゃ!しかも来月」
「正確には二週間と3日だけどね」
全国麻雀大会予選、国内で年に一度行われる大掛かりな大会で地元の交流会や小規模なものとは訳が違う。好成績を出せば有名校 強豪校からの推薦は勿論 スポンサー達がこぞって選手を見に来るほどで全国麻雀大会高校生の部と比べると小学生の部はそこまで参加人数も多くはないが、それでも結果をだせば高校やクラブチームにも注目される
「すっかり忘れとった、風子さんはかざひちゃんを出場させるつもりなんじゃね?」
「そうだよーまずは予選大会で岡山代表にならなきゃだけど」
「それで代表経験のあるくずちゃんと対局させたてことですか?」
「正解、」
思わず語尾にお星様がでるような軽快なノリで桃ちゃんの方にグッドポーズを送る。大正解。
近い未来かざひちゃんには私を超えてもらいたいから……そのためのまず一歩、予選大会出場だ。
「ちなみに桃も出場だからね」
「え」
「当たり前でしょ桃は6年生だし自分が同年代っ子とどこまで通用するか力量を測るには持ってこいだからね」
「うちどっちでもええんじゃけど……」
「じゃあ決まりだね」
「「早い」」
本人の意見を尊重して高速でエントリー表に桃ちゃんの名前を(無断で)書き始めるくずちゃんに「やっぱりなー」とか「心の準備がなー」など言いながらソワソワチラチラ見るがフル無視で記入した用紙を「お願いします」と風子に渡すくず ほんとに仲がよろしいようで
「それじゃあ失礼します」
「対局楽しかったです」
「はーい、二人とも行ってらっしゃい」
「そうそう風子さん」
「?」
「私は吉備前に決めましたから」
「ん!りょーかいだよ」
「帰るぞ桃」
「くずちゃん待ってやー」
「ふふっ」
(ほんとにあの二人は仲が良いなかざひちゃんも二人と友達になれるといいな)
片付けを終わらせるとすっかり外は真っ暗だ。窓の戸締りを終えると風子も帰る準備をする
「明日きてくれるかなーかざひちゃん」
あの子は必ず全国レベルの選手になる。現代の麻雀において早く高くが重視される上で流れや波を感じ取れる選手には才能があるくずちゃんがまさにそれだ。彼女は牌の流れを読むことが可能でさらに強い、その実力は岡山だけでいえば既に県代表クラスとしての実力はある断言できる。ゆくゆくは時期花ノ宮候補の1人としても挙げられたほどにだ(断られたが)だがそれ以上の才能を風子はかざひに感じた本気でこの子を育てたいと思うほどにまで、
しかし凡人の私では限界がある。このままではこれから先経験を積むにつれかざひは度重なる壁にぶち当たるだろう。その上で私の教えうる限りの全てを彼女に注ぐ、そのためなら多少なりとも卑怯で、きたない打ち方もさえも……半端な覚悟で才能に手を出してはいけない、そのことはあれ以来痛いほど身に焼きついている。かざひちゃんの才能を磨くか伸ばすか、その前に――
「謝らないとなあ」
風子はとびきり美味しいお土産を片手に彼女を待つことにした。
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