オオムラサキ -山頂の少女-

天才とは蝶を追っていつのまにか山頂にいる少女である
鬼ごろ氏
鬼ごろ氏

さなぎは颪を目指す

さなぎは颪を目指す 一局

公開日時: 2020年9月2日(水) 15:14
文字数:5,297

篠突くような雨の日にその子と出会った――

今朝見たニュースには降水確率は20%と報道されていた、晴れの国と呼ばれる岡山にしては珍しく的の外れた予報だったと今では思う。

干していた服をコインランドリーで乾かしながら店内の屋根の下で乾くのを待つ、この店はかなり狭いせいからか、利用者以外は店内にいてはならない が暗黙のルールだ。


「やまないなぁ……」


仕方なく今回は車で迎えに来てもらうことにした。律儀な母は仕事をきっちり終わらせたら、と返信がきたのであと2時間程は待つことになるだろう。

コインランドリーは100円で30分の乾燥機にガスをふんだんに使うためふわふわになる。一家に一台欲しいものだ。

私は腕時計に目をやる、本格的に夕方になりだしたのを確認すると思わずため息がでた時だったか、


「どうぞ」


「へ?」


この悪天候で自分以外は誰もいないと思っていたので油断して声が漏れる。声主の方に顔を見上げると目の前に可愛らしい女の子がいた。左目が隠れるほどの長い髪の毛を三つ編みにしており瞳は濁りの知らない美しい碧色をしていた。顔もよく整っており柔い肌は手入れが整っているのかとてもツヤがある。容姿は思わず抱きしめたくなるほどの可愛らしさだ。まだ幼さが残り、私より二回りほど小柄だ。左手には医療用のガーゼが満遍なく巻かれており、恐らくそういう年頃なのだろう。中学生か小学校高学年と思われる。


「どうぞ」


「あっ」


聞き取れないと思ってくれたのか少女は再度、発声をおこなう。よく見ると小さな左手で折りたたみ傘を向けている……使って、ということだろう


「ありがとう。でもお迎えがくるから大丈夫だよ」


私は笑顔で答えると少女はだんだん顔を赤らめ目線をそらしてしまう頭から今にも煙がでそうだ。


「ごめんなさい……」


「いやいやいや!謝らなくていいよ?すごい嬉しかったなー!……ほんとにありがとうね」


突然の謝罪になんとなくフォローを入れるが彼女は私のいる方からギリギリ雨が体に触れないくらいの端まで逃げてしゃがみこんだ、気まずい雰囲気が何分間も続いてしまう。迎えがくるまでまだ時間があるため今度はこちらから話しかけた。


「きみは帰らなくていいの?」


「おねーさんが帰ったら帰る」


「私まだ長い時間ここにいるよ、遅くなる前にお家に帰らないとお母さん心配するんじゃないかなー」


「ぼくの母さんは心配しないので、大丈夫です」


しまった、失礼なことを聞いてしまったかもしれない当の本人は気にもとめてないようだがこちらが気にかけてしまう。そして僕っ子か……良い……


「……ごめんね」


「大丈夫です」


失敗、より悪化してしまった状況を打破する為に私は周りを見渡した。悪天候のせいで話題になるようなものは ない、詰みかと思われたその時体勢を直すために軽く腰を上げたスカートの左端に異物を感じる。これだ!軽く一呼吸整えおもむろに取り出した。


「チョコ食べる?」


「!!」


成功。







「かざひちゃんはお家で遊ぶのが好きなんだねー」


「うん」


コインランドリーの店内自販機で購入したホットココアとお菓子でくつろぐことにした、よくよく考えれば私たち以外のお客さんがきたら外にでればいいのでそれまでは店内で待つことにした。無人なのが今は心地よい


「なにして遊ぶの?」


「将棋 囲碁、あととらんぷ」


「可愛い〜」


思わず隣でチョコを頬張る彼女の頬を指でつつく触れた肌が想像以上にぷにぷにしておりこちらの顔もにやけてしまう。他人に見られたらアウトだと思う。彼女の名前は八巻 珈琲《はちまき かざひ》ちゃん、今日はお出かけ中に雨宿りをしている私を見つけて話しかけてくれたそうだ、天使。


「将棋や囲碁はお友達とするの?」


「ゲームあるからそれをやってます」


おそらくスマホのソーシャルゲームやゲーム機でやっているのだろうか、食べ終わるとかざひちゃんはポケットからハンカチを取りだし軽く口周りを拭くと「ごちそうさまでした」とこちらに軽くお辞儀をした。とても律儀だ。可愛い


「おねーさんはやらないの?」


「私?わたしはルール分からないなー、でも…」


「?」


私は財布やスマホを入れているバックからそれを取り出す―普段から布教用に教材と共に持ち歩いているのだ―と両手で持ち上げかざひちゃんに見えるように掲げた。


「じゃーん!」


「まー……じゃん?」


「えらい!よく読めました!」


机に麻雀 牌と書かれた入れ物を置いてかざひちゃんを撫でてあげる。ここぞとばかり頬と頭を全力で撫でまわすとかなり照れくさそうにやめてと言われた、今日あったばかりと思えないくらい仲良くなってしまった。

本題に戻り私は容器から牌をいくつか取りだし見せてあげた。


「えっとねーこれが順子《シュンツ》でこっちが刻子《コーツ》て言うんだよ!」


「順番になってるのと同じになってるのですか?」


「正解!かざひちゃんはえらいねえ」


「そんなことないです」


私が並べた牌を見るなり的確に答えられたのはやはりテーブルゲーム慣れしているから、ある程度法則性は理解出来ているのだろう。ご褒美に撫でようとしたら今度は両手でガードされてしまったため嫌がられないように寸止めに留める。

褒められてどことなく照れているのがまた幼さを感じて笑顔になる。ちなみに私が並べたのは漢数字の一二三をひとつずつと緑色の鳥が彫られた物をみっつずつ並べたものだ。

麻雀では隣同士の数字が並ぶと順子、同じ物が並ぶと刻子と呼ぶ。おねーさんの豆知識だよ!


「どうやって遊ぶんですか?」


「えっとねー」


そう言うと私はカチャカチャと机の上に十三牌並べ


「こういうふうに順子と刻子を組み合わせて三牌四組と二牌一組を作ると勝ちだよ」


「でもひとつ足りませんよ」


「それはねー…」







「…子…風……風子!」


「ひゃい!」


突然の大声に思わずたじろいでしまう、目の前には母がいた。熱中しすぎてあっというまに時間がすぎていたようだ。びっくりした


「お母さん着いたなら連絡してよ」


「あんたがスマホみんからや」


「……あー」


言われた通りバックを見るとスマホが大量の通知と共に液晶を照らし続けてくれていた。申し訳ない

その後はっとなり辺りを見渡すとかなり端の方まで逃げしゃがみこんでいるかざひちゃんを見つけた。


「ごめんね怖かったよね!?」


「い、いえ」


「誰だいその子」


「母さんちょっとたんま!」


そう言うとかざひちゃんの所まで駆け寄る、軽く深呼吸をしている。どうやら落ち着いたようで安心した。


「こんな時間まで一緒にいてもらってごめんね、私の母さんに送って貰おうか」


「いえ、ここからすぐ近くなので大丈夫ですそれに」


するとかざひちゃんは店外に目を向けた。それを追うように外を見ると雨は小降りになっており水溜まりさえ気をつければ難なく帰れる状態にまでなっていた。


「それでは……失礼します」


「うん、気をつけてね!」


「あんたははよこれ、片付けんさいたたむんはしとくから」


「はーい」


夢中になりすぎて乾いた服の存在すら忘れていたらしく机に散らばった牌を猛スピードで片付ける。

容器にしまい込んだ辺りでこちらを見つめるかざひちゃんに目線が移る。私に用があるのか終わるまで待っていてくれたようだ。話しかけてくれた彼女の両手は裾を強く掴んでいた。


「あの」


「?」


「……また会えますか?」


きょとん、とする私に対してかざひちゃんは初めてあったときとは違う強い眼差しでこちらに顔を向けている。少し嬉しくなった。


「うんいいよ!」


「風子帰るよ」


「はーい!そうだかざひちゃん」


「?」


思ったよりも早い速度で支度を終わらせた母に急かされるが妙案を思いつき畳まれた衣類の中からバスタオルを取りだしバックから麻雀についての知識や心得の記された本を数冊と麻雀牌の入った容器をくるみ包んだものをかざひちゃんに手渡す。


「私この近くの花ノ宮ていう麻雀クラブにいるんだ!よかったらまた一緒に遊ぼう」


「……!はい!」


突然のことで驚いたようだが、かざひちゃんは快く受け取ってくれた。少々不躾だったと思うがこうでもしないとまたどこかで会うのは至難の業だ。そんな別れ際


「おねーさんと出会えたのは運命な気がします」

「へ?」


「そ、それでは」


そう言ってかざひちゃんは急かすように走り出した。






あれから三日経ったが麻雀教室に一向に現れることはなかった。


「明日は来るかなあ」


「飽きてしもうたんやろ」


「そんなことないよ!」


お茶をすする母に一番想像だにしたくない発言をされて咄嗟に反論する。もしかすると場所が分からないのか名前を忘れてしまったのか、さらに今気づいたが自分のなまえを教えていないため自らが探すのを困難にさせてしまっているのではと反省する。


「風子せんせー!これ何切ればいいの?」


「はーい今行くよー」


卓を囲んで遊んでいる子供たちのもとへかけつける

彼らは内の麻雀教室に通っている生徒たちだ。

花ノ宮麻雀 うちでは教室と称し子供たちに麻雀を教える反面クラブとしても活動しており優秀な子は推薦で強豪校にいくなんてこともある


「亜両面は切らない方がいいかなーでも安牌の八索を切れば九索が浮くから……これかな?」


「えい!通った!せんせーありがとー」


生徒たちの笑顔にこちらも笑顔で返す。やはり子供たちに麻雀を教えるのが好きだ。

カラカラッ と教室のドアが開く音がする。インターホンがないので上に取り付けた鈴の音がお客さんがきた合図だ私は反射的に発声する


「おかえりなさい」


「あの」


うちでは生徒でもむかえにきた親御さんにもおかえりなさいが挨拶だ。ドアに駆け寄ると聞き覚えのある声が聞こえる、私の胸は高まった。


「遊びにきました」


「……かざひちゃん!」


「あのこれありがとうございま」


「入って入って!丁度一人空いてる卓があるから早速打とう!」


「え、あ、」


「丁度三麻終わったところだね!一人入りますよー!」


「わーい!」「よろしくね」「うおー!!」


「よ、よろしくお願いします」


急かすようにかざひちゃんを座らせると雀卓のボタンを押し準備を整える。牌が自動で手元に現れるとわぁと驚いていた。この顔が見たくて急かしたと言っていもいい新鮮な反応がみれてつい笑顔になる


「麻雀は実際にやりながら覚えると早いから早速やりましょう!」


「えー」


「風子せんせえがいたら負けちゃうよ」


「はんでちょうだい!」


卓に座っていた子達からブーイングを受ける


「かざひちゃんは初心者だから仕方ないんでーす!ね!かざひちゃん」


「だ、大丈夫です」


「お!?」


今まで話した中で一番気合いの入っていたので驚く、かなり自信があるようだ。


「覚えてきたんで……家でも少し打ってきましたし」


「そっかじゃあハンデなしで始めましょう」


「「「いぇーい!!!」」」


「ルールは半荘一回です。それじゃ けいくんサイコロ振ってください」


「よーし!」


かざひちゃんの右側、上家に座るけいくんがサイコロをふり順番に山から牌を自分のところに持ってくる。私はかざひちゃんの真後ろで観戦させてもらうことに


「ほう、これはこれは」


かざひちゃんの手には綺麗な配牌の二向聴で三色が狙えそうだ。そこにリーチ一発裏ドラが乗れば高打点も狙える。ドラの九萬が二牌あるのでこれを雀頭にするか暗刻にできれば幅が広がりそうだ

そうこう考えていると対局が始まり先程の上家の子から不要な牌を河に捨てていく


「チー」


「ん!?」


開幕かざひちゃんは捨てられた相手の一萬を鳴くと四萬、四索と続けて真ん中の牌を捨てていく、あちゃー……わずか四巡目で聴牌形を完成させるが、このままでは初心者によくある役なし聴牌になってしまう。家でいくらか打ってきたといったので見《けん》にまわったがやはりゲームとリアルの対局は違う。もし役なしで和了るとチョンボ いわゆる罰金として点を渡さなければいけない聴牌はあと一つの当たり牌で和了れるのだが麻雀は役がなければ和了れないだがここで終わるようなかざひではなかった――


「ポン」


かざひちゃんがドラの九萬を鳴いて三副露目に突入したあたりだ。名前のない牌達はみるみる輝きを

放ち不要な牌が浮きでるかのように我が役を打手のかざひに示した。牌を捨てた次巡

六巡目―


「ロン ジュンチャンドラ三は5翻30符 8000点で……満貫です」


「ぐわ!」


「かざひちゃんだっけ?早ーい!」


「僕まだ四向聴だよ」


「……」


「ちょ、ちょっといいかな!?」


思わず前のめりになりながら卓の牌を見渡す。河に捨てられた牌を見る限りだと門前で作っていたらおそらくまだ聴牌すらしていなかっただろうそれをこの子は一打目から見切りを付けて鳴いたのだ。


「すごい……」


才能を秘めた原石とはまさにこの子のような存在のことだろう。真剣に麻雀を学べば全国にも手が届く確信があった。この花ノ宮の背中を任せられるとも思った。もしかすれば彼女こそ六代目に………


「おねーさん……?」


こちらを不思議そうに見つめるかざひに対して驚きを隠しきれない風子は少し考えた後 意を決して右手に付けたシュシュで髪を纏めはじめた。花ノ宮に通う生徒たちはその行為を先生である風子が本気を出す時にしかしないことをよく知っていた


「かざひちゃん!」


「はい?」


「私と一緒に、全国を目指そうよ!」








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