「そうか……やっぱり皆、俺みたいに元いた世界から連れてこられて……」
「惨いことを……そのようなことをすれば怒りを買うことなど童でもわかるじゃろうに……。まさか、曲がりなりにも神の座におる者がそれを理解できぬとは…………」
「はい……私と同じ四位冠のエッジハルトやアナムはもちろん、真皇に廃棄された無数の勇者たちの怒りと憎悪……。それは今も収まらず、増大を続けています」
輝く満月の下。一切の前触れなく奏汰と凪の前に現れた最善の勇者ミスラ。
その敵意なき物腰から、奏汰も凪も彼女に対して警戒するということはなかった。
彼女は二人と話すために、真に正しい道を見極めるために来たと話した。
自分達は真皇の中に囚われた勇者たちを救いたい。
奏汰たちはこの泡沫の世界を救いたい。
その両方を共に救える道があるのであれば、それを探したいのだと。
残された時間は僅かでも、最後まで最善の道を探すために来たと。
ミスラは嘘偽りない自身の思いと、自らが知っている四位冠と真皇の現状を包み隠さず二人に語って聞かせた。
「獄の外で待ち受けている神の様子はわかりませんが、今の真皇に単独でこの獄を破る力はありません。あなた方が将軍の命を守り抜いたことで、私たちが想定していた闇は集まりませんでした――――そこでアナムは、剣さんが地獄へとやって来るのを待っています」
「俺を……?」
ミスラの言葉に怪訝な表情を浮かべる奏汰に、ミスラはそのオーロラ色に変化する美しい髪をなびかせながら奏汰と凪の隣へと進み出る。
「剣さん。あなたのその自らの命すら焼き尽くすほどの光――――それはもはや真皇の闇に比肩しうるほどの輝きを放つようになりました。アナムは、あなたのその増大した光を真皇の闇とぶつけることで、真皇そのものを破壊出来ると考えています。真皇が破壊されれば、その余波は神々の獄を破るほどになるでしょう。しかし――――」
一度はすぐ隣に並び立ったミスラはそのまま奏汰を通り過ぎ、石垣の縁へと歩みを進める。その先に広がる江戸の街並みに彼女は眼を細め、悲痛な表情を浮かべた。
「しかし――――力の集合体である真皇と違い、あくまで生身である剣さんはその余波に耐えることはできません。アナムの目指すやり方では、あなたも、あなたが懸命に守り抜いたこの美しい町も、守ることはできないのです」
「いや駄目だろっ! いくらなんでもそれは困るって!」
「全くなのじゃ! 奏汰も江戸も救えぬのなら話にならんっ! やはり私らが皆で考えた方法の方がずっと良いのじゃ! のじゃのじゃ!」
ミスラの示した四位冠側の狙いを聞いて憤慨する凪。
しかし、自らの属する勢力の核心に迫る情報までも軽々と伝えて見せた最善の勇者は、そんな二人に静かに頷く。
「私もあなた方と同じ考えです。こうしてこの場へとやってきて確信しました。やはりどのような理由があろうとも、何かを犠牲にすることを前提に立つ行いに善は伴いません」
「ミスラさん……じゃあ……っ!」
「しかしあなた方が見出した方法もまた、か細い蜘蛛の糸を掴むような話――――上手く行く保証はない」
自身の考えがアナムとは別にあると明確に述べるミスラに、奏汰は身を乗り出して安堵の表情を浮かべた。
しかしミスラはそんな奏汰を鋭い目線で制すると、すでに全て理解しているという様子で言い放った。
「なんと……お主、まさか私らが何をしようとしているかを知っておるのか!?」
「私がなぜ最善の勇者と呼ばれていたか――――それは、私に近い未来を視る力があったからなのです。私は今から数十時間後までに起きるであろう事柄を、いくつかのパターンとして視る事ができます――――ですので、こうしてこの場に降り立った時点で、あなた方がこれから何をしようとしているのか。それもすでに視えています」
「なら、俺たちのやり方が成功するかどうかもミスラさんはもう知ってるのか?」
「いいえ――――」
複数の未来を視る事が出来る。それはつまり、すでに確定された未来を知るのではなく、あり得るかもしれない可能性を視ると言うことだ。
ミスラの力で確実に視る事ができるのは、奏汰たちが何をしようとするかという部分まで。
その行動が結果として成功するか失敗するか。それは一つ二つの可能性を覗いたところで、無数に存在するあり得る未来の海においてはあまりにも無意味なのだ。しかし――――。
「剣さんがもし私のことを信じてくれるというのなら、私にあなたの可能性を視させて頂けないでしょうか。多くの事象が絡み合う漠然とした世界ではなく、あなた個人の持つ可能性を――――」
「俺の可能性……?」
ミスラのその言葉に、不思議そうな顔で首を傾げる奏汰。ミスラは頷き、自身の左手に奏汰の物とも、新九郎の物とも違う淡い色彩の虹を輝かせる。
「対象をあなた一人に限定すれば、起こりうる可能性は相当に少なくなります。私が視る光景は、剣さんを待ち受ける確定された未来に限りなく近い光景になるでしょう」
「そうなのか……? なるほど……」
「むむ……私は……そう言われるとなんだか怖いのじゃ……どんな未来が見えようとも、やるしかないとは分かっておるのじゃが……」
「勿論、無理にとは言いません――――なぜならそれを視たとして、私とあなた方が手を取り合えるかは未知数――――逆に、やはり敵対する道を選ぶ理由にもなり得ます。なので、どうかその選択は剣さんが決めて下さい――――」
ミスラは言うと、その瞳を七色に輝かせて奏汰をまっすぐに見据えた。
奏汰は自分の手を握る凪の手が僅かに汗ばみ、力んでいることを感じた。
奏汰はそんな凪の小さな手を優しく握り返すと、何度か頷いてからミスラに笑みを向けた。
「わかった。お願いするよ!」
「――――良いのですか? あなたの未来に闇が広がっていれば、私はあなた方の可能性に賭けることはできません。あなた方の前に立ち塞がる敵として相対することになるのですよ?」
「でもそうじゃなければ俺たちと一緒にやってくれるんだろ? ミスラさんはそっちの話を全部教えてくれたし、俺だってミスラさんに隠すことなんてない。好きなだけ視てくれ!」
「フフ……流石ですね、超勇者さん」
奏汰の力強く、輝くような物言いにミスラはどこまでも穏やかな微笑みを奏汰へと返し、その虹色に輝く手のひらを奏汰の額へと当てた――――。
(たとえどのような未来でも、あなたならば変えられる――――そんな気持ちにさせられます。どうか――――彼の未来に可能性の光が視えますように――――)
ミスラは我知らず、すでにその心の中で奏汰の未来に祈りを捧げていた。
どうか、この懸命に生きる一人の少年に幸せと平穏を――――。
実際に奏汰とこうして言葉を交わしたのは本当に僅かな時でしかなかったが、それでもミスラは、凪と同じく奏汰の未来を案じずにはいられなかった。
たとえどのような強大な力を持っていようとも、考えることを止めずにここまで辿り着いて見せた究極の光。
ミスラは奏汰の身を案じながらも、きっと彼ならば大丈夫だと――――そんな穏やかな心持ちで可能性の未来へと辿り着いた。
しかし――――。
だがしかし――――。
(え――――?)
しかし――――奏汰の輝くような光を抜けた先に見えた可能性の未来は、その全てが漆黒の闇に塗り潰されていた――――。
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