「見事だ。今の君の言葉からは一切の迷いを感じなかった。超勇者の肩書きも伊達ではないようだ」
「っ!?」
その言葉は、凪たちから見て正面。奏汰とオペルの立つ場所から僅かに離れた境内入り口の鳥居の下から響いた。
振り向いた奏汰の目に、一人の男の姿が飛び込んでくる。
壮麗さと実用性を兼ね備えた純白の装甲板に、黄金の縁取りが施された西洋甲冑に身を包み。深い紫色の長い髪をその背で一纏めとした、青い瞳の偉丈夫がそこには立っていた。
「あんた……誰だ?」
「お初にお目にかかる。俺の名はエッジハルト・セス・ラグネスティス。かつて――――真の勇者と呼ばれていた者だ」
男は静かにそう名乗ると、その瞳のみをもってその場に集まった全ての者に礼をしてみせた。しかし――――。
「か、奏汰さん……っ。こ、ここ……この人……おかしい……おかしいですよ……っ! ふ、震えが……っ。震えが、止まらなくて……っ」
「まさか……まさか此奴――――ッ!」
その青い瞳に見据えられた新九郎はガタガタと震え、今にも大地に膝を突きそうな有様で奏汰の名を呼んだ。
凪はその男から放たれた気と同質の力にはっきりと覚えがあった。凪の瞳孔が開き、彼女の周囲に怒りから来る膨大な魔力の渦が逆巻く。
「余の想定よりも相当に早い。久しいな――――黒曜の四位冠」
「黒曜の……それって、凪の家族を殺した!?」
「超勇者剣奏汰。本来ならば――――君とは話し合いの場を設けたいと考えていた。俺たちが戦う理由を、君にも知って欲しいと思っていた。しかし――――状況が変わった」
黒曜の四位冠。
大魔王のその声に奏汰は身構え、抑え切れぬ怒りに飲み込まれつつある凪は今にも飛びかかろうとその身を屈めた――――だが。
「――――だがこれだけは覚えておいて欲しい。俺たちは君の敵ではない。俺はこれから故あって自らの目的のために我が聖剣を血で染めるが――――それでも、俺たちに君と戦うつもりはない」
エッジハルトはそう言うと、自身の頭上へとその手を掲げた。
そしてそれと同時、エッジハルトめがけて遙か天上から一条の光芒が降り注ぎ、その手の中に一振りの流麗な意匠を施された長剣を握らせる。
「女神オペル――――たとえ剣奏汰が自らこの世界から去る意志を見せずとも、貴方が異世界から持ち込んだその力は我らの目的にとって大きな不確定要素となる。故に――――ここで消えて貰う」
「狙いは――――ッ!」
「女神様か――――!」
それは刹那すら超えた、虚空の交錯だった。
すでにエッジハルトの気に飲まれていた新九郎は元より、怒りにからその身に力みを生じていた凪もまた、全く反応することができなかった。
動いた影は三つ。この時、その三者の速度は光速を遙かに超えていた。
音も、光も、世界を構成する物理法則全てを置き去りにする絶大の力がその一瞬で行使されたのだ。
もはや神すら及ばぬ領域へと踏み込んだ三条の光による交錯と交戦は、当事者たる三名にとって永遠とも呼べるほどの時を刻んだ。そして――――!
「やれ――――大魔王ッッ!」
「よぉぉぉぉかろうッ! 良い心がけだ超勇者よ! ならばくれてやる、我が最大出力――――!」
虚空の果て、どのような激闘の結果かはもはや神にすら視認できぬ絶域の先。
虹と陰陽。二つの光が視認可能な空間へと跳ねた。
虹の輝きは超勇者奏汰。その手に剣は握られておらず、今や八つに増えた彼の心の輝きは、奏汰の周囲にプラズマの放射を思わせる同心円の閃光となって寄り添っていた。
そしてもう一つ。それは光と影――――相反する白黒の空間をその身に纏う、本来の姿へと帰還した大魔王ラムダ。
「ハーーーーハハハハハハハハッ! 喰らって死ねいッッ! ――――因果終滅砲!」
神々しく輝く漆黒の光輪をその背に備え、本来の姿へと回帰した大魔王ラムダはその左手に極光の光を、その右手に極限の闇を凝縮させると、それを強引に融合させた対消滅のエネルギーと化して未だ姿を見せぬ最後の光めがけて撃ち放った――――。
閃光――――そして大破砕。
大魔王ラムダが放った凄絶かつ膨大なエネルギーの渦は、遙か上空めがけて放たれたはずだった。
しかしそのあまりにも強大すぎるエネルギーは、発射点となった空間に存在していた大気を木っ端微塵に砕き、結界で守られた神社の屋根を半ば半壊させ、周囲の木々をなぎ倒し、大地を抉り取りながら軌道上の全てを破砕した。
「だ、大魔王――――! 貴方は、まだこんな恐ろしいことを――――っ! あ、ああ……!? あーーれーー!?」
「にょ!? にょにょ……!? にょわーーーーーーーっ!?」
「ひゃあああああああ!? か、奏汰さあああああんっ!? お助けええええっ!」
まるで核弾頭がその場に直撃したかのような閃光と爆風の渦に、為す術もなく跳ね飛ばされていく三人。
江戸どころか地球全土を何十周もするような衝撃を巻き起こしながら、大魔王の放った渾身の一撃は、確かにその場に現れた恐るべき敵を捉えたのだった――――。
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