「――――だから新九郎。俺はお前が鬼を可哀想だって思うその気持ちは、そのままで良いと思う。自分の意志と関係なく鬼にされて、誰かの命令で無理矢理死ぬまで戦わされるなんて、そりゃ可哀想だよ!」
奏汰の放つ真皇への怒りの発露に、新九郎は何も言うことが出来なかった。ただじっと奏汰のことを見つめ、その次の言葉を待っていた。
「もし新九郎がもう鬼と戦えないなっていうなら、俺はそれでもいい。その時は新九郎の分も俺が戦う! 新九郎から教えて貰った技や戦い方で、俺が代わりに戦うからっ!」
「そうじゃな……。奏汰の言う通り、思い悩みながら鬼と戦えば、共に戦う仲間の命まで危険に晒してしまうのじゃ」
新九郎と共にその場で奏汰の話を聞いていた凪も、そう言って深々と頷いた。
「目を逸らさず……。決して、忘れず……」
そして新九郎の方はと言えば、ようやく落ち着いた奏汰の怒りにほうと大きな息をつき、自身の胸に手を置いて、奏汰の今の言葉を心の中に留め置いていた――――。
「ありがとうございます、奏汰さん……。僕、今の奏汰さんのお話を聞いて、少し分かった気がします……っ」
そう言って顔を上げた新九郎の表情には、まだ奏汰や凪ほどの力強さはないまでも、先ほどまでとは違う確かな決意の光が宿っていた。
「うん! でも、本当に無理はしなくていいからな? ――――俺さ、新九郎がずっと人間に酷いことしてきた鬼にも可哀想だって思えるの、凄くいいと思ったよ。新九郎と友達になれて良かった! 俺の方こそいつもありがとう!」
「はい……っ! そうですよね……。鬼にも人にも酷いことをしている親玉がいるってこと、僕たちはもう分かってるんですっ! そいつを斬れば全てが終わるっていうのなら! 絶対に――――絶対に僕たちで斬らないとっ! 絶対にそうですっ!」
新九郎はそう言うと、突然我慢ならんとばかりに立ち上がり、奏汰の怒りに燃える瞳と全く同じ炎をその美しい双眸に宿して天を仰いだ。
「やります……! やらせて下さいっ! 奏汰さんや凪さん、父上や四十万さん、討鬼衆の皆さん! それにあやかしの皆さんとも一緒に……! 絶対に僕の刃を、その一番悪い奴に届かせて見せますからっ! 僕も、皆さんと一緒に戦わせて下さいっ!」
「にょにょ! こ、このような新九郎を見るのは初めてじゃな!? そこまで言われずとも、勿論私と奏汰はそのつもりじゃ! 私たち三人、力を合わせれば怖い物など何もないのじゃ!」
「ああ! 俺達三人で! 江戸のみんなでやろう! 絶対にここで終わらせるんだっ!」
その新九郎の熱に当てられたのか、隣でほむほむと麦湯を飲んでいた凪までもが、青と黒の混ざり合った瞳を赤く燃え上がらせてぴょこんと立ち上がる。
そして奏汰と凪、新九郎の三人は、今にも発火しそうなほどの熱を放ちながら三人で肩を支え合い、円陣を組んで各々の決意を口にした。
「はいっ! 僕も誓います! って――――あ、そうだっ! 奏汰さん、この豆大福使っても良いですかっ?」
「えっ? いいけど、そんなのどうするんだ?」
するとその時。新九郎はなにかを思い出したようにきょろきょろと辺りを見回すと、目に付いた食べかけの奏汰の豆大福を手にとって三つにわける。
そして千切った豆大福をそれぞれを凪と奏汰に手渡し、自分も残った一欠片を持ってにっこりと笑みを浮かべた。
「実は以前に本で読んだんですが、誓いっていうのはなにか誓う物がないといけないんだそうですっ! なので僕は誓います! この豆大福にっ! 僕は絶対に――――真皇を斬りますっ!」
「そうなのか!? それなら俺もこの豆大福に誓うぞっ! 真皇は俺が絶対にぶっ潰す! そいつのせいで起こる悲しみも辛さも全部! 俺が叩き潰してやるっ!」
「にゃはは! 豆大福の誓いとは、なんとも私ら三人にぴったりじゃの! ならば私もこの豆大福に誓うのじゃ! この凪姫命の目が黒いうちは、誰も傷つけさせはしないのじゃ!」
突如として新九郎が提案した豆大福の誓い。
しかし奏汰と凪は満面の笑みを浮かべてノリノリでその誓いに乗ると、三人揃って千切った豆大福を空に掲げた。
「やるぞ! 俺達三人でっ!」
「がってんじゃ!」
「はいっ!」
三人は天に掲げた豆大福に向かって力強く誓うと、三人一緒にもぎゅもぎゅと口に入れ、じんわりと広がる至福の甘さと共にその誓いを噛みしめた。
そしてこれこそが後に、かの有名な豆大福の誓いと呼ばれることになる――――かどうかは、まだ誰も知らない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!