陽禅の力によって数の有利を潰され、地上で凪たち三人それぞれが圧倒的不利な戦いを強いられている時とほぼ同時。
初手の交錯でまず先手をとった奏汰と、その力に押された煉凶は遙か上空で神域の戦闘へと移行していた。
「どおおおおりゃあっ!」
煌々と輝く満月。その黄金の輝きに二つの影が重なる。
三メートルにも達しようかという巨躯の鬼、緋の大位――――煉凶は自身の周囲に湾曲した力場を形成。まるでここが空中であることを忘れさせるかのような軌道で奏汰へと無数の攻撃を繰り出す。
「無刀の型に――――紫を乗せる!」
「ぬう!」
しかし奏汰はその攻撃全てを素手で受けていた。聖剣を抜かず、その両手に明滅する絶対防御の紫色の障壁を纏い、煉凶の大剣から受ける衝撃を全て殺し、体勢を崩し、その上で――――!
「はあ――――あああああああああッ!」
煉凶の攻撃を受け流した勢いもそのまま、奏汰は空中で自身を亜光速回転させ、それぞれ数十トンの威力を誇る裏拳・肘打ち・回転下段蹴り――――そして最後に後方回転蹴りの四連打を一瞬で叩き込み、ついには空中で煉凶の巨躯にたたらを踏ませ、崩す。
「今だ――――! 勇者式陽炎剣!」
「や、はり……! ここまでの難敵となっていたか。滾るぞ――――……超勇者」
刹那、奏汰がついにその聖剣を抜いた。
奏汰の聖剣リーンリーンは抜かれた瞬間にはその刀身を赤く染め、豪炎の尾をその軌跡に残しながら体勢を崩した煉凶の身を消し飛ばしにかかる。いかな煉凶の巨体とは言え、この一撃を受ければ消滅は必至。だが――――!
「ようやく見せたな。ならば、俺も見せよう。俺がお前から得た力を――――!」
「えっ!?」
それは、奏汰をして驚愕させるに値する光景だった。
奏汰の聖剣によってその身を切り裂かれる寸前の煉凶が青い光を放ち、その場から一瞬でかき消えたのだ。
「っ!? 青百連――――ッ!」
それは奏汰の持つ本能と、七年にも及ぶ戦いの経験が導いた刹那の反応だった。全ての疑問、戸惑い、驚きは置き去りにした。
ただ生き残るため。眼前に迫る脅威を退けるべく、ほとんど無意識に奏汰もまた青い閃光となってその場から消えた。
完全に視界から消えた二人の影。しかしそれと同時、上空から降り注ぐ月の光と大気が大きく歪む。
まるで巨大な和太鼓を空中で一心不乱に打ち鳴らすような迫撃の音が間断なく辺りに響き、その音と共に発生する衝撃は遙か眼下のススキ原の草木や篝火までも大きく揺らした。
「良い判断だ――――超勇者」
「百連じゃ、負ける――――っ!」
それはもはや生物の知覚できる領域を遙かに超えた先。もはや地上や空中という概念すら超えた、周囲の景色全てが完全に停止した超加速空間での激突。
その身に青と緋。二つの力を発現させて亜光速機動へと移行した煉凶に追従するべく、奏汰は即座に自身も亜光速へと突入した。
奏汰はここで青百連を選択。しかし常時亜光速で迫り来る煉凶相手に、瞬間瞬間で亜光速が途切れる青百連では力不足。文字通り一瞬で形勢を逆転されていた。
そう。煉凶がたった今発現したこの力。それは、間違いなく――――!
「こいつ――――! 勇者の青を使えるのか!?」
「俺は虹を見た――――俺も、あの力を得てみたい」
「くそっ! めちゃくちゃしやがって!」
だが奏汰は現在の自身の限界――――青五百連までその清流剣で凌ぎきることを選んだ。ここで自身も勇者の青を発動するという考えはなかった。なぜなら――――。
『――――奏汰さんの持つ力はどれも強力ですが、そういった力は相手の手の内を全て引き出してから使うべきです。特に、奏汰さんの力はどれも大きな反動があって、もしその力で相手を倒しきれなかった時に、どうしようもなくなってしまいますから――――』
奏汰の脳裏に、新九郎から真っ先に受けた教えが蘇る。
奏汰も新九郎のこの言葉はその身に染みて理解していたが、今までずっと続けてきた自身の戦い方を変えるにはどうしても時間がかかっていた。しかし――――。
(――――あと少し! あと少しで繋がりそうなんだ! 俺にも、ようやく力押しじゃない戦いってのがわかってきたとこなんだ! なのに――――!)
「どうした? 虹は見せないのか? ――――死ぬぞ?」
「ぐ――――っ!」
亜光速の剣戟の最中。煉凶の大剣に緋色の豪炎が上乗せされる。
五百連の機動限界が迫る奏汰も聖剣に勇者の赤を発動させて煉凶の超圧力に抗う。
しかし奏汰はこの現在の打ち合いでは無く、その向こうにある煉凶の底知れぬ力に脅威を感じていた。
(これは赤だ――――! こいつは、最初から勇者の赤は使えたんだ! 俺と初めて戦ったあの時から! そんでもって、俺があの時勇者の青を見せたからこいつも――――)
その時、奏汰の心奥に冷たいものが過ぎった。
奏汰は今まで、勇者の青や赤と似た力を使う者と出会ったことは何度かある。中には勇者の青を上回る速度を持つ者や、赤以上の破壊を生み出す魔法使いなどと戦ったこともあった。しかし――――!
(こいつが今やってるのは、まんま勇者の青だ! しかも、見た技を真似できるとかそういうレベルじゃない! 完全に自分のものにしてるっ!)
奏汰は煉凶が見せたその事実に、この世界へとやってきて初めて戦慄を覚えた。
煉凶という眼前の敵が自身と同じ力を行使してきたことに、奏汰は真皇と対峙した時ですら感じなかった底知れぬナニカを。得体の知れない闇を感じたのだ。
それはまるで、自身が今立っている足場そのものがずぶずぶとくずれ、沈み込んでいくような。奏汰の本質を捉えて離さぬ漆黒の闇だった――――。
(だめだ――――っ! 迷うな! とにかく、こいつ相手には勇者パワーは使っちゃだめだ! 虹どころか銀だって見せられない! でも――――じゃあどうしたらいいんだ!?)
「見せる気はない、か――――ならば死ね」
「っ!?」
瞬間、奏汰の青五百連が途切れた。否、途切れたのでは無い。終わったのだ。
奏汰と新九郎が編み出した勇者式清流剣、青の型は元より持久戦には不向き。
瞬間瞬間のみにその力を引き出すことで、反動と応用力を高めた戦闘スタイルだ。
亜光速という超常の速度において、一秒という限界時間はその間に万を超える斬撃を繰り出す。奏汰がいかに青の型を五百連、千連とつなげようと、到底及ぶものではなかった。
巨大な満月を背景に、亜光速空間から弾かれた奏汰のみがその姿を現わす。
そして次の瞬間。亜光速を維持したままの煉凶の燃えさかる緋色の凶刃が、奏汰の全身を灼熱で染めた――――。
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