それは、まさに神の御技だった。
夜の闇を切り裂き、閃光と共に天上に出現したそれは、全長五千メートルにも達しようかという巨大な御柱。
その圧倒的大質量の渦は周囲の大気を巻き込み、夜空に浮かぶ雲を散り散りに破壊しながらゆっくりと――――人々に仇なす邪悪へと向かって一直線に落下していく。
「急げ奏汰! 御柱が落ちる! 早くそこから逃げるのじゃ! 巻き込まれるぞ!」
未だ閃光を放つ奏汰と塵異の対峙する空間に向かい、あらん限りに叫ぶ凪。
眩い銀色の光の先は目視することができず、その声が光の中にいる奏汰に届いているのかもわからなかった。そして今、その先では――――。
「うおおおおおおお!」
「ぬうううああああ!」
奏汰と塵異。双方が裂帛の気合いと共にその刃と拳を交える。
銀色の光でその刀身を輝かせた奏汰の一撃を、塵異は翡翠色の光を纏った手刀で受ける。
奏汰の展開した勇者の銀。
それは、奏汰の領域に対象を取り込み、十秒という限られた範囲内で時間の加速、停止、逆行を可能にする時空間支配の力だ。
しかし今、勇者の銀が持つ時空間支配の力はそのような使われ方をしていない。
なぜなら、目の前で展開された勇者の銀の危険性を即座に悟った塵異もまた、自身の持つ時空間操作の力を全て解放し、その領域に取り込まれることを防いでいたからだ。
「見事だ剣君! まさか人間如きが小生をここまで追い詰めようとは!」
「こいつ……っ!」
拳と拳、聖剣と体術。銀と翠の閃光が歪んだ時空の中で幾度となく激突する。
二人のすぐ上空には、すでに凪の放った終之祓が喚んだ巨大な御柱が迫っていた。
「小生の持つ時を支配する力は今、その全てが君の力に抗するためだけに注がれている! もはや万の策を弄することも、我が身の安全を確保することも不可能! しかし、なればこそ!」
塵異は叫び、この場に現れてから今までで最上の歓喜をその表情に映し出す。
そしてその全身を翡翠色の光で覆うと、先ほどまでとは比べものにならない力と速度で奏汰に次々と致命の打撃を加えていく。
「なればこそ! もはや小細工は不要! ここで君を倒せば小生が生き、小生を倒せば君が生き残る! 今この時は小生も全てを捨て、ただ君という難敵を打倒するために、生きるために戦おうではないかッ! ええ!? 最高だと思わんかね剣君!?」
「そうかよ……っ! 俺もそういうのは大歓迎だ!」
その間にも上空から迫る超巨大質量。周囲の風が徐々に渦を巻き、大地が揺れ、押し潰されて圧縮された大気が熱を帯び始める。
しかし今の奏汰はこの場を離れることが出来ない。奏汰が勇者の銀で塵異の力を押さえ込まなくては、塵異は易々と時を操る力でこの場から離れ、再び万全となって復活するだろう。
すでに奏汰は七つの力のうち青と緑、そして奥の手である勇者の銀を発動している。
ここで塵異を逃してしまえば、もはや奏汰が戦闘を継続することは不可能。なんとしても、ここで塵異を仕留めなくてはならなかった。
「お前は絶対に――――今! ここで倒すッ!」
「ぬぬうう!?」
瞬間、奏汰の体に銀と青、二つの輝きが同時に宿る。奏汰の姿が塵異の視界からかき消え、瞬時にして亜高速まで加速する。
銀の力を発動したまま、奏汰は二度目の青も発動させたのだ。しかし――――!
「まだまだああああああ!」
「うおおおおおおおおお!」
自らの持つ全ての力を身体強化に注ぎ込んだ塵異は、奏汰の発動した勇者の青と一時的に拮抗した。奏汰の放つ万を超える斬撃を、塵異は翡翠色の輝きで満たした四肢で弾き、受け止め、受け流していく。
「ふ、ふは、フハハハハハハ! 本望だ……ッ! 本望だぞ剣君! まさか、地上にこれ程の人間が存在していたとは!」
「しぶとい……野郎だっ!」
だが、塵異の放つ翡翠色の光は徐々に奏汰の放つ青と銀の光に飲み込まれていく。
塵異の全身がいつ終わるとも知れぬ奏汰の光刃による斬撃に切り刻まれ、破砕されていく。
「お、オオオオオオ!? なんという、なんという強さ……ッ! なぜ、君はなぜそこまでして人のために戦う!? 異界人である君にとって、この世界にいる者など皆赤の他人だろうに!? なぜそこまでして守ろうとするのだッ!?」
「――――なんでだって? そんなもん決まってるッ!」
その身を青と銀の光で滅ぼされながら、塵異は断末魔に似た絶叫と共に奏汰に問う。
塵異が最後に放ったその問いに、奏汰は目を見開き、そして自身の奥歯をぎりと噛みしめ、叫び答えた。
「俺が折れて誰かを見捨てたら……! 母さんに笑顔でただいまって……言えないだろうがあああああああッッッッ!」
「母――……? 剣君、君は――――が、があああああああああああ!?」
それが――――塵異の最後だった。
翡翠の輝きは、青と銀の閃光に飲み込まれた。
翠の大位――――塵異の放った翡翠色の光芒が天に昇り、直上に迫った巨大な御柱によって押し潰され、かき消えていく。
そして、ついにその場へと穿たれる超巨大質量。影日向大御神の御柱。これほどの超質量が落着すれば、本来なら江戸の町ごと消滅してもおかしくない。
しかしこの力は凪と影日向の手によって強固な結界が展開され、標的となった鬼とその周辺領域にのみその大質量エネルギー全てが叩きつけられるようになっていた。
巻き起こる閃光と凄まじい衝撃。
塵異を木っ端微塵に討ち果たした奏汰は、塵異の残骸が御柱の清浄な神の力に燃やし尽くされ、勇者の銀によって時空間操作を阻まれて跡形もなく消滅するのを見届けた。
「はは……やっ……たぞ……!」
しかし、奏汰もまたここまでだった。
奏汰を包む全ての光が消える。
轟音と共に崩壊していく乱気流の渦の中、力尽きた奏汰は態勢を整えることすら覚束ず、吹き飛ばされるままに閃光の中に飲み込まれていくかに見えた。
「――――奏汰!」
薄れていく意識の中。奏汰は必死に自分の名前を呼ぶ少女の声と、傷ついたその身を包む、柔らかで暖かな温もりを感じた――――。
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