「御前試合?」
「ええ、毎年この季節に実りと鬼除けを祈願して江戸城横の討鬼衆陣内で行われているのですよ」
「わはー! 奏汰にい、遊ぼうよー!」
「ゆうしゃたいふーんやってよー!」
大きく開けた滑らかな砂利道の通り。その両肩と両腕、さらには背中に五人ものあやかしの子供たちを貼り付けて歩く奏汰が、隣に立つ美しい銀髪の妖艶な美女――――玉藻に視線を向けた。
「それってあれかな。俺も異世界でやった、天下一トーナメントとか帝国コロシアムみたいな奴かな!?」
「ほほほ……。とーなめんとというのはよくわかりませんけど、江戸城御前試合に関しては、真剣勝負というよりは磨いた技のお披露目会といったところでしょうか。参加する者も、討鬼衆や我々あやかしのような、平時から鬼と戦っている者に限られています」
「それぞれ三人ずつで組になって、三対三の実戦形式で試合をするんです。玉藻さんも仰ってますけど、勝ち負けを競うって言うよりは、試合を見に来た大勢の皆さんに『こんな強い人たちが守ってくれているなら鬼を怖がらなくても大丈夫』って安心して貰うための催しなんですよ」
「何を隠そうこの私も出たことがあるのじゃ! 他の組の用心棒としての!」
奏汰の問いを受けた玉藻はその黒と金の糸で織られた着物の袖で口元を隠しながら、艶やかな笑みを浮かべる。
そしてそんな二人のやや前方、同じように子供たちと手を繋いで歩いていた新九郎と凪もまた、振り向いて玉藻の説明に補足を付け加えた。
今この時、奏汰たち三人は訳あってあやかし通りを訪れていた。
以前奏汰たちがまちという少女から受けた勇者商売の初仕事。その際に発見した鬼の使う門の存在について、奏汰達はあやかし達にも調査を依頼した。
この日、その調査の進捗を尋ねようとあやかし通りに足を運んだところ、寺子屋から子供たちと共に出てきた玉藻と出くわし、こうして会話を弾ませていたのだ。
「でも玉藻さんが町で先生をやってたなんて知らなかったよ。だからあの時も皆のこと守ってたんだな」
「フフ……剣様さえ良ければ、剣様のお勉強も見て差し上げますよ? もちろん、どのようなことでもお望みのままに教えましょう……」
「へえ! じゃあ今度お願いしようかな? やっぱりさ、数とか読み書きはちゃんと出来た方がいいと思うんだよ。昔は出来てたんだけど、いつのまにか忘れちゃってさ……」
「む……っ。ならその時は私も行くのじゃ。奏汰一人では心配じゃからな!」
「ほほほ……。姫様は剣様のこととなるとほんっとうにお堅くなりますねぇ……。なにも取って食ったりは致しませんのに……」
あやかし通り唯一の寺子屋で教師を勤める玉藻の言葉に、無邪気な笑みを浮かべる奏汰。しかしすでに玉藻の数々の前科を知っている凪は、油断ならぬとばかりに警戒の色を見せた。
あやかし通りに住むあやかし達は皆、基本的には江戸の人々にとって鬼から守ってくれる守護者として歓迎されており、馴染んでいる。
人とは異なる異形の姿を持つあやかしも、それなりに気軽にあやかし通りの外へと繰り出し、中には人と積極的に親交を結ぶ者もいるほどだった。
玉藻の話す江戸城御前試合に関しても、彼らあやかしが市中で人々と生活を共にするようになってから二百年の間、両者を結ぶ友好の証として開催されてきた歴史があった。
「まあ、そういうわけで我々あやかしにとっても、御前試合は江戸の皆々様と親交を温める絶好の機会なのですよ。ただ、今年はちょいと困ったことになっていましてねぇ……」
「困ったことじゃと?」
「はい……」
のんびりと歩みを進めつつ、玉藻は横目で品定めするようにその目線を奏汰達三人に向け、白い肌に塗り込められた紅を笑みの形に歪める。
「実はうちの天狗衆が、以前の位冠持ちから受けた傷で手酷くやられておりましてね。常であればあやかし衆からは三人の組が二つ御前試合に参加するのですが、今回はまだ二組目が決まっていないのですよ」
「そうだったのか……」
玉藻のその言葉に、かつてのあやかし通りでの戦いを思い出す奏汰。
翡翠色の輝きを放つ大位の鬼――――塵異の周囲には、確かに大勢の天狗達が倒れ、血を流して傷ついていた。
いかに強大な力を持つあやかし衆とはいえ、あの状態からわずか数ヶ月で元通り戦えるようになるとは、奏汰から見ても考え辛かった。
「どうでしょう? せっかくですし、うちらの枠を使って皆さんで出てみてはいかがです? ――――御前試合」
「えっ!? それって、僕達三人でってことですか?」
「はい。ただ強いというだけならまあ、うちらにもまだ候補はいるのですがね。それが私も含め、どいつもこいつもちょいと動くだけで辺り一帯全部吹き飛ばしてしまうような暴れん坊でして。なかかなお江戸の皆様のご観覧に相応しい者となると限られてくるのですよ」
「にゃっはは! 確かにお主や泥田坊が暴れたら事じゃの! 城ごと潰れてしまいそうじゃ」
「そうだな……。俺も新九郎のおかげで色々と新しい技も覚えたし、試しに出てみるのもいいかもしれないなっ!」
玉藻のその提案を聞いた奏汰と凪は早速乗り気となって頷き合う。しかし――――。
「あー……なるほどぉ……? うーん……えーっとぉ……? そのぉ……ぼ、僕はぁ……ふおおお……っ!?」
しかし凪の横に並んでいた新九郎は、なぜかその身をくねくねと捩らせて小刻みに震え、妙な動きと表情であっちこっちに目を泳がせていた。
そのあまりの挙動不審っぷりは、見慣れぬ人が遭遇すれば新手のあやかしだと思われていただろう。
「い、いきなりどうしたんだ新九郎? ちょっとその動き気持ち悪いんだけど……」
「ほむ……? そういえばじゃ、すっかり忘れておったが新九郎は討鬼衆見習いではないか? それなのにここ一ヶ月、毎日毎日朝から晩までずーっと私らと一緒じゃったぞ? お主、その間の仕事は大丈夫じゃったのか?」
「アーーーーッ!? あー……はははは。うん! 大丈夫です! 多分! きっと! なんとかします! 出ましょう! 僕たち三人で御前試合! はい! いやぁ、楽しみだなぁ! あはははーー!」
あまりにもあんまりな新九郎のその有様に、心配そうに声をかける奏汰と凪。
しかし新九郎はそんな二人の前で、やはり目を泳がせたまま、だらだらとその全身から嫌な汗を流し続けるのであった――――。
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